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2005-01-02[n年前へ]

「自分を単純作業の機械にする」文化 

 void GraphicWizardsLair( void ); //の「PublishingSoftware 講談社はLightWayTextとInDesignで組版」から

「自分を単純作業の機械にする」という文化に激しく抵抗感があった。デザイン系の人は、手や指で反復作業をすることにあまり苦痛が無い人が多いのかも。
 デザイン系だけでなく、師弟伝承「ものつくり文化」はこの単純作業スパイラルに陥いりやすい。それが、特別に訓練が必要な作業であればともかくも、とりたてて特別なところのない(あるいは比較的容易な)単純作業の繰り返しに対してこの「単純作業スパイラル」が向けられることも多い。恐ろしいのは、教える側も教えられる側も、この「自分を単純作業の機械にする」という文化に心酔(あるいは他の文化を知らないのだろうか)していることが多いことだ。人間はロボットじゃないのになぁ…。
 下記のリンクは、「ドラえもん〜ロボットらしく、ロボットらしくなく」「ロボットは安心を創造するか」「人を楽にする作業」です。
void GraphicWizardsLair( void ); //inside outinside outinside outあけてくれ - おれカネゴンの「算数できんの気にし過ぎとや」日記

2007-12-28[n年前へ]

「何か」を作り上げた人はエラい 

 ある程度の大きさの「何か」を作り上げた人は、掛け値無しにエラいと思う。心の底からそう思う。小さいけれど完成した一つプログラムを作り上げる人、拙いけれど一つの絵を描き上げる人、一つの製品を作り上げた人、あるいは、一つの小説を書き上げた人、私はそんな人たちを本当にエラいと思っている。 プログラムを使うとき、絵を眺めるとき、何かの製品を使うとき、そして物語を読むとき、どんなものであっても、そんな思いを直接言う機会はないけれど、いつもそう思っている。

 関西で暮らした学生時代に、一番好きになった言葉・音は「エラい」というコトバだった。「エラい」と発音された音は、状況次第でたくさんの意味になる。たとえば、「えらい早いやんけ」というような用例のように、この音は時に「とても=Very」という意味になる。また、その「エラい」というコトバは時には「疲れる・しんどい」という意味に響くこともある。例を挙げれば、「えらいめにあったわ!」とか「あの単位取るのえろーえらいんやて」という具合だ。もちろん、そのエラいという音が「偉い」という意味に聞こえることもある。同じ発音の「エラい」というコトバが、こんな多くの意味を持つ。

 ある程度の大きさの「何か」を作り上げた人、あるいは、そこに伴う作業を私は「エラい」という音が持つあらゆる全ての意味において「エラい」と心から信じる。「エラいエラい作業をエラいこと続け、ちゃんと形にするなんてエラいエラいなぁ」と思う。関西弁って面白い。



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