2008-07-27[n年前へ]
■懐かしい景色と懐かしい音
港で運動した帰りに銭湯に行った。
大正浪漫を感じさせるようなレトロな建物だけれど、明治12年創業と聞けば、そんな佇まいも至極当然に見えてくる。
引き戸の入口をから中に入れば、そこは何十年も違う時代に見える。体重計には数字の横に「貫」という文字も刻まれていて、あぁ、1貫は4kgで、百貫デブは400kgのことだったんだということに気づかされる。
さらに浴室の中に進むと、その中はまるで古い教会のようだ。狭いけれど三角屋根の高い天井に、音が響く。声を出せば、パイプオルガンが教会に響くように声が残り、丸い浴槽の中に漬かっていると、外から聞こえる排気音が、ダイハツ・ミゼットの音にしか聞こえなくなってくる。
ここに入ってくる新しいものは、ガラスビンから缶に変わったコーヒー牛乳と、ほんの少しづつ、微かに入れ替わっていく「人」自身だけかもしれない。
コダクロームで撮影したような、不思議に濁った色合いの日暮れを見た後に、港に流れる川沿いを歩き、道沿いに座る。すると、人々のざわめきと花火の爆音が響いている。音が、街の「通り」の四方八方から違う周波数とタイミングで響きわたり、空気を震わせ続けてる。
懐かしい景色と懐かしい音が、目の前に心地良く広がっている。
2010-01-09[n年前へ]
■「古写真」と同じ場所で写真を撮って「タイムトリップ」してみませんか?
「保存版 古写真で見る街道と宿場町 」という本がある。江戸末期から明治・大正初期という時期に、東海道・中山道・甲州街道・日光街道・奥州街道の各宿場町や、街道沿いの景色や街道沿いから見える景色を撮影した写真を集めた大判の本だ。そして、同じような場所を描いた浮世絵などもたくさん収録されている。
この本を読んでいると、江戸時代に東海道(やその他の街道を)を歩いているような気になってくる。写真の中の百年以上前の景色の中にある質素な宿、その前を歩く人、そんな景色の中に自分が溶け込んでいくような心地に襲われる。
ふと、こんなことを考えた。これからは、この本をデジタル化してケータイの中にでも保存しておき、持って歩くことにしよう。そして、古写真と同じ場所で景色を撮影して昔と今を重ねてみたら、時の流れを目にすることができるだろう。100年の昔と、今この瞬間を重ね眺めてみることができるだろう。
あるいは、記念写真のように、自分もその中に写って見ることにしよう。そうすれば、過去と現在が重なる写真の中で、まるで自分がタイムトリップでもしたような気持ちになれるに違いない。遥か昔のモノクロの古写真の中に、あるいは、東海道を描いた色鮮やかな浮世絵の中に、自分が入り込むような不思議な気持ちになるだろう。
「幕末・明治期 日本古写真メタデータ・データベース」なんていういうものもある。たとえば、幕末の頃に撮影された「上野 不忍池の写真」を見て、今よりずっと華やかだったことに驚かされたりする、のも面白い。
2010-01-10[n年前へ]
■「明治末期」に行ってみた。
「古写真」と同じ場所で写真を撮って「タイムトリップ」してみませんか?というわけで、とりあえず、「明治末期」に行ってきました。行った時代が明治末期なら、行った場所は、東海道三島宿近くの三島大社です。歌川広重(安藤広重)が東海道五十三次の浮世絵「三島」(右隣の画像)に描いた「三島大社前」です。
さて、下に張り付けた画像が明治末期の三島大社前です。三島大社の大鳥居前を走るのが東海道です。右の方の先には、お江戸日本橋があって、左の方へ歩いて行くと伊勢神宮や京都があります。この写真なら、同じ場所にタイムトリップしやすそう、というわけでこの場所へ行って写真を撮ってみることにしました。
同じ場所で撮影してきたのが下の写真です。少しづつ変わっていっただろうものもありますが、時代が明治末期から平成22年の今になっても、変わっていないものもあります。何だか、不思議な気分です。
時間旅行から帰ってきてから気づきましたが、あと、百メートルくらい場所を移動して逆向きにシャッターを押してみれば、よかったと思います。
そうすれば、広重が描いた東海道五十三次の「三島」と同じ場所へタイムトリップすることができたはずです。「ヒロシゲブルー」の世界へ入り込むことができたはず、と思うと少し残念な気がします。
歌川広重の作品は、ヨーロッパやアメリカでは、大胆な構図などとともに、青色、特に藍色の美しさで評価が高い。この鮮やかな青は藍(インディゴ)の色であり、欧米では「ジャパンブルー」、あるいはフェルメール・ブルー(ラピスラズリ)になぞらえて「ヒロシゲブルー」とも呼ばれる。
「歌川広重」
2013-07-04[n年前へ]
■1月・2月・3月の高出生率のヒミツ!?
1899年から2000年までの月別出生率を見ると、昭和20年くらいまで、1月・2月・3月の出生率が高いことに驚きます。下のグラフが、その「1899年から2000年までの月別出生率」ですが、「1月・2月・3月の出生率が他の月の1.5倍くらい高い」「一番出生率が少ない6月と比べると2倍ほど高い」という具合になっています。これは、一体なぜなのでしょうか。
「農作業を行う貴重な労働力を無駄にしないために、農作業オフシーズンの時期に出産をするように計画出産をした」とか「(出産の約9ヶ月前にあたる)春という季節は恋と愛の季節だ」とか…色々な理由が考えられそうですが、このデータやはり何だかとても不思議でミステリアスです。
たとえば、1・2・3月以外の出生率は、長い間(それほど)変わっていないにも関わらず、1・2・3月に限っては、1905年あたりから急に上昇しています。都会で働く職業の人たちが増えたこの時期、そんな風に急激な変化があると、何かの制度とかシステムとか…そんな変化があったのだろうか?と想像したくもなったりします。
…この理由は、一体どんなことなのでしょうか。その時代は、どういった変化があった時代だったのでしょうか。
参考:南半球のパラグアイの月別出生数
2014-05-15[n年前へ]
■幕末から明治にかけての浮世絵師「月岡芳年」の作品を3次元的に眺めてみよう!?
ColorDesigner(分光画像による超高精細・高忠実色再現画像の紹介)に、幕末から明治にかけての浮世絵師である月岡芳年の作品を、正面からや側面からと照明方向を変えて撮影した画像がありました。
複数方向から照明を行った画像や、あるいは、複数方向から撮影した画像があれば、その画像を3次元的に眺めたようすを復元することができます。たとえば、浮世絵表面での反射のさまをCook-Torranceモデルとして仮定して(また、表面凹凸は、左右両側からの同時照明時と片側だけの照明時の違いから、適当に生成させて)、月岡芳年の浮世絵を3次元的に復元してみたのが下の動画です。
黒い衣服の中の模様や、画面に時折配置された漆絵(うるしえ) っぽい艶のある黒部が、眺め方を変えるとリアルに光り輝き「浮かび上がってくる」のがわかるかと思います。黒一色に見える服に、実は緻密な(漆のような)光る模様が描かれていることが見てとれます。
「漆や膠で血の色を出す」という派手な表現をしたともいう月岡芳年の浮き世絵を、こうやって色々眺めてみると面白いかも知れません。
…芳年の絵に漆や膠で血の色を出して、見るからネバネバしているような血だらけのがある。この芳年の絵などが、当時の社会状態の表徴でした。
江戸か東京か「淡島寒月」