hirax.net::Logos::*-03-06

2009-03-06[n年前へ]

「かげがえのない私」という物語 

 池田清彦 「科学とオカルト (講談社学術文庫) 」より。

 幸か不幸か、社会はこの現実社会にはないものを物語という形で流布する。「かげがえのない私」というのも、こういった物語の一つである。

池田清彦 「科学とオカルト (講談社学術文庫)

2010-03-06[n年前へ]

ミカンの隣にリンゴを置くと果物だが、ボールを置けば… 

 非ユークリッド写真連盟(森田信吾+糸崎公郎)「フォトモ―路上写真の新展開 」を読んでいるとセザンヌのこんな言葉に出会う。

 ミカンの隣にリンゴを置くと果物になる。しかし、ボールを置くとそれは球体になる。
 人は、類似性を見つけたがり、そして、分類をしたがる指向を持っているのかもしれない。

 人が二人並んで歩いている時、あるいは、人と何かが並んでいる時、私たちはその中にある類似性を見つけ出す本能を持っているのだろうか。