hirax.net::inside out::03月11日

2001-03-11[n年前へ]

子供の科学

 会社帰りに本屋へ寄った。何故か「子供の科学」が目に入ったので手にとって眺めたら、父の書いた解説記事が載っていた。その中で父は「父の父」の話に少し触れていた。行間を読めるか読めないかを決めるのは、読者かな。

久々の2ちゃんねる

 何故か、このスレッドをじっくり読んだ。何故だろう?(リンク

2003-03-11[n年前へ]

松井 On the Run

 JALの松井のCM

一昨日見た海

 打ち合わせの最中に打ち合わせ室から窓の外を眺めると雪がたくさん散らついていた。積もるような雪ではなくて、地面に着く前に消えるようなそんな雪だったのだけれど、たくさんの雪が風に軽やかに舞っている様子は幻想的だった。雪の向こうで日の光で輝いている富士の裾野だって眩しくて幻想的だ。打ち合わせ相手はそんな雪にちょっと焦っていたかもしれないけれど。

 この写真は今日眺めた景色ではなくて、一昨日眺めていた海。

一昨日見た海






2005-03-11[n年前へ]

あぁ、しんど。

 メールを読む体力が戻ってきたので、ようやくメール処理。

 日曜日に病院で「インフルエンザじゃなくて風邪だよん」と言われ、風邪薬を飲んでみるも熱はその後もあがる一方。火曜日に救急車で搬送された先の病院で「B型インフルエンザだよん。脳炎にはなってないみたいだけど、抗生物質はもう手遅れだから効かないよん」と言われ、今に至るのだった。一週間分の予定も仕事も記憶も何もかも全部ブッ飛んで、あぁしんど。

 そういえば、救急車から担架に乗って出た瞬間、目の前の青空が綺麗だなぁ、と思ったことは覚えている。そして、その瞬間に頭の中でブルーハーツの「青空」が流れたのはいいけれど、それは「バス」じゃなくて「救急車」だし、「運転手さん」じゃなくて「救急隊員さん」だし、「乗っけて」というより「(自力で動けなくて)乗せられて」いるし、「行き先」は「沼津市立病院」指定だし、ちょっと違うかも、と思った覚えも(おぼろげだけど)。

運転手さん そのバスに僕も乗っけて くれないか行き先なら どこでもいいまぶしいほど 青い空の真下で

読みやすい「文字」フォント

http://linkage.xrea.jp/article/2004/05/smoothfont_1.php textfile.org経由で「Windowsでも綺麗なフォントを」眺めた。心根はMac大好き人間の私ではあるが、この手のフォント表示を見るたびに「綺麗」と「読みやすさ」は違うだろうなぁ、と思う。日本語フォントに対して、ClearTypeが無効となるサイズ指定を小さくしたり、ビットマップ・ファイルを外してしまったりすると、「綺麗」かもしれないけれど「読みやすく」はないよなぁ、と思う。

ClearType自主学習(仮) 日本語文字はアルファベットに比べて非常に細かい。また、文字の特性上、縦方向の解像度が(横方向と同等以上に)高い必要もあり、ClearTypeのような技術はそれほど有効ではない。例えば、下に12pt.のSH G30-P・ARISAKA・MSゴシックで「高解像度」と表示したときの液晶の点灯状態(上列)と、それをグレースケール化したもの(下列)を示してみる。「デザインとして眺める画像」ではなく「文字」として読もうとする限りにおいては、ここで示したSH G30-PやARISAKAの(縦方向の)潰れは可読性を大きく損なってしまっていることがわかる。横線と横線の間がちゃんと空かずに中間調になってしまったり(読みやすさに必要なコントラストを得られなかったり)、それどころか隣り合った横線と横線がくっついてしまっていたりする。ClearTypeを適用するには、12pt.というサイズですら日本語の場合には(少なくとも縦に)細かすぎる。
SH G30-PARISAKAMSゴシック

 もしも、文字の展開解像度を縦横同一で行わず、表示デバイス縦横の表示解像度に応じた縦横それぞれの解像度で文字を展開し表示するならば、(ClearTypeそのものではなく)ClearTypeのような技術を(大きい文字でない)日本語に適用するのも良いだろう。しかし(展開解像度が縦横同じである)現在のところは、デフォルトの「日本語の場合、非常に大きな文字にしかClearTypeなどは適用しない」という設定が至極真っ当だと思う。そして、小ポイント用のビットマップフォント、言い換えるなら小ポイント文字を作成する際の「フォントのヒント情報」のかたまりを使わないというのは、「読みやすさ」を考えるなら非常にもったいない話だと思う。 もちろん、「文字」でなく「単にデザイン」だと言うのであれば…、全く別だと思うが。

2006-03-11[n年前へ]

inside out アクセス元ベスト10 大学 編

Title 昨日は、企業からinside outへのアクセスランキング・ベスト10を眺めてみました。そこで、今日は大学編を眺めてみることにしましょう。
 まず一位は天下の赤門、東京大学です。inside outに対する大学からのアクセスの(ベスト10の分の)1/4近くが東京大学です。2位の京都大学と合わせると、何と1,2位の2大学で(ベスト10分の)アクセス量の半分近くです。「ac.jp 全体でどのくらいか」を調べなかったので、さてこれが全体の内のどのくらいかはわかりません。
 以下、東北大・横国・阪大・北大・早大・名古屋・広島・奈良先端(以下略)です。これでは、まるでこの並び方は予備校の偏差値順位みたいです。偏差値の割に、「hirax.net的には割安感のあるお勧め大学」なんていうのも算出できそうですね。inside out を眺めに来ている高校生なんてあまりいそうにありませんが、参考にしてみるのはいかがでしょうか。

「ハイスペックな人」と「年収500万円の境界線」

Title 先日、ある人材を扱う会社で打ち合わせをしている時に「ハイスペック」という言葉が飛び出てきました。意味がわからなかったのですが、何回か聞き直してから、ようやく「人」を指す言葉だということがわかりました。「優秀な人」というような意味で、「ハイスペック」という言葉を使うのだというわけです。PCなどの製品を扱う際には、よくスペックという言葉を確かによく使います。「人」を売り買いする会社なので、製品たる人を差して「スペック」という言葉を使うのでしょう。

Title そこで、私は「ハイスペックでない人はなんて呼ぶのでしょうか?」と聞いてみました。…すると、「そういう人を話題にすることは少ないので、とりたてて(そういう人たちを指す)名前はありません」という答えでした。なるほど、何だかとても「リアル」な話です。「ハイスペックでない人」「優秀でない人」は話題に上らない、というわけです。ハイスペックでなくて、優秀でもない私としては、背筋に汗をタラタラかきつつ、リ・リアルだ…と心の中で呟いていたのです。いえ、もしかしたら、口に出して呟いていたかもしれません。「そういう人を話題にすることは少ないから、呼び名も特に必要ない」というリアルさに、まさにそんな私は「吾輩は猫である。名前はまだ無い…」と呟きながら、ただダラダラと汗をたらしていたのです。

Title そして、「ハイスペックの基準」はというと、これがまた興味深い基準でした。なぜかというと、ハイスペックか否かは「市場価値が決める」というのです。そして、その市場価値は結局のところ「現在の給料」が大きな基準になる、というわけです。価値が金額を決めるのか、金額が価値を決めるのか…?というようなナゾを私はふと考えてしまいました。…そして、そのハイスペックか否かのボーダーラインは「年収500万円」だということを聞いて、さらにもっと複雑な気持ちになったのです。「年収500万円以上の人たちが"ハイスペック"」という言葉を聞いて、何とも形容しがたい気分になったのです。

どこへ行っても跳ね付けられて相手にしてくれ手がなかった。いかに珍重されなかったかは、今日に至るまで名前さえつけてくれないのでも分る。ꆡꆡ닆쳜샐ꆡꇖ룣쟚꓏잭꓇꒢ꓫꇗ

Ultra-mobile PC Display Emulator

  MicrosoftがコードネームOrigami用ソフトウェア開発のためのUltra-mobile PC (UMPC) Display Emulator Beta提供開始.

2008-03-11[n年前へ]

高層ビル消滅(消灯)マジック

 誰でも簡単に「高層ビルを消すマジック」をすることができる。少なくとも、あなたが合図するだけで「高層ビルの灯がいきなり消えてしまうように見せかける」テクニックがある。といっても、コツさえ知っていれば、それは本当に誰でも起こせる「超自然現象」の一つだ。その種あかしはこうだ。

 東京駅の西南に見える大きな高層ビルは、いつも夜10時、つまり、22時ピッタリに多くの階の灯りが消える。もちろん、このビルでは22時ちょうどに、(おそらく)省エネのために照明が消える、というだけのことである。しかし、そのことを知ってさえいれば、22時ピッタリにそのビルを指差すだけで、まるで指先から不思議な波動が放射され「高層ビルの灯りが消えていくように見える」というわけだ。22時ちょうどに、そのビルを撮影した動画が下に貼り付けたものである。パタパタと灯りがいきなり消えていくようすがわかるだろう。


 「正確な時計があれば、あとはその高層ビルを指差すだけ」の手品だし、当然すぐにネタはバレて(想像されて)しまうわけだが、それでも「ビルの明かりが次々に消えていく」瞬間にはビックリする人もいると思う。

 面白いのは、消灯した後に、バラバラなタイミングながらも、灯りが再び点いていくことである。きっと、残業している人たちが、暗い中であたふたしながら、電灯のスイッチを入れているのだろう。そういった、夜の高層ビルの「なかのひと」のようすを想像してみたりしても、何だかとても可笑しい。そんな景色は、22時にだけ見ることができる。