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2001-05-06[n年前へ]

続・ファイト!縦文字文化 

 「ファイト!縦文字文化」に関してなかなかに鋭いメールが届く。鋭いと思います、ハイ。なにはともあれ、そう読みとる人がいてくれて本当にうれしいです。とりあえず、ここに勝手にリンクを貼らせて頂きます。
 しかし、この中の「一ノ瀬修一の部屋」とか「脇色彩写真研究所」とかを見ると、思わず笑いたくなるくらいにこの世界は狭いなぁ、と実感するばかり。(リンク

月の光 

 ひとつめがピアノ曲。二つ目は写真。(リンク)(リンク

アルハンブラの想い出 

 今日の「ラブストーリー」を観ながら。(リンク)(リンク

2003-05-06[n年前へ]

ぼくらの一日が景色を描く  

お月さま 以前、ネットワーク上にたくさん散らばっている「笑顔」を集めて、一枚の風景を描いてみたことがあった。屈託のない笑顔もあれば、泣き顔もあるだろうし、こわばっているようなそんな笑顔だってあるだろう、そんな笑顔を集めて一枚の絵を作ってみたことがあった。

 今さっき作ってみたのはこんな「景色」だ。この写真の本物は実はとても大きいから、ここに貼り付けた写真では細かいところはよく判らないかもしれない。きっと、変な三日月の人形かな?と思う位だろう。

 だけど、この写真を拡大してみれば、実はモザイク画であることが判る。よく眺めてみれば、色んな人達が書いているはてなダイアリのWEBページを集めて作ったモザイク画であることが判る。昨日から今日にかけて「色んな人が書いたその日の出来事」で作った一枚の景色であることが判るかもしれない。つまるところ、この写真は数百人のある一日の日記を集めて作った一枚の景色だ。

 何処かの誰かが一日の出来事をWEBページに書いてみる。笑顔もあれば、泣き顔もあるし、何にもない一日だったかもしれないし、あるいは呆然とするような一日だったかもしれない。

 そんなWEBページをちょっと遠くから眺めると、色んな風景が見えてくる。

2004-05-06[n年前へ]

Tech総研「思いこみパワーで未来が見える」編 

 ビールを飲みながら、Tech総研向けの文章を書いてみる。今回の内容に適当に内容に題を付けるなら、「思いこみパワーで未来が見える」(順不同)編です。公開は来週の予定。

 ちなみに、原稿の〆切は今晩ですが、私の前のたださんの分が公開されるのは明日という恐怖の落とし穴があるのです。これは、「あのね、かちあうようなネタ選びはダメですよ」という編集の方の親心に違いありません。

技術情報協会のパンフ書き 

 技術情報協会向けのパンフ書きをこれまたビールを飲みつつ(これから)書く。前回、化学製造法の話で依頼を頂いた際には(化学が苦手な私に…)、苦笑しながらお断りしましたが、今回は試しに受けてみました。セミナーの開催は七月中旬の予定です。

森に夢見る 

 ELIXIRさんのページからUn Sueno en la Floresta「森に夢見る」。

どうにかなるさ/やつらの足音のバラード 

 どうにかなるさ/やつらの足音のバラード

2005-05-06[n年前へ]

青考 

http://www.netnet.or.jp/~manabunc/BLUE/BLUEindex.htmhttp://www.netnet.or.jp/~manabunc/BLUE/blue013.htmhttp://www.netnet.or.jp/~manabunc/BLUE/blue004.htm 「青という色や藍染技術、そして、その青い色を生み出す藍染技術者に対する差別を生出した宗教」について調査研究した 「青考」長年の調査の集大成、という言葉に尽きるような膨大な量の考察。



「水粒子プログラム」と「タマ転がし」 

 ある掲示板で知ったことなのが、(そのWEBサイトの持ち主、情報の書き手の双方ともに)おそらく「この件でリンクされることは好まないだろう」と想像するので、(この件では)リンクは張らないのでおこうと思う。リンクを張るのであれば、後味が悪くなりがちなこの手の話ではなく、もっと違った大域照明(Global illumination)レンダラなどの面白い話題にしたい。

金子氏の「水粒子サンプル・プログラム」佳作受賞作品「タマ転がし」 CGプログラムやゲーム・プログラム、あるいは、シミュレーション・プログラムに興味がある人、特にそんなプログラムを自作してみたい、と一度でも考えたことがある人であれば、第10回学生CGコンテストインタラクティブ部門の佳作受賞作品「タマ転がし」(本文章の横に貼り付けた画像のうち、左の画像)を見れば、それが金子勇さんの「水粒子サンプル・プログラム」の動作画面(本文章の横に貼り付けた画像のうち、右の画像)だと一瞬でわかることだろう。もちろん、この両方を初めて見る人であっても、受賞作品の動画と金子さんの水粒子サンプル・プログラム(定数をいくつか変えた上で、コンパイルしたもの)の動作画面 (Balls.mov 5.6MB)を眺めてみれば、一目瞭然同じものであることがわかるはずだ。金子さんの水粒子サンプル・プログラムの定数を変えたものの動作画面を撮影したものが、インタラクティブ部門の佳作受賞作品「タマ転がし」である(もちろん、応募学生は金子氏ではない)。
 コンテストの主催者曰く、「(受賞者の指導教員によると)金子氏に許可を得ている」ということではあるが、「制作過程の論理性・技術力・審美性・オリジナリティなどから、いかに新しい表現を追求しているかを評価基準とする」という謳い文句は…少し浮いてしまっているようにも思える。

Water2第10回学生CGコンテスト受賞作品|審査委員会第10回学生CGコンテスト受賞作品|インタラクティブ部門 話は少し変わる。当時の金子氏(47氏)が学生からの質問メールに誠実に対応されていたことに驚く。Winny裁判を(開発者として)抱え、また、他にも処理すべきメールが数多く溢れていただろうに、よくきちんと対応できるものだ。メールになかなか対応できていない自分を振り返ると、…感心してしまう。プログラムを書く速度だけでなく、メールを書く速度も天才的に速いのだろうか。才能もお金も、世の中のありとあらゆるものは同じモノどうしでの引力が強い、と考えれば納得できる。天は二物も三物も与えるし、お金はあるところに集まる。そして、電気オタクは秋葉原に集まる…とか?

「一枚の画像から立体像を再現する技術」  

 Computer Vision at Microsoft Research Cambridge面白そうなプロジェクトの数々。「一枚の画像から立体像を再現する技術」もフェルメールの絵画や「そんな絵画が並ぶ不思議な美術館」の動画を眺めてみると、とても面白い。

 また、フェルメール繋がりで「フェルメール風絵画を書く方法」と「フェルメール絵画の立体空間」も。
i2iVision at MSR Cambridgehow_to_paint_your_own_vermeerFebruary 2002 - Feature Story - Vermeer: Master of Light - iCOM Magazine

裾野 

 朝、雨上がりのクローバが生える草むらで。タンポポとクローバ。

裾野裾野






2006-05-06[n年前へ]

複数画面+ノートPCでAdobeソフト使用時の問題点 

 普段ノートPCで作業をしている。大画面液晶ディスプレイと組み合わせて、デュアルディスプレイで作業をすることも多い。また、PCIビデオカードを挿したドックに接続することで、3つのディスプレイを使いながら作業をすることも多い。もちろん、ノートPCだけで作業をするときは、ノートPCの液晶画面だけを使う。
 大(複数)画面を使うのは、Adobeのソフトを組み合わせた作業をする時が多い。どうしても作業の際のに表示する必要があるWindowが増えてしまうので、広い画面を使う必要があるからだ。ところが、そんなAdobeのソフトと複数画面を使うノートPCの組み合わせで、「ダイアログ位置」の問題が生じることがある。
 Adobeのソフトはダイアログの位置を保存していて、前回と同じように出すことにしているものが多い。マルチディスプレイでダイアログを出すような作業をし(ファイルを開く、ファイルを保存する、など)、次に(ソフトを立ち上げて)作業をした時に、ダイアログが(その瞬間に存在する)画面の外の「どこか」にとんでもないサイズで出現してしまったりすることがあるのだ。そんな時は、しょうがないから、ダイアログの内部配置の記憶を頼りにキーボードだけでブラインド操作をしたり、四苦八苦してダイアログ出現位置を元に戻すことになる。他の人はどう対処しているんだろうか?ノートPCで外部ディスプレイを使ってAdobeソフトを使う他の方はどう対処しているのだろうか?

2年先の未来 

リクナビNEXT/リクルートの転職サイト ふと、「ニュース・ウォッチ」と称していた頃の「平林純@hirax.netの科学と技術と男と女」の過去ログを眺めてみました。2004年3月〜2005年7月までの過去記事ですが、その過去記事から、色んな種類の未来が見えてくるような気がします。「みんなが笑顔のベストショット検出技術」「トランプ・カード透視術「“コーヒーでガッツ”の秘密」「一人と一人を繋ぐIP糸電話」…2年前の過去を眺めれば、間違いなく2年くらい先の未来は見えるはず、と思います。

2007-05-06[n年前へ]

「送籍」と「名前」 

 図書館は5階建てだが、人でにぎわっているのは1階だけだ。少し前に出版された本が置いてある2階より上には、ほとんど人がいない。人がいない2階で、無意識のうちに1冊の文庫本を手に取っていた。本を手に取ったのは、本当に無意識の一瞬のことで、気づいたら書庫から本を抜き出していたというのが的確なところである。その本を手に取った理由をあえてつけるなら、その本が「コロンブスの卵」という名前で、ちくま文庫だったからだと思う。「コロンブスの卵」という題名は科学的・工学的なものを感じさせるし、ちくま文庫はとても読みやすい文字レイアウトだという感覚が意識の底に染みついていたからに違いない。

 その本を抜き出すと同時に本の頁を開いた途端、少し驚いた。開いた頁に、「徴兵忌避者としての夏目漱石」という考察が綴られていたからだ。「展望」の昭和44年6月号に掲載されたという、丸谷才一の「徴兵忌避者としての夏目漱石」がそこに載っていたのである。前から読みたいとは思っていても読むには至らず、しかし内容が気になり数日前にも関連記事をブックマークしたりした、それらの記事の源流がそこにいきなり出現したので、驚いたのである。

 私の友人で送籍という男が「一夜」という短編を書きましたが…
1905年 「吾輩は猫である」
 

 これまで、半藤一利や北村薫の著作など、漱石の名前の由来を巡る話として「徴兵忌避者としての夏目漱石」の名前を出したものを読んでいた。しかし、「徴兵忌避者としての夏目漱石」は、徴兵忌避のために漱石が北海道へ籍を移した(送籍)ことが、漱石の神経衰弱の大きな理由になっていて、徴兵忌避の自責という視点から眺めてみれば、「こころ」の不可解な結末(乃木大将が出てくる必然性)も納得できる、という内容だった。漱石という名前が、「負け惜しみが強い」という意味の「石に漱ぎ流れに枕す」だけでなく、「送籍」をも意味するのではないかというような内容は、「徴兵忌避者としての夏目漱石」では書かれておらず、あくまで「こころ」に至るまでの背景・構造解説に集約された内容だった。

 「徴兵忌避者としての夏目漱石」の内容はとても自然なものだっただけれど、それとは別の、自然ではない「漱石の名前の由来を巡る話」にも、やはり興味を惹かれる。夏目漱石が最初に漱石という名前を使ったのは、1889年5月の「七艸集」上であって、漱石が(徴兵忌避が可能な)北海道へと本籍を送籍したのは、その3年後の1892年4月であるから、夏目「漱石」という名前の第一の由来は「送籍」ではないのだろう。しかし、漱石の最初の小説「我輩は猫である」で、自分自身を「送籍」という名前で語っているのだから、やはり自身の送籍を意識していたに違いない。

 「詩人かも知れないが随分妙な男ですね」と主人が云うと、迷亭が「馬鹿だよ」と単簡に送籍君を打ち留めた。
1905年 「吾輩は猫である」

 「籍」は名前と住所のデータベースだ。英語で言い換えれば、レジストリである。Windows ユーザが日々悩まされているWindowsレジストリなら、名前と値が階層構造で格納されたものだ。名前などを鍵(キー)にしてそのデータベースを呼べば、値など必要な全ての情報が得られるわけである。籍を移動することで固定されない浮いた状態にしてしまう「送籍」ということからは、「名前が無い・固定できない動的なもの」を連想してしまう。

 小生は今日までただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、これから先もやはりただの夏目なにがしとして暮したい希望を持つております
1911年

「無名関数」と「吾輩は猫である」  博士号拒否の際に自身を「ただの夏目なにがしでいたい」と書いた夏目漱石は、その「なにがし」の部分を一つの明らかな言葉で置き換えること、すなわち自身を名付けることはできなかったのではないか、と想像する。この「なにがし」は、博士号という冠・名前を軽く扱う表現上のトリックであると同時に、実は「なにがし」の部分は、漱石にはこのように表現することしかできなかったのではないだろうか。本名の金之助をここに入れることは、もとより忌み嫌っただろうし、それが「漱石」という号であっても、一つの固定した意味しか持たない限りは、ここで使うには至らなかったかもしれない。何かを書くことで自身を作っていくことはできても、その自身にふさわしい名前を付けることは非常に困難なことだったのではないだろうか。関数の中身を長く書き続けることはできても、その関数を「短い言葉」で表現することは不可能だったのかもしれない、とふと思う。

 私はその人をつねに先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間をはばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。
1914年 「こヽろ」
(dekirukana9/registry)

2008-05-06[n年前へ]

「舞台裏」 

 マンガ家の西原理恵子が「サンデー毎日」に連載していた4コマ・マンガとエッセイをまとめたものが、1993年に毎日新聞社から出版された「怒濤の虫 」だ。西原理恵子は、「あのコラムは毎日新聞の担当の方が、私の文章を手直ししてくれているんです。時には、原文の姿がどこにも見当たらないほどに」というようなことをどこかで書いていた。その言葉を当然のように受け入れられるほど、確かに「怒涛の虫」はいかにも手馴れた具合で言葉が書き連ねられている。

 世間的には、それで金を稼いでいれば仕事、そうでなければ趣味、ということになるのであろうが、それではday jobをこなしながら喰えない舞台俳優を続けている人にとって、舞台は何なのだろう。
 少し前、河合さんの文章を読み、ずっと思い返していたのは、「怒涛の虫」の中の「死んだのはひとりの芸術家でした」という文章だった。
 彼だけは、その日暮らしの生活を送りながら、完成度の高い絵を描き続けていました。…それなのに、彼の絵は売れませんでした。
 「怒涛の虫」の中で、(唯一といってよいと思う)4コマ・マンガが描かれず文章だけが書かれていたのが、「死んだのはひとりの芸術家でした」だった。西原理恵子と担当編集者が書いた言葉の割合はわからないけれど、若い頃の西原理恵子の「番外編」のような内容で、なぜかずっと忘れられない。
 死んだのは、フリーアルバイターではなく、ひとりの芸術家でした。

 当時のサンデー毎日の”担当S”、今は毎日新聞で「毎日かあさん」の担当をしているのが、毎日新聞出版局の志摩和生だ。「毎日かあさん 出戻り編 4」の「後ろ見返し写真」には、フリーカメラマンの鴨志田穣の笑う姿とマンガ家の西原理恵子の後姿が写っている。この写真を撮ったのは、カメラのファインダーを覗いて、そんな景色を切り取ったのも志摩和生氏だ。そうだ、あの”担当S”氏だ。

 本が作られるまでの裏作業、写真を撮影するための作業、舞台の上で演じられる演劇の舞台裏…そんなことを見るのも良いな、と時折思う。華やかな舞台の舞台裏や、それとは程遠い舞台裏を知りたい、と時々思う。

2009-05-06[n年前へ]

100円「自転車用の充電式ライト」の明るさを計ってみよう 

 昨日、100円ショップへ行き、格安トータル700円で「充電池式の自転車用のライト」を手にれました。ちなみに、自転車ライトの本体は100円で、残りの600円は充電池と充電器の値段になります。とにかく、「格安」です。

 格安にライトを手に入れたなら、次は、この100円自転車ライトが一体どの程度の明るさなのか・どの程度使い物になるのかを知りたくなります。そこで、照度計を使って激安自転車ライトの明るさ(照度)を計ってみることにしました。

 真っ暗な部屋で、40cm離れたところから照度計に100円ライトで光を照射してみると、およそ1200ルクスの明るさ(照度)でした。計測しているようすが右の写真です。ちなみに、右の写真ではメータが表示している数値を10倍したものが、ルクス(lx)値になります。

 「40cm離れたところで1200ルクス」ということは、たとえばその10倍の距離、つまり40cm×10=4mの距離がどの程度の明るさになるかを考えてみると、ライトで照らされる面積は距離の2乗=100倍になりますから、1200ルクスの100分の1=12ルクスの明るさになる、ということになります。照らさなければならない面積が100倍になると、面積あたりに照射される光量は100分の1になるというわけです。

 12ルクスの明るさは一体どの程度かを考えてみると、おおよそ「休憩中(客入れ中)の映画館程度の明るさ」です。決して「明るい」とはいえないかもしれませんが、たとえば、格安A-bike型自転車(パッタモンと普通は言いますね)でゆっくりゆったりと自転車で道を走る程度なら、必要十分の役を果たしてくれるかもしれません。

 とりあえず、100円自転車用ライトで「スローライフ」ならぬ「スローライド」を楽しんでみようと思います。ゆっくりゆったりと。

100円「自転車用の充電式ライト」の明るさを計ってみよう






2010-05-06[n年前へ]

上岡龍太郎と岡部まり 

 「探偵ナイトスクープ」の秘書役だった、岡部まりが参院選出馬のため、降板するという。

 ずっと昔、20年以上前から、気になっていることがある。それは、初代の探偵局長の上岡龍太郎が、彼が忌み嫌った心霊・霊媒師・超能力・オカルトなどと、文化・信仰、あるいは、宗教をどのように分けて考えていたのだろう?ということだ。そして、「探偵ナイトスクープ」で心霊ネタの扱いに対して立腹し、鋭い言葉を放つ上岡龍太郎に対し、その横にいる岡部まりはどんなことを考えていたのだろうか?ということだ。その二人とを、私自身ずっと好きだったこともあり、ずっと気になっていた。

上岡:「霊がいる、いないということを何も解明せず、単にふざけたVTRを流しただけで、TVに出せば除霊師が認知されたと勘違いしてしまう。面白かったら良い訳ではない。面白くても、それによって何らかの影響力を与えてしまう。それを常々、考えないといかん」
岡部:「確かに仰る通りなんでね・・・」

探偵ナイトスクープ「オカルト嫌いによる騒動

 岡部まりには、彼女自身の考え方・信じるもの・信じる対象 があり、上岡龍太郎には、また別の考え方・感じ方・信じないものがある。この収録の瞬間に、特に、岡部まりが何を考え・何を感じていたかを、つねづね知りたいと思い続けてきた。

 あの時、彼女はどんなことを考えていたのだろう。そして、今、彼女と彼はそれぞれどんなことを考えているのだろうか。

2011-05-06[n年前へ]

どこに不具合があるかが明記してある「ジャンク」は素晴らしい!? 

 最初に手に入れた「ウォークマン」は、1000円程度で秋葉原ロケットで買いました。当時、秋葉原ワシントンホテルの前にあったロケットの「ジャンクコーナー」で、「駆動系動きません」といった張り紙がされているアイワのウォークマン(SONYではないので本当はウォークマンとは言えないのですが)を中学1年生のお小遣いを全部投入して買ったのです。

 アイワのウォークマン(モドキ)ジャンクの中身を開けてみれば、駆動モーターに回されているゴムが外れているだけでした。だから、ゴムを張り直すだけできちんと動くようになり、ラジカセで夜のラジオをカセットテープに録音し、何やら難しい言葉ばかり流れる中学の授業時間中、ヘッドホンから流れるステレオの世界に浸ってみたりした記憶があります。

 生まれつきビンボー生活が染みついているので、つまり「欲望」と「財布の中身」が釣り合わない日常ばかりだったので、よく「ジャンク品」に手を出します。上手くジャンク品を動かすことができ満足感にひたることもあれば、…どうしても動かすことができなくて悔し涙を流すこともあります。

 「駆動系動きません」という張り紙がされた(欠陥)商品も、その正直な張り紙がある限りは、私は満足できるような気がします。もちろん、そういった商品の存在を認めることができない人もいるだろうと思います。

 「情報」「リスク」「選択」「安心」…そういったものをどのように手に入れたいかということは、きっと人によって違うものなのでしょう。

 「絶対安全なカミソリ」がないのと同じく、(値段という名の欠点も含めれば)どんな商品にも欠点があるはずです。…だから、メリットと欠点(という名のリスク)と値段を天秤にかけつつ、貴重なものをどこに掛けるかを考えなければいけないのだろうと思います。

 不思議なことに、「問題点や欠点」を説明することをよしとしない考え方もあるようです。最近、そんな説明をよく聞くような気もします。問題点や欠点を示すことは、売り手や買い手に余計な動揺を与える、という考え方もあるようです。

 郊外に行けば(問題点や欠点を商品に貼った)「アウトレット店」が大人気なようです。それは、説明書がないけれど絶対安全だと言われている高い機械よりも、「駆動系動きません」といった張り紙がされているアイワのウォークマン(ジャンク)の方を選ぶベクトルに似ています。

 その一方で、問題点や欠点があたかも宇宙に存在し得ない反物質のように捉える「空気」もあるように感じられます。…そんな空気が、一体どこから流れてきているのだろう?とずっと考えています。

2012-05-06[n年前へ]

「シャボン玉」始めました。 

 夏の空が近づいてきたので、シャボン玉の送信を始めました。

 初夏の日差しに照らされ輝くシャボン玉はとても綺麗です。だから、シャボン玉製造器をベランダに置き、シャボン玉を飛ばしています。どこまで辿り着くことができるかは、風の向くまま、気の向くまま…つまり、誰にもわかりません。

 五月晴れの空を旅していく、大小色とりどりのシャボン玉を見かけたら、手を振って声をかけ、そっと応援してやって下さい。

2013-05-06[n年前へ]

メジャーリーグの個性豊かな「ご当地」野球盤を作ろうぜ!? 

 メジャーリーグのホームグラウンド、各チームの野球場は個性豊かなさまざまな形をしています。たとえば、メジャーリーグの野球場形状一覧を眺めてみれば、形状のあまりの違いに驚くはずです。左右対象でもなければ、場所毎に(ボールの跳ね返りを予想しがたいような)奇妙で不定型な形をしていたりします。

 各チームの選手や戦略の特徴は、それらの野球場の形状を反映していたりします(参考:いろんな形・いびつな形の野球場)。そこで、こんなことを考えました。かつて流行った原始的で物理的な野球ゲームである「野球盤」を、メジャーリーグの個性豊かな「ご当地」野球盤として作ってみたら面白いのではないでしょうか。

 コンピュータゲームと違い、野球場形状の違いを「見た目で」実感・体感することができる「野球盤」なら、球場形状によって打ち方(引っ張るか・流すか)を変えてみたり、さらにそれに応じて配球作戦を変えたり…と、ご当地色を反映した野球ゲームを容易に楽しむことができるかもしれません。

2014-05-06[n年前へ]

パワーポイントでスーパーマリオを楽しもう!(パワポで楽しむゲームマップ!) 

 パワーポイントを使ったプレゼンテーションで、「全体ストーリーやスライドとスライドの間の繋がりを意識しない(マズイ)症候群」を直すために*、こんなものを作ってみました。題して、パワポで楽しむゲームマップ! Part 1 "パワーポイントでスーパーマリオを楽しもう!"です。

 ホントのところ、「全体ストーリーやスライドとスライドの間の繋がりを意識しない(マズイ)症候群」を直すため」というのは口からデマかせなウソっこです。

 パワポのスライド背景とスライド切り替え効果で、スーパーマリオブラザーズのステージ1をクリアする!気分のプレゼンテーションテンプレートです。

 今日作った「パワーポイントでスーパーマリオを楽しもう!(パワポで楽しむゲームマップ!)」なファイル(PPTX、PPT)は、ここに置いておきます。そして、昔ながらのゲームマニアから現在にまで至るまで古今東西の色んなゲームを、仕事では絶対に使うことができそうにないパワーポイント・プレゼンテンプレートを、色々作ってみようと思います。