hirax.net::inside out::02月17日

2001-02-17[n年前へ]

何があったか忘れました。ハイ。

 これを書いてる今は次の週の月曜なので、この日に何があったか忘れました。うむむ。確か、これはこの日の夕方に居室から撮った写真のハズ。(リンク

2002-02-17[n年前へ]

スキーと計算

 午前中スキーを二三時間して、午後は気分を切り替えて、ちょっと計算をしてみた。(リンク)(リンク

2003-02-17[n年前へ]

POV-RAYプラグイン

POV-RAYプラグイン 高品質な鳥瞰図レンダリングを行う(といっても、レンダリングをするのはPOV-RAYです)プラグイン。とりあえず、試しに作ってみたバージョンをここにおいておきます。色々な使い方ができますが、詳しくはYukiwikiの方に書いていこうと思います。ちなみに、このバージョンではPOV-RAYのパスはデフォルトの場所決めうちなので、ご注意下さい。とりあえずのバージョンということは、使ってみて要望した機能はまず間違いなく(簡単なことであれば)入るということで。

2004-02-17[n年前へ]

安い居酒屋には英会話学校がついてくる

 格安居酒屋は日本語が苦手な外国人にとって最高に便利だという。価格は安いし、ありとあらゆる料理がある、そしてなんといってもメニューは全て写真付きである。日本語が全然判らなくても、指さすだけでオッケーだ。とはいえ、いかにも欧米系の女性が少数で安い居酒屋に行くと、もれなく周りの客から「ちょっと英語で話しをさせて下さい」オーダーがついてくる。それは、必ずと行って良いほど毎回ついてくる。

 安い居酒屋には学校を出てまだ時間が経っていない若い女性がたくさんいて、そういう女性達は「習った英語を使ってみたい」という好奇心旺盛(遠慮知らずともいうかもしれない)な人も多いからだ。もちろん、アルコールも入っているから少し内気・謙虚さも消えている。そして、そんな好奇心ガールにとって話しかける相手が同じ女性だと気楽に安心に話しかけられる。というわけで、「いかにも欧米系の女性」+「安い居酒屋」=「即席英語学校」という方程式が成り立つの。だから、安い居酒屋では「いかにも欧米系の女性」の周りではいつも英会話レッスンの嵐が始まるのである。

 駅前には英会話学校は乱立している。そこには英会話を学びたい生徒がたくさん通ってきている。しかし、同じように駅前に乱立している安い居酒屋にも実は「英会話を学びたい生徒(その瞬間だけかもしれないが)」がたくさんいて、そして、「安い居酒屋」を舞台とした「英語学校」という状況も実は連立しているというのが興味深いところである。

 それなら、最初から「安い居酒屋+英語学校」という店もしくは学校を作ってしまうのも面白いかも。

2005-02-17[n年前へ]

武蔵小杉

 出張と打ち合わせが続く。新幹線が揺れまくりでなければ時間を有意義に使えて良いのだけれど…、残念ながら大波小波状態だからなぁ…。

武蔵小杉武蔵小杉






2006-02-17[n年前へ]

「経済ってそういうことだったのか会議」

http://www.gaga.ne.jp/emperor-penguin/images/7_800_600.jpg佐藤雅彦と竹中平蔵の「経済ってそういうことだったのか会議」 佐藤雅彦と竹中平蔵の「経済ってそういうことだったのか会議」 を読む。松原 隆一郎のようないわゆる「王道・経済学者」でない人の方を私は面白く感じ、竹中平蔵が説く「経済学」に対しては、私は少しばかりつまらなさを感じてしまうのかもしれない。それは、一種の教条主義のようなつまらなさを感じてしまっているのだろうか? 
 後半近くまで、「聴き手の佐藤雅彦が頭良すぎ(あるいは、佐藤雅彦がしつこく質問はしないようにしている)」に感じ、私はオチこぼれまくりになってしまい、非常に読み辛かった。そういうわけで、(最初100ページ弱ほどを除いた)中盤から後半をとても興味深く読む。

「チャウシェスクの子供たち」(ブカレストのピザハット)店のすぐ外の路上で、一人の小さな女の子が壁にもたれて歩道に直に座ってるんです。スカートから出た両足を道の方に投げ出すようにして座ってたんですが、…そのそろえた足の上に幼い弟を寝かせているんです。それが弟のベットなんです。冷たい地面の上に弟を寝かせるわけにはいかないという… 佐藤雅彦「経済ってそういうことだったのか会議」

2008-02-17[n年前へ]

「にくい」という言葉

 大野晋の「日本語の年輪」(新潮文庫)を読んでいた時だったと思う、「にくい」という言葉が生まれた源・その言葉が抱えるものについて書かれていた一節に付箋紙を貼った。そして、昔の日本で使われていた本来の意味と現在とでは、その意味合いも変わってきているという一節も興味深く読んだ。個人主義が輸入された現在の日本では、昔ながらの「にくい」という言葉はないのかもしれない、という一節も面白く読んだ。何より、本来の意味を読んだ。

 色んなものを抱えている人がいる。とても綺麗に澄んだものも、濁って先が見えないようなもの、ありとあらゆる抱えきれないものを、それでも抱え走る人がいる。あの人の本当に身近にいる人は、それをどう見ているのだろうか。そして、あの人はそれをどう感じているのだろうか。

 なんだ、あれが僕たちの探している青い鳥なんだ。 僕たちは、ずいぶん遠くまで探しに行ったけど、本当はいつもここにいたんだ。

 「青い鳥」 M.メーテルリンク