hirax.net::inside out::03月22日

2001-03-22[n年前へ]

種ともこ

 「いっしょに、ね。」 「10円でゴメンね」のかっこよさといったら。
 「みんな愛のせいね」 一種独特の雰囲気を感じるのは私の気のせいではないはず。このアルバムは、CDになって入れられた「お茶の間で Dance」はひとまず除いておいて、全体での雰囲気を楽しむのが良いかも。
 「CheChe-ByeBye」 まるでベストアルバムのような一枚。「タイムドライバーは仮免」はどっかのサブタイトルでも使ったような?
 「ベクトルのかなたで待ってて」 これもサブタイトルに使ったような?
 「O-HA-YO」 「Triangle On The Pavement」の時間の浮遊感覚はとても哀しいかなぁ。
 「うれしいひとこと」 ラストの「うれしいひとこと」は、矢野顕子の「ひとつだけ」と同じくらい名曲だと思うんだけどなぁ。
 「感傷」 ちょっと飛ばして、このアルバムのラストの「はい、チーズ!」の最後を聴いているといつも泣きそうな気持ちになるのは私だけじゃないはず。(リンク

時間感覚

 これを書いてる、違った入力しているのは金曜日なんだけれど、昨日の木曜日はずっと昔のことのように感じるのが不思議。まるで、この一ヶ月みたい。

2002-03-22[n年前へ]

Photoshopでこんなことってできる?

 「Photoshopでこんなことってできる?」とKさんから聞かれる。で、「2・3分待ってもらえたら、ちょちょいとそんなプラグインを作りますよ。」 で、作った。実は、ちょうどそれを包括する機能のプラグインを別の人から作るように脅されて昨日作ったのだった。こういうことって多くてありがたいなぁ。

2003-03-22[n年前へ]

ウィルス感染速度も「ムーアの法則」に忠実

 「一万台の端末がウィルスに感染するまでにかかる時間と端末数」というネットワークアソシエーツからのグラフ
 なんだか、「WEBの時間、サイトの寿命」をちょっと思い出すのである。「今日の必ずトクする一言」が休止してしまう今日この頃、「色んなムーアの法則」を考えてみたいものなのだ。

ファミコンの謎の一つが今明らかに

 色々なシミュレーターを見かけることもあるし、自分で作ることもある。が、このシミュレーションというかエミュレーションには「目から鱗」だったのである。というわけで、その「目から鱗」のエミュレーションがこの「ファミコン"カセットずらし"をエミュレートしてみる
 「電源が入ったままのファミコン本体からカセットを少しだけ引き抜いて、マリオを地中奥深くに落としたり、見えていないはずの金塊の場所が判ったり、ドラクエでまだ行ったことのない場所に移動できたり…」といったナゾの発生過程を実証したモノなのである。素晴らしいのだ。

宮嶋茂樹 in バクダッド

 テレビ中継にフリーカメラマン宮嶋茂樹というテロップと共に、不肖・宮嶋茂樹が登場していた。いや、勝谷誠彦が綴る本ではないから、カメラマン宮嶋茂樹と言った方が良いだろうか。ぜひぜひ、レンズの向こうの色んな景色を写し取ってきて欲しいものなのである。

ウォーリーを探せ・インク・リフィル編

 この中の一人はフランシス・ドレイクのような元海賊なのである。でもって、また違う一人は海賊対策の武器を作る武器職人であったこともあったりするのである。世の中は色々と微妙なのである。

少しの失望

 「渡米は安全上のリスクが高い」からって渡米せず、アカデミー賞の授賞式に出席しないって何だ…?ほんの少しでもいいから存在感を訴えていくことが後の何かに繋がっていくんじゃないだろうか、と思ってしまうのは素人考えなのだろうか?自分達だけでなくて、後に続く人達にも何か及ぼすモノがあると思うのは素人考えなのだろうか?

2004-03-22[n年前へ]

「ポジティブな自分」と「ネガティブな自分」

 補集合の補集合から、ふと「「社会学」の科学哲学」を読んでみた。

初めに、社会像の提示の仕方には、その論理形式に応じて二種類の方法論があることを確認しておこう。 まず、「社会とは・・・なものではない」という否定的表現による社会像の提示がある。つまり、明らかに現代社会的で「ない」社会を見つけることにより、現代社会をその「補集合」として言い表す、と言う方法である。 つまり「補集合」の「補集合」として−研究対象の社会像を浮かび上がらせるのである。 しかし、それは結局「否定の否定」という操作を行っている以上(このネガティブな提示は)トートロジー(同語反覆)であり、いったい「何が」現代社会的か、という疑問には答えるが、「何故」現代社会がそのような姿になっているのか、という疑問には答えない。 そこで次に求められるのは「社会とは・・・なものである」、という肯定的提示を行う「ポジティブな提示」であろう。しかし、それはネガティブな提示とは違い、一筋縄ではいかない。 つまり、社会とは「・・・なもの」として認識可能なものなのであろうか?社会は、ひょっとするとカント曰くの「物自体」や、ヴィトゲンシュタイン曰くの「語り得ぬもの」なのかもしれないのである。
 「何かである自分」がポジティブな提示による自分なら、「何かでない自分」はネガティブな提示による自分なのだろうか。そして、それが「何かになれる自分」や「何かになれない自分」などという提示なら、提示方法だけでなく内容的にもそのポジティブさだったりネガティブさはさらに増すに違いない【何かになれないおれカネゴン】。

 そんな自分に少し迷ってしまうなら、いっそ「自分」を「他人でないもの」とネガティブな提示で表してしまうのも良いのだろう。そして、トートロジーの迷路の中で、果たして自分や他人が「語り得るもの」かどうか、右往左往しつつ迷ってみるのも一興だろうか。

 と、一瞬迷いつつも、そんな自分は一言で「バカ」とカントもヴィトゲンシュタインも言い表してしまうに違いない、と何故だかポジティブに思い至る【たった二文字でおれカネゴン】。

2005-03-22[n年前へ]

大岡山

 東京工業大学 大岡山キャンパスで「電子写真技術のシミュレーションに関する講習会」 眺めた景色は品川駅の線路や東工大の会議室や、そんな景色。

大岡山大岡山大岡山






2006-03-22[n年前へ]

取手

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「自分の定義」

 from n年前へ.

 「何かである自分」がポジティブな提示による自分なら、「何かでない自分」はネガティブな提示による自分なのだろうか。そして、それが「何かになれる自分」や「何かになれない自分」などという提示なら、内容的にもポジティブさやネガティブさがさらに増すに違いない。【何かになれないおれカネゴン】 そんな自分に少し迷ってしまうなら、いっそ「自分」を「他人でないもの」とネガティブな提示で表してしまうのも良いのだろう。そして、トートロジーの迷路の中で、果たして自分や他人が「語り得るもの」かどうか、右往左往しつつ迷ってみるのも一興かもしれない。 と、考えているうちに、カントもヴィトゲンシュタインもそんな自分を「バカ」と一言で言い表してしまうに違いない、と何故かポジティブに思い至る。【たった二文字でおれカネゴン】

2008-03-22[n年前へ]

JRチケットの磁気データを眺めてみる

 ICカード化されているSUICAなどと違って、通常のJR切符などは、裏面の磁気データで管理されている。右に貼り付けたのは、JRの切符ではなくて領収書だけれど、基本的には通常のJR切符も、同じサイズであるし、同じような仕組みになっていると思う。

 このJRが発行したチケットの裏面に書き込まれている磁気データを、磁気微粒子粉末で可視化して、2次元画像に変換してみたものが下に貼り付けた画像である。上下4行づつ、計8行の磁気データが書き込まれていることがわかる。この磁気データを眺めた時、興味深く・面白いことは、チケットの中心を軸にして、線対称に上4列と下4列に対して同じデータが書き込まれているように見えることである。


 逆に言えば、磁気データは本来4列ですむのに、それを上下部分に同じように書き込まれているように見えるのである。これは、「磁気読み取りヘッド数を減らしつつカードリーダにチケットをどの向き(もちろん長短辺は一致している必要があるが)で挿入しても大丈夫なようにするために、そのような設計になっている」のだろうか。それとも、そんな単純な理由ではなくて、もっと複雑な理由によるものだろうか。

 日常生活を支えているシステムはたくさんあるけれど、それらが動いている仕組みがちゃんとわかるものは、ほとんどないように思える。そういったシステムの裏側をミステリの謎解きのように想像してみるのも、結構楽しい。

JRチケット表面JRチケット裏面磁気データ