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2009-03-01[n年前へ]
■「……十年たったら、笑い話だ」 
森達也の「視点をずらす思考術
」より
とても好きなドラマがある。向田邦子の「阿修羅のごとく」。…いろんな問題がひっきりなしに起きる。そしてそのたびに、騒動に巻き込まれた四人姉妹の年老いた父親が、唇を噛み締めながら、自分に言い聞かせるようにこうつぶやく。
「……十年たったら、笑い話だ」
p.174 十年後を想像すれば世界は広がる
僕だけじゃないしあなただけでもない。人は誰もが悩む。仕方がない。そういうふうに生まれついている。このときに人は視界が狭くなる。これも仕方がない。そういうふうにできている。でも十年後を想像すれば、きっと少しだけ視界は広がるはずだ。
p.175 十年後を想像すれば世界は広がる
2010-03-01[n年前へ]
■だから、謝るのが僕の仕事なんです。 
ダ・ヴィンチ 2009年 07月号
から、「毎日かあさん
」の編集もした志摩和生が、「毎日かあさん」の連載当初のことを振り返った言葉から。
新聞って地方の真面目なお年寄りも読んでるから、とにかく最初は苦情の嵐。上司に毎日呼び出されて怒られっぱなし。
”サラリーマンは我慢するのが仕事なんです。僕のオヤジは一生我慢してきました。僕が一番尊敬してるのは僕のオヤジです。だから謝るのが僕の仕事なんです。”
2012-03-01[n年前へ]
■「クラウド接続されたスマートフォン」と「30年前のウォークマン」 
いつでもどこでも、必要なデータにアクセスできるクラウドな時代が始まったのは一体いつ頃だったでしょう?そんな自分が欲する情報をいつでも持ち歩くことができるこの時代、なぜだか、30年以上前ウォークマンが登場した頃を思い出します。
冒頭の「ビタースウィート・サンバの音楽で始まるオールナイトニッポンを聴きつつ町を歩けば」は、ラジカセでテープにタイマー記録した深夜ラジオを聞く話ではなく、深夜のオールナイトニッポンをYoutube経由で昼間に聴いている、という話です。…それらは、まったく同じように思える話です。 from 「n年前へ」
太陽が街中を眩しく照らす中、ビタースウィート・サンバの音楽で始まるオールナイトニッポンを聴きつつ町を歩けば、まるで「自分だけの世界」に包まれつつ歩いているような感覚に陥ります。
「広く、色んな人がいる場へ行ってみたつもりが、ふと気づいてみれば、周りにいるのはなんだか似たような人たちばかり…広い世界を探しに出たはずが、自分と似た人ばかりの少し狭い世界に入り込んでしまっている…」ということはよくあるように思う。
広い世界はえてして狭い世界を作る。似たようなものを集めようとする力がある限りは、母集団が多い場の方が純粋に似たものが数多く集まってしまう。…とはいえ、もちろん狭い世界はやっぱり狭い世界なのである。ただ、さらに狭くなるのは難しい、というだけだ。
