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2009-03-02[n年前へ]
■食べること・生きること 
週刊SPA! 鴻上尚二 ドン・キホーテのピアス「『おくりびと』を観て、文化の力を感じた」より
映画(おくりびと)には、じつにたくさんの食事シーンが出てきます。
それは、「死」の対極にある行為、つまりは生きていくための行為です。
そして、じつは生きていくことは、他の生物の「死」を食べる行為なのだという、やはり私たちは「死」から逃れられないのだ、ということを教えてくれる大切なシーンなのです。
ふぐの白子を焼いて食べるシーンも、フライドチキンを黙々と食べるシーンも、生きるとは何かを教えてくれます。じつに象徴的なシーンです。
2010-03-02[n年前へ]
■「やりたいこと」と「やれること」について 
中町綾子「ニッポンのテレビドラマ 21の名セリフ
」の安斎あゆ子脚本の「セーラー服通り」から。
「ご両親はあなたの進路について理解してくれていますか」と聞くことがある。多くの場合、「自分のやりたいことをやりなさいと言ってます」と答えす。そのうち、やれないとわかったときはどうするのだろう?そんな思いにふと駆られることがある。やれないとわかるのはいつだろうと思う。
未来(夢)ばかりを見つめると、「いま」が見えなくなる時がある。いまが見えなくて、自分のできることを見失うことがある。
もし、やりたいことが叶わなかったり、見つからなかったとしても、今の自分を否定する必要はない。才能のあるなしに関わらず、いま自分にできることを精一杯やってみる。そうすることで、何か自信のようなものができるのではないか。あの時以来、私はそんあふうに生きたいと思うようになった。
テレビドラマは現代を描き、そのテレビドラマの間に挟まる広告は、その現代からさらに未来を描く。
あの頃、あの時、…そんな時代を描きだしたテレビドラマの台詞や音楽の背景を、深く感じてみたい人(特に、R40世代)がこの本を手に取れば、掌の上にタイムマシンが登場すると思う。
このドラマのサブタイトルは、最終輪の「さよなら 欲しくない」を除いて、毎回「○○ 欲しい」となっていた。「男の子 欲しい」「お部屋 欲しい」…。彼女たちはいつも何かを欲しいと望んでいた。だけど、ただ貪欲に何かを手に入れていくわけではなかった。