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2010-01-15[n年前へ]

京都には桜の名所がいくつもあります

 そこに描かれる舞台、街並みや通りや山道に惹かれて読んだ、森見登美彦 「新釈 走れメロス 他四篇 」の「桜の森の満開の下」から。

「私は何を間違っていたの?」
「君は間違っていない」と男は言いました。
「俺が間違っていたのだ」

 この本、特に「藪の中」「桜の森の満開の下」「走れメロス」を読み、もう一度、森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女 」を(あの文体を強引に消化しながら)読み直してみようと思う。

2010-03-12[n年前へ]

何が間違いで、何が正しいのでしょう。

 種ともこ「カナリヤ」から。

あなたはスコップ持って、
夢を掘り出すため、はしごをおりてゆく。
闇が心に満ちる時は
きっと出口は近い。知っているの。

何が間違いで、何が正しいのでしょう。
私にはわからない。ただ、耳をすませる。
時代の空気が毒を産みだす時、
歌を歌って、あなたにすぐ告げる。

 まだ回復、とは言えないけど。底は打った。と思う。
レコーディングももうちょっとしたら再開できると思う。

tomoko tane blog
 時の流れの速さに驚くけれど、もう二十年以上前になる頃に、「考えごとしてた。少しだけしてたんだ」「考えてたことは 少し悲しいこと」で始まる種ともこの「うれしいひとこと」が、とても好きだった。「うれしいひとこと。きみに伝える、回路が、心にある限り、歌うよ」という最後のひとことまでが好きだった。その時、採譜して書いた「うれしいひとこと」のギター譜は、多分今でもノート棚のどこかに残っていると思う。
 制作するためのエネルギーを残すために、しばらくブログ、ツイッター、マイスペ、お休みさせてください。

tomoko tane blog
 その頃通っていたバイト先、長岡京市の駅前にあるレコード屋には、「長岡京のロックスター」というチラシが貼ってあった。そして、バイト仲間の駐車場の前には種ともこの実家があって、時折、「お母さんらしき人」が、家の前の道を箒(ほうき)で掃いていたりした。
考えごとしてた。少しだけしてたんだ。
雨の歩道で、いきなりつまづいた。
 何度、「大丈夫ですか?」「ありがとう。平気です」という歌声を繰り返し聴いたことだろう。最後のひとこと、「うれしいひとこと。きみに伝える、回路が、心にある限り、歌うよ」まで、本当に好きだった。



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