2007-07-11[n年前へ]
■科学と経済学ともう一つ
(dekirukana9/engineerEconomics)2007-11-16[n年前へ]
■「美味しさを生む変化」と「老舗の銘菓」
美味しいものが、食べるとき・飲むときに感じる不均一さや変化といった「違い・移り変わり」にいよるものが大きいのだとしたら、美味しさと大量生産・長期保存は背反することになりそうだ。たとえば「堅さと柔らかさ」の両方を兼ね備える美味しいスパゲッティ、堅さと柔らかさの間を変化しつつある「皿の上のスパゲティ」はを長期保存するということは簡単にはできそうにない。あるいは、「ジョッキに注がれた黄金色のビールと白い泡」もその状態はごく短い時間しか続かない。老舗の銘菓に関する記事を読み、相反する美味しさと大量生産・長期保存を繋ぐこと、不規則に揺れ動く需要の波に対応すること、はきっと大変なんだろうと考えた。
、美味しさを生む変化や不揃いを作る技術や、それを長続きさせる技術の歴史はどういったものなのだろう。そして、そういった具体的な製法・技術とは別に存在するだろう、食べる側・飲む側が「美味しさ」を想像する助けとなる観念的なものには、どんなものがあるだろう。たとえば、「老舗の歴史」や「食べ物の由来」のような、飲食をより楽しめるような食べ物の背景にある物語の効果はどのくらいあるのだろうか。
2007-12-19[n年前へ]
■GRAPHICATION 「ものづくりと物語」
(無料で定期購読することができる)GRAPHICATION の最新号の特集は「ものづくりと物語」だった。GRAPHICATIONは、一つの特集テーマの下で、色々な人たちの視点から見た記事が描かれている。特集記事だけでなく、連載記事でもその特集テーマに対することが書かれることも多い。GRAPHICATIONは本当に密度が高い。
ものづくりは自然への畏敬の念とともに、人がモノと格闘する物語として語り継がれてきました。それは経済活動であると同時に、人づくりでもあり、文化を育む活動でもあります。ものづくりから生まれる無数の物語に耳を傾けることで人は元気をもらい、先に進む力を得ることができるのではないでしょうか。
ちゃんと仕事もあり、お金ももらっている人たちが、自分の仕事以外のことには目も向けない。
「のりしろ」を出し合う 吉岡 忍
よく建築家にふさわしい資質は何ですかと若い人に聞かれますが、「計画性のないこと、楽天的であること」その二つがなければ、少なくとも独立した建築家にはなれないと言っているんですよ。
「遊び」を思いつく 中村好文
科学とは広い意味での物語である。…客観性や普遍性が売り物である科学には、個人の思惑を一切介入させるべきではないとされてきたのだ。しかし、科学の歴史を通覧してみると、意外にも物語性に富んだ科学が多く試みられてきたことがわかる。
科学と物語の道行き 池内 了
2008-03-28[n年前へ]
■「物語が語られる順序」と「因果関係」
「ゲームの右と左 マリオはなぜ右を向いているのか」という「上手と下手」に関する記事を読んだ。こういった、上手・下手もしくは左・右といった辺りのことは、スライド・デザインにおける「上手と下手」、もしくは、「上手と下手」のブログで調べたこと・感じたこと・書いていることから、特に自分の中で変わっていることはない。
けれど、左右や上手・下手という軸でなく時間軸というものを考えると、たとえば、物語が語られる時間軸というものについて考えると、いくつも新しく感じたこと・納得したことがあった。そのひとつが、北村薫「ミステリは万華鏡」(集英社文庫)の中で語られていた「順序」というものである。
最も簡単な物語の語り方は、はじまりから始め、物語が終わるまで、あるいは聞き手が寝るまで話すというものである。
「小説の技巧」(白水社)ディヴィッド・ロッジ
「物語が語られる時間軸」というのは、物語が時間軸のどの地点から始まり(読者に対し語られだして)、どの時点に収斂していくか 、ということである。もしも、いたって原始的な物語であれば、背景から話を始め、原因・過程を話し、そして結果を話すことになる。
あるいは、その逆に、たとえば推理ドラマであれば、まず冒頭で、「事件が起こる前・過去」と「ぼやけた形で描かれる事件が起こった瞬間」が描かれる。そして、そのあとの物語は、その瞬間・時点へと逆に遡っていくのが普通である。つまり、結果から原因・背景へ向かっていくのが通常のミステリの「方向性」である。語りの順序における斬新な実験の例として思いつくものは、ほとんどが犯罪や悪行や道徳的・宗教的な罪に関するようなものである。だからこそ、たとえば刑事コロンボの場合は、その物語が語られる時間方向性が、原因→結果という時間の流れそのまま、というところに「意外性」があったわけだ。
「小説の技巧」(白水社)ディヴィッド・ロッジ
北村薫は「語りの順序が、現在→過去というように流れる物語」に関して、このようなことを書いている。内容を抜粋するために、少し書き方を書き直すならば、それはこのようになる。
ピラミッドを逆さまにしたように、最後に「出発点・背景」が描かれれば、その一点は、物語の冒頭から語られた「それ以降に起こったこと」のすべて重みがのしかかる。そして、出発点はその重みに歪み、過去と未来のコントラストは、ますます鮮やかになるのだ。
「普通人間のいちばん好きな考え方は因果関係です」と言ったのは心理学者の河合隼雄で、「人は、因果関係をなっとしやすい。というか、因果がないと、物事の関係性を納得しにくい生き物なんだよね、人って」と書いたのは、小説家の新井素子だ。
彼らの言葉を、「物語が語られる順序」と「因果関係」が描かれたパズルのピースを並べようとするなら、どんな風に人は並べたがるものだろうか。あるいは、そんなピースに描かれた模様は、人によってどのように違って見え、どのように違って組み合わされるものだろうか。





