2001-01-27[n年前へ]
■今日の反応 JPNICに関する意見書
かつて、最初の数ヶ月は第一交信網不動産のヴァーチャルドメインサービスを利用していた。1GB/月の転送量を超えたときの追加料金8円/1MBというのがちょっと高かったので、他の専用サーバーに移動したわけだ。今はhirax.netのデータ転送料は大体500MB/日だから、あのままだったら大変なことになっていただろう。ただし、私自身は1GB/月の転送量を超えるあたりで移動したので、私自身は何の問題もトラブルもなく、安いなりに納得して使っていた、ということは念のために書いておきたい。
ただし、知人にここを勧められるかというと、かなり躊躇してしまうのもまた事実である。でもって、日本交信網は実は第一交信網不動産と同じなわけで、この意見書を読むと複雑な気持ちを感じてしまうのである。うむむ。(リンク)(リンク)
2002-01-27[n年前へ]
■究極の選択 テキスト編
いつものように自分の英語スキルの無さを実感して、英語の本を読もう、と決めたのです。が、文字の多いものは読めるとも思えないので(自分をよく知っているのだ)、マンガに決めました。が、空港の本屋にあったのは「金田一少年の事件簿」と「部長 島耕作」の二種類だけだったので、しょうがなくストーリーを楽しめそうなモノ、ということでいつもなら絶対に読まない「盗作マンガ」を買いました。はい、「金田一少年の事件簿」を買ったのです。
で、これを読んでいたとき、ふと私は思いました。これ読んで覚えたフレーズとか単語って一体いつ役に立つんだろう?って思ったのです。
私が、周りでやたら殺人事件が起きたり、嵐の山荘に取り残されたりする高校生なら、そんな単語やフレーズを使うシチュエーションは沢山あると思うのです。
でも、残念なことにそんなシチュエーションには私は陥ったことがありません。いえいえ、私どころがほとんどの人はそんなシチュエーションには陥らないと思うのです。これからも、そして未来も。だって、周りでやたら殺人事件が起きる高校生なんてものすごく非現実的な設定です。「死体消失トリック」とか「犯人はオマエだ!」とかいうフレーズを覚えても、きっと何の役にも立たないと思ったのです。
そこで、私はさらに思いました。じゃぁ、私は「部長 島耕作」を選べば良かったのでしょうか?島耕作のようなシチュエーションなら起こりうるのでしょうか?いえいえ、それも絶対に違います。何事にも女性と「良い関係」になり、すべてのピンチをオンナで切り抜けていく出世人生なんて、そうそうないと思うのです。少なくとも、私にそんな状況が訪れるとは思えません。全てを暴力と土下座で切り抜けるサラリーマン金太郎もたいがいですが、全てをオンナで切り抜ける島耕作もひどすぎる設定です。世の中にはこの二種類のサラリーマンしかいないのでしょうか?いいえ、そんなことは無いハズです。何事も切り抜ける道が「暴力・オンナ・土下座」でしか切り抜けられないなんて、それではサラリーマンというよりヤクザ屋さんです。いや、もしかしたら、サラリーマンもヤクザの一種なのかもしれませんが、私はヤクザ屋さんを目指すにはちょっとばかり弱すぎます。
あるいは、島耕作を見習えば、もしかしたらピローロークが上手になるかもしれませんが、それは私の意図するところではありません。それに、島耕作のピローロークが上手いとも私には思えません。私には何で島耕作がモテるのか全然理解できません。あっ、そんなことは関係ないですね。
で、私は思ってしまったのです。殺人事件に囲まれる高校生とかオンナに囲まれる島耕作とか、ありえない設定のマンガは果たして語学力向上の役に立つのか?と。つまりは、出版社の講談社に「オマエはホントに読者の語学力向上を考えているのか」と小一時間問いつめたくなったのです。どうせなら、「某理系ミステリー」とか「動物のお医者さん」とか辺りをお願いしたいのです、ハイ。
2003-01-27[n年前へ]
■カラーマッチングについて
何日か前のことだ。わきさんの弟子のSさんが色合わせで苦労していた。わきさん直伝の色合わせ方法一筋だったSさんが、色合わせソフトを初めて使ってその使いやすさに驚いていたのである。刀が鉄砲に負けたように、どうやらわきさん直伝の色合わせ方法がカラーマッチングソフトに負ける時代になったらしい。伝統を守り抜くSさんが認めるようになったので有れば、それはもう時代の流れは止められないとしか言いようがないのである。
そんな風に、仕事柄綺麗な色で鮮やかな景色を出力しようとして四苦八苦することは多い。CMYKで印刷する以上RGBの世界はどうしても思ったように色を出すことなんかできない。だから、抜けるような明るい海の青や、眩しいような明るい赤色の世界や、生き生きとした明るい緑なんて実際問題出力することはできなかったりする。どうしても濁った色の世界になってしまって、途方に暮れたりする。それが、大切な仕事のサンプルだったりすると本当に途方に暮れてしまう。
だけど、と思う。濁っていたり、鮮やかでなかったり、上手く色を載せることができなかったりはいつだってするのだけれど、汚くてイヤな色なんか決して無いと思う。その色に満足できないということはあるかもしれないけれど、その色が綺麗に鮮やかに出すようにするのがぼくらの仕事なんだと思う。ぼくらはいつだって本当の色がどんな色だろうかとも考えているけれど、汚くてイヤな色なんかやっぱり決して無いと思う。そんな色を上手く出せない自分をもどかしくも思ったりもするけれど、きっといつか思うような色で出せるんだと思っている人は多いと思う。ぼくも含めてそう思ってる人は多いと思う。
■リアルな差し棒
昨日、100円ショップで「指さす手」を見かけて思わず買ってしまった。で、作ったのが自分のための「リアルな差し棒」。これまでの差し棒はどうも「指差している感じ」が欠けていたし、PCのキーボードを押したりもなかなかできなかった。しかし、この「リアルな差し棒」であれば、そんな問題はぜ〜んぶ解決なのである。これを右手で空に向けて左手を腰に当てれば、目立ちまくりのサタデーナイトフィーバーなのである。忙しいのに一体私は何をやっているんだか。
■ポジティーブの世界
「われわれが写真を通じてみる世界は常にポジティーブの社会でなければいけないんじゃないか」土門拳 「カメラ」 1955/6
この言葉はどういう背景でどんな風に語られたのだろう、これまで聞いたことがなかった。とても気になるので、週末に図書館にでも調べに行ってみるのだ。
■ツララに注意
先週末の新穂高温泉ではカツイエさんと滑っていたのである。というわけで、露天風呂の写真はよく見てみると(よく見なくても)、カツイエさんが全裸で写っているのであった。で、風呂に入っているときに上から落ちてきたつららが私の腕をえぐり風呂に落下したのだった。つらら恐るべし。腕で本当に良かったのである。あれが、目の近くにでも当たっていたら大事だったに違いないのである。
2004-01-27[n年前へ]
■水道橋近くで
講習会の合間に外を少し歩いてみた。後楽園の近くをてくてく歩いていたら、いつの間にかいつだったか同じように学会の合間に歩いた辺りを歩いてた。あの時の学会会場は飯田橋だったっけ。
講習会の後は、東京駅地下で打ち合わせ。かつて見慣れたここらの眺めは、限りなく私をブルーにする。そんなこんなで新幹線に飛び乗って、夜は三島で英会話。ex-fianceのnightmareを見たときにはこんな話はどう?なんて。あぁ、もっともっと思うとおりのことを伝えられたらなぁ。
■W32.Novarg.A@mm
今回はまた量が多い。それにしても、詐称された発信元にメールを返送してくるのは止めて欲しいなぁ。送られる側からすると、ウィルスメールと同じくらい(設定次第で止められる分だけ、むしろ)止めて欲しいんだけどなぁ。
2005-01-27[n年前へ]
2006-01-27[n年前へ]
■目黒
夜、品川で飲む。「ラストオーダーですが、いかが致しましょう?」と言われ、腕時計を見ると、11時過ぎ。つまりは、東海道新幹線の最終のこだま「三島行き」がすでに品川を出てしまっている時間…。
東海道線に乗って立ち眠りをしながら小田原まで行き、小田原から先は「大垣行き」夜行ムーンライトながらに乗る。列車の中はとても混んでいたので、デッキで立ち眠りを続けながら三島まで帰る。
■リモートデスクトップを利用したファイル共有
「WindowsXPのリモートデスクトップでは、チェックボタンを一つ選択しておくだけで、リモート環境のマイコンピュータにローカルドライブが表示される」という「リモートデスクトップを利用したファイル共有」
Windows XPのリモートデスクトップは「VNCを使ったリモートPC操作」より断然速く、自然に使うことができる。しかも、画面サイズはユーザの手元のPCのサイズで調整されるので、リモート側とローカル側で画面サイズが異なっていても、ほとんど問題がない。ハイスペック機を、小型軽量のタブレットPCからWindows XPのリモートデスクトップを介して使う、というのが結構気持ちよく便利。
■be on TV
何の因果か 1/29(日)放映のbe on TVで一瞬コメント出演するのかも?ということです。出張帰りにアークヒルズによって、「台本に書いてあった一言を読んで喋って」さぁ終わり、という程度のものですけれど…。
2009-01-27[n年前へ]
■「ゆでガエル現象」への警鐘
世界は変化に満ちている。けれど、一日一日を過ごしている中では、その変化に気づくことができなかったりする。
「ゆでガエル現象」というのは、カエルがいきなり熱湯の中に入れられたら驚いて逃げ出すが、毎日少しづつ暖かくなっていくお湯の中にいたら、カエルは何も気づかないままに茹であがってしまう、という寓話である。中桐有道の「「ゆでガエル現象」への警鐘―あなたは大丈夫ですか?」は、そんなことへの警鐘と対策をまとめた本だ。
この本は「ゆでガエル」現象を具体的に説明し、それがどのような背景から出てくるか、またその現象を食い止めるにはどうすればよいかを提案したものである。
一番最初に「ゆでガエル」現象の話を聞いたのは、ある年配のエンジニア・研究者からだった。もっと、あの先生に聞いておきたかった。
家庭の主婦の方も、仕事を持っている方も、若い方も年配の方も、独身、既婚に関係なく読んでもらいたいと思っている。
テレビを見ると"Change"という言葉をよく聞く。けれど、その"change"のタイミングを捉えること、そして、"change"することは決して簡単なことではないだろう。
"Change"に気づき、さらに、自ら"Change"するにはどうしたら良いかを考えることができるのが、中桐有道の「「ゆでガエル現象」への警鐘―あなたは大丈夫ですか?」だ。
2010-01-27[n年前へ]
■続:井の中の蛙(かわず)、大海を知らず (初出:2005年09月18日)
「井の中の蛙、大海を知らず」に続く言葉と言えば、前回の「しかし、空の蒼さを知る」という言葉の他に
井の中の蛙、大海を知らず
されど、空の高さを知る。
なんていうものもありました。「井の中の蛙」が知っていることが、井戸の底から見上げ眺める「空の蒼さ」でなく、「空の高さ」になっている一節です。この一節も、今の季節の秋空にとてもよく似合うような気がします。
そういえば、手元にある新明解国語辞典で「空」という言葉の意味を調べてみると、
(自分が立っている所と違って) 手の届かない、はるかに高い空間。
と書いてあります。 「手の届かない、はるかに高いところにある」ものが「空」である、というわけです。新明解国語辞典の「空の定義」を知った上で「井戸の中の蛙」に自分を重ねてみれば、「井の中の蛙は(自分が立っている所から)手が届かない、はるかに高い場所の遠さ(高さ)を知っているのだ」という文章は、なぜか心に響くような気がします。
新明解国語辞典いわく「両棲類の一種で、よく跳ね、よく泳ぐ」という「蛙」でさえ、いえ、だからこそ、(自分が住む)井戸の中から仰ぎ見る「(手が届かない遠くにある)空の高さ」を他の誰よりもよく知っているのかもしれない、とふと思うのです。
2011-01-27[n年前へ]
■「自分の中」や「できること」が見えますか?
何年か前のNHK朝の連続ドラマ、「ちりとてちん」のDVDを借りて、ノートPC で眺めていると、こんな台詞が聞こえてきました。
「自分の中にないもんやろうとしたらあかんで。
「できるかわからないこと」を引き受けるかどうか考えるとき、「それをできるか」どうかをということに頭を悩まされると同時に、「それが自分の中にあるか」ともついつい考えてしまいます。なぜかというと、「自分の中にないもの」をしようとしても、どうしても、いつか気持ちが続かなくなって・・・、結局できなくなってしまうからです。
「できること」と「自分の中にあること」は違います。「何かをできるか」ということと「その何かが自分の中にあるか」ということは、決して同じことではないのだろうと思います。「自分の中にあるけれど、できないこと」ということもあるのかもしれませんし、「自分の中にないのに、できること」ということも、もしかしたら、あるのかもしれません。「ずっと、できなかったことなのに、いつかできるようになる」こともあるかもしれないと思ますし、「今はできても、ずっと続ける気持ちにはなれないこと」だって、あるのかもしれません。
「自分の中」や「できること」は、見ることができるのでしょうか。それとも・・・見ることはできないものなのでしょうか。
さてさて、今日のタイトルはテレビドラマ「不揃いの林檎たち」のサブタイトル意識です。この記事の「関連お勧め記事」を読み進めると、色んなテレビドラマや、そのサブタイトルが浮かんでくるかもしれません。
2012-01-27[n年前へ]
■アメコミ・ヒーローの「色使いのヒミツ」を調査せよ!
「学生の可能性を可能にするポータルサイト ワンダーノーツ(Wonder Notes)」に「アメコミ・ヒーローの「色使いのヒミツ」を調査せよ!」を書きました。記事後半で紹介した「色指定用のカラー・チャート」や「スーパーマンの色付け作業原稿」は、意外に面白く・興味深く感じられるのではないか、と思います。
右に貼り付けたのが、かつて使われていた「64色のカラーチャート」です。色あせ・変色してしまっていますが、この64色がアメコミの主要登場人物たちを特徴付けていた、ヒーローたちを彩り・作り上げた基本色なのです。
2013-01-27[n年前へ]
■「めがねっ娘の秘密」マネキンヘッドで実験!編
続 「メガネをとると美人になる」現象の秘密 ~「”サイズが違う近視用メガネ”のブサイク化マジック」編(めがねっこ大好き。)では、種々のメガネを掛けたときの「目の大きさ」が変化する度合いを計算シミュレーションしてみました。今日は、「(マネキンヘッドに眼鏡を掛け)目の大きさの変化度合い」を実際に確かめてみました。
近視用の-3D(ディオプシー)メガネ、遠視・老眼用の+3Dメガネをマネキンヘッドに掛け、素顔との違いを比べてみたのが下の図です。(視力が0.3程度以下の人が掛けている-3Dのメガネでは目が結構小さく見えてしまうし、結構な遠視・老眼の人がかける+3Dのメガネの場合には、瞳がずいぶんと大きく見える!と実感できるのではないでしょうか。
凸レンズな遠視用メガネは瞳を大きく美人に見せ=メガネ美人を作り出し、凹レンズである近視用メガネは(女の子の瞳を小さく見せるがゆえに)「メガネをとったら、あれ美人だった?」という伝説のマジックの原因になります。
誰にも言ったことがないのですが…実は「めがね美人」になることができる秘密テクニックがあります。それは「近視用のコンタクトを着用した上で、遠視用のメガネを掛ける」というワザです。目の前のものは(これまでと同じように見えるけれど、瞳を大きく美人に見せるのです。…実にムダでおバカなテクニックなのですけれど、ね。
2014-01-27[n年前へ]
■トイレットペーパーで「(いつも)お尻をゴワゴワな堅面で拭いてしまう理由」とは!?
トイレットペーパーで「(いつも)お尻をゴワゴワな堅面で拭いてしまう理由」とは!?を書きました。
上図のような、トイレットペーパーが「壁に離れた側から紙が足らされている状況」というのは、実は日本でよくある風景です。「日本では実はよくある」ということを逆に言うならば、それは、他の国では特に自然とは限らない点ということです。他国のトイレットペーパーでは、たとえば下図のように「壁に近い側に紙が足らされている状況」であることも多く、そんな場合には、トイレットペーパーに手を伸ばし自然に紙を丸めても(それと逆向きは、実際のところ、かなり不自然な向きになります)、柔らかな「表(おもて)面」が外側を向くのです。