2014-02-01[n年前へ]
■「台北の夜市」と「パスカルの三角形」
台北で夜市を眺めていると、射的や原始なパチンコのような掛け型ゲームが多くありました。その中で面白く感じたのが、原始時代なパチンコに「四目並べやビンゴ」が足されたようなゲームです。つまり、「パチンコで弾が落ちた場所(一番左端が1で、一番右橋が16です)の数字が一直線上を並びつくしたら勝ちになる」というゲームです。
その原始なパチンコは、その作りから、中央付近の数字に弾が集中するように見えます。現に、7歳くらいのこどもが挑戦するようすを眺めていると、やはり(パスカルの三角形のように)中心近くに玉が数多く落ち、周辺部には玉はほとんど落ちていきませんでした(右写真)。
ということは、この原始パチンコな四目並べ(4x4ビンゴ)で数字が一直線に並ぶ(に至る)確率を考えようとすると、その4x4の数字配置と、数1~16のうち真ん中近くの数字ほど出やすいという頻度分布を組み合わせて考えなければならない、ということになります。…もちろん、そもそも(真ん中あたりの)同じ数字ばかりが出やすいということは、このゲームは(見た目の印象よりも)かなりプレイヤーにとっては不利なゲームで、胴元にとっては結構お得な商売に違いありません。
…大学時代にテキ屋バイトをした。そこも1等の高額ゲーム機が当たるアタリは存在しなかった。大体、その1等ゲーム機自体、箱の中身なんかなかった。…しかし、もっと恐ろしかったのが…1等じゃないにしても、高めの商品が当たったら、なんのかんの言って”アタリがなかったことにしてね”と、そのクジ担当のバイトには説明がされる…ということだった。テキヤバイトの中では、クジ担当になるのが(アタリが出たら…と思うと)実につらかった。
「(テキヤの)アタリのないクジ担当バイト」とか「花とゆめ」とか「誕生日」
2014-02-03[n年前へ]
■続 「ギネスビールの下に沈む泡」をOpenFOAMで計算してみよう!?
ビール愛飲家が作成したグラス下部で発生した泡が、グラス内部でどう動くかを計算できるファイル群(参考:「ギネスビールの下に沈む泡」をOpenFOAMで計算してみよう!?)を使って、動粘度係数が違う時の「シュワシュワな炭酸泡の動き方・見え方」を計算してみました(設定値を私が1桁間違えている気もするのですが…)。
左下から、炭酸飲料系モデルな粘度サラサラ系です。次の真ん中が、ギネスビールモデルで(グラスの外から見ると泡が下に落ちていく)ギネスカスケード発生系です。そして、最後の一番右が、粘度ドロドロな炭酸トマトジュース系(そんな飲料あったっけ?)。
こうした解析作業を駆使して動粘度を最適化すれば、ギネスビール以上に華麗なギネスカスケードを魅せる至高・究極の黒ビール(もちろんグラス中央部の上昇泡が見えないような透過率や散乱率設定も必要でしょう)ができあがるかも!
2014-02-06[n年前へ]
■「韓国・北九州の漂流ボート」で「魏志倭人伝の邪馬台国コース」を考える!?
福岡 北九州市の沖合を漂流するゴムボートが1月18日見つかったという事件…というか(事件ではないかもしれないけれど)奇妙な話。当時の海流を眺めつつ、計画したかもしれないコース(青色実線)と海流に流された場合のコースを描いてみた。釜山から対馬へ海を渡り、対馬の南端から飛行機に乗る、あるいは、対馬の西側海岸をなぞりつつ壱岐・九州に行く、そんな日本に辿り着くコースを描いてみたり、…あるいは、対馬と壱岐間の速い海流に流され北九州にまで辿り着くコースを描き、眺めてみました。
こんな地図(海図)を描いてみると、三国志の「東夷伝(魏志倭人伝)」に書かれている、中国から邪馬台国に至る道のりを連想します。
韓国を経て南へ、東へ、7000余里で〔倭の〕北岸の狗邪韓国(くやかんこく)に到着する。始めて海を1000余里渡ると、対馬国に至る。…絶島で400余里四方の広さ。1000余戸が有る。山は険しく、道は獣道のようで、林は深く、良い田畑がなく、海産物で自活。船で南北岸の市へいく。
また南に瀚海と呼ばれる海を1000余里渡ると一大国に至る。…また海を1000余里渡ると、末廬国に至る。4000余戸が有り、山海に沿って住む。
たとえば、韓国の海岸から(水平線の上に)対馬の陸地を見通すことができるのかといった見積もりや、魏志倭人伝が語る日本の姿を眺めつつ、2014年02月のワイドショーを眺めると、
対馬の最高峰矢立山は649mだから、112.8×√0.649=91km離れると見えなくなる。また、壱岐は山が低く女岳149mが最高なので、112.8×√0.149=44km。 したがって、図に示したように、岸狗邪韓國から倭国への航海では対馬は全く見えないか、波間に見え隠れする程度。また壱岐は近づかないと全く見えないことになる。まるで二千年近く前の古文書に書かれた外海渡航の物語が、あたかも現代に蘇ったようだ!と感じたりします。
対馬暖流の流速は1~3ノット(2~5.5km/h)なので、流速を仮に4/√2=2.8km/hとすれば、航行距離は、直線距離97kmの√2倍=140km程度になる。 しかし、途中複雑な海流に巻き込まれたり、風向きによってジグザグ航行をする場合などを考えると、順調にいっても直線距離の2倍の200kmぐらいであろうか。それを時速4km/hで割れば、50時間になるが、漕ぎ進むのを1日8時間程度(例えば、星座が見える夜間限定で進んだ場合)とすれば、約6日間の航行となる。
2014-02-07[n年前へ]
■釜山近くを出たゴムボートは「北九州市近く」に辿り着く!
釜山近くを出たゴムボートは「北九州市近く」に辿り着く! を書きました。
今回は、時々刻々の海洋環境の中で「ゴムボートが釜山近郊から出航したら、ゴムボートがどのように動いていくか」をシミュレーション計算してみました。それと同じように、時々刻々の海洋環境の中で「北九州市に辿り着いたゴムボートは(時間を遡っていけば)一体どういう方向から・何時どんな場所から出航したかを逆に辿ることもできます(精度はさておき)。
…今頃、どこかの研究所にシミュレーション計算の依頼がされていて、詳細なデータをもとにスパコンがガシガシ回されて、 この奇妙不可思議な話の謎が解き明かされているかもしれません。
2014-02-10[n年前へ]
■佐村河内という名字で考える「名字・地域分布」
「佐村河内という名字は珍しい」という話を聞いたので、電話帳を元にした名字/住所データベースを眺めてみると、確かに中国・九州の狭い地域に、ごく少数の世帯数だけが表示されます。
名字の地域分布で遊んでみると、これが意外に面白いものです。たとえば、日本でトップクラスのメジャー感を誇る鈴木で検索すると、「そうか、静岡辺りから日本に進出した、まるで徳川一族みたいな名前だな!」とか、これまた数多そうな佐藤で検索すると、「そうか、佐藤は東北地方の名前だったか!」などと気づかされます。
ためしに、自分の父方・母方の名字で検索してみると、出身県の長野県辺りの住所が見事にズラズラ並びました。名字→出身地域推定・解析は、何かしらの工夫をすると推定精度を上げることもできたりしそうで、ちょっと面白そうです。
…ところで、日本で一番珍しい名字ってどういう名前なのでしょう? 減ることはあっても増えることはない名字。保護してやらないと消えてしまいそうな絶滅危惧種的名字って、一体どんなものがあるんでしょうか?
2014-02-12[n年前へ]
■「休肝日」と「茹で卵」と「コンビニ袋」
いきなり高熱が出たので数ヶ月ぶりの休肝日を過ごしてる。前回の休肝日は、数ヶ月前のチェンマイで下痢地獄だった時で、さらにその前は、何年も前に葬式場で車に轢かれて救急車に乗った時だ。つまり、よほどのことがない限り、毎日アルコールを飲む。
適度に座席が埋まる関東ローカル電車でも、おつまみの茹で卵を頬張りながら、発泡酒を飲んだりする。もっとも、殻を割るために、茹で卵を列車の手すりにコツコツぶつけた瞬間に、オーケストラの指揮者のように視線が集まってしまうところが少し難点と言えるかもしれない。
茹で卵と言えば、コンビニで「茹で卵だけ」を買うこともある。そんな時、「袋はご入り用になりますか?」と訊かれることも少なからずある。100円くらいのものだから、ビニール袋を省略したくなる気持ちはよくわかる。…しかし、茹で卵を片手に握りしめつつ街を歩いていくのも何だか少し変な気がするし、列車に乗り込み、手すりにぶつけて卵を割った後に、卵の殻を手に握りしめたまま…というのもかなり上手くない。
茹で卵だけを買う客は(店にとっては)迷惑かもしれないが、茹で卵を買う客には、やはりコンビニ袋をつけて欲しい。卵の殻をポケットに入れたり、カバンに放り混んだりするのは、少し辛いのである(経験者)。
2014-02-15[n年前へ]
■ピアノ弦の切断・跳ね返り時にも人が怪我をしない仕組みとは!?
ピアノ弦の切断・跳ね返り時にも人が怪我をしない仕組みとは!? を書きました。記事を書いてから、"「ピアノの中で弦が切れたら、演奏者の方に跳んできて首を切断してしまったりしないものだろうか?」"という疑問は一般的じゃないのかも…と気づきました。
ピアノの弦、つまり、ピアノ線と言えばミステリ小説やミステリマンガで、殺人の道具に使われるベスト1(というかワースト1というか)なアイテムです。炭素鋼で作られた細いけれど非常に堅く強いピアノ線は、被害者を切断したり・その死体を吊したり…と、危険極まりないスペシャルでデンジャラスな道具としてよく使われます。
2014-02-16[n年前へ]
■雪だるまにおける放射性炭素年代測定(C14)法
雪降り後に街に残る雪だるまは、頭と胴体の大きさ比率を見れば、作られてからの時間経過を推定することができます。なぜかというと、雪だるまの丸く球形状の胴体や頭部が解けていくスピードはその表面積に比例するので(それを言い換えると、時間当たりの半径減少量は半径に寄らず一定だということになります)、時間が経過するにしたがって胴体に対して頭部が小さくなっていくからです(下図のグラフ参照)。
雪だるまの理想的なプロポーションは、頭部の大きさが胴体の7割くらいです。そのプロポーションが、雪だるまが作られてから時間が経つにしたがい、頭部が小さくなっていくわけです。ちょうど、化石などの年代推定を放射性炭素年代測定(C14)法で行うように、街中で見かけた雪だるまのプロポーションを「(作成時の)理想的な雪だるまプロポーション=頭部は胴体の70パーセント」と比べることで、雪だるまの年齢を推定することができるというわけです。
2014-02-19[n年前へ]
■エントロピー的に見た「100点満点」と「0点」の価値
「100点満点より0点の方が価値がある(わかってない箇所を確認することができるから)」といった内容が書かれたポスター、予備校か塾か何かの広告を駅で見かけました。
100点より0点の方がいいとかいうZ会の広告を見かけて…そしてまた、こんな記事を見かけました。
僕の中では、「100点のテスト」ってほとんど意味がないもので、「0点のテスト」があったら、最高ジャン!!!!と思ってしまいます。なぜなら、100点という結果だったテストからは、その後何も得られないのです。
しかし、少し腑に落ちないような気もします。なぜかというと、100点満点も0点も、どちらも同じ程度の情報量しか持っていなかったりしそう、にも思えるからです。得られるものの大きさを、情報理論におけるエントロピー(情報量)で考えるなら、100点満点中の50点あたりの時が一番価値(情報)がありそうな気もします。そして、100点満点も0点も、どちらも同じような程度の情報量を持っていないかも…と思ったりします。
2014-02-25[n年前へ]
■「動物学」とか「人類学」とか、何かの「価値」とか「力」とか
もう全く時間がなさ過ぎで(けれどお仕事たまりまくりで)リンダ困っちゃう…というわけで、最近のつぶやきをまとめてみる。
ヒトの脳をフルに回転させると最大発熱量が43Wくらい、Core i7 2.5 GHzくらいか…。血液でガンガン液体冷却しないと、あっという間の頭アッチッチで熱暴走ブルースクリーンだ。
「締め切り前が襲ってくると120%の力をオレは発揮できる!」というGORO man さんの tweet を読む。「そういうものかも」と思いつつ連想したことが、生物の進化における「前適応」…その締めきり前に、120%−100%=20%の何かの力を(締めきり前の時点で)獲得して蓄えてたいたんじゃないかと思う。
で、たとえば進化途中の人類が、寒冷化などで生活困難になる環境をどう乗り越えてきたかというと、その前に獲得していた能力を(その環境を乗り越えるために)上手く活用してきた…という具合。そして、そんな何度も繰り返された「火事場 by GORO manさん」ならぬ寒冷期が来るたびに、人類は大きく進化と飛躍を続けてきた…とか。
だから、というわけじゃないけれど…たとえば「技術や産業や市場構造が変わる!」なんていう時代が訪れている時は、その瞬間から何をするかが問題ではなくて、その前に獲得した「何か」があるかということが、多分大切なんだろうと思う。
「京大動物学教室の名物教授にして滋賀県立大学初代学長だった故日高博士」…という名前をきっかけに思い出したのは、日高先生の動物学レポート課題「クジラは魚類か哺乳類か、考えを述べよ」
あれは深い課題だよなぁ…と繰り返し思う。(続く)
「クジラは魚類か哺乳類か、考えを述べよ」という問題は、「何のために(どう)動物分類をするのか、キミ自身の動物分類学を構築せよ。そして、何のためにキミの動物分類学は存在しうるのか、その意味・価値を(キミ自身の存在をかけて)他人が納得しうるよう主張せよ」という問題だったんじゃないか…と思う。