hirax.net::Logos::2010-08

2010-08-01[n年前へ]

「身の丈を知る」と「巨大な金型」  share on Tumblr 

 「型(かた)にハマらない(ハマれない)人」が好きです。そんな私の好きな人の言葉を聞きながら、アンゴルモワの恐怖の大王が訪れるはずだった1999年に、「パンドラの鐘」に野田秀樹が書いた言葉を思い出しました。

 そこなのだ、ものをつくるってことは。
 私はいまだに自分がつくる芝居がこの世で一番おもしろいと思っている。そう思ってつくっている。これはもはやカッコ悪いことなのかもしれない。
 でもね、でもね、近頃つまらない芝居が増えてきたのは「身の丈を知る」なんていうコトバが横行しているからだ。身の丈知りたかったら舞台にあがるな、どっかそこら辺にいろと私は言いたい。
 金型に樹脂を流し込む巨大な装置を初めて見たとき、その横には条件出しをしている過程で作られた部品のようなものが山積みになっていました。巨大建築物のような装置と、横の樹脂の山を見ながら、「型にハマる」のも「型にハマらない」のも、どちらも大変なものだなぁ、と思ったものでした。

2010-08-02[n年前へ]

「女の子のお母さん」と「男の子のお母さん」  share on Tumblr 

しばらく前に、 角田光代が話す言葉を読んだ。

 今日たまたま、『オレンジページ』のホームページで、山本ふみこさんという料理研究家の方が連載されているエッセイを読んだのですが、(中略)先生が「自分のお子さんの好きなところを一人ずつ言っていってください」と言ったんですって。
 そしたら、「全部が好きです」とか「すごく優しいところが好きです」とか肯定的に言うのは全部男の子の母親だったと書いていて、女の子をもっているお母さんたちは、もうちょっと娘のダメなところを話して、「それでも好きだ」と話したと。山本ふみこさん自身は「笑顔が好き」と答えたというエッセイだったんです。自分は子どもがいないんですけれども、なんとなくわかるなぁ、と。

2010-08-03[n年前へ]

愛情はヒューリスティクス  share on Tumblr 

 数年前の今日を眺める、"n年前へ"から、行動経済学 友野典男先生に聞いた、こんな言葉。

Q:「愛情はヒューリスティクスですか…」
友野:「そう。愛情はね、経験則というか、相手を決める手っ取り早い方法ですよ」
Q:「ということは、明らかにメリットやデメリットが計算できるような人だったら、愛情の出番はないのかもしれないんでしょうか?」
友野:「そう。ないかもしれない」

2010-08-04[n年前へ]

I'm rowing away.  share on Tumblr 

 真夏の強い日差し・紫外線を(頭の中で)眺めていると、英語字幕で観た映画「ウォーターボーイズ」の、ラスト近くの1シーンを思い出しました。PUFFYの「愛のしるし」の歌詞とともに、流れる映像です。

To get a little stronger,
I'm rowing away,
In my broken boat.

 真夏日の駅近くの「お堀」には釣り堀があって、貸しボートがあって、それをビールとともに眺めることができるレストランもあって、そんな夏の景色を眺めつつ、PUFFYの「愛のしるし」の歌詞と共に映し出されていた映像を思い出しました。真夏日の釣り堀には人がたくさんいましたが、貸しボートはひとつも浮かんでいませんでしたが、そんな歌を思い出しました。

少し強くなるために、
壊れたボートで一人、漕いで行く。
 「ボートで、ひとり、漕いで行く」人を見るときは、一体、どんなことを考えるのでしょうか。
 「ウォーターボーイズ」の最後、主人公たちのシンクロ演技のシーンで流れるたくさんのBGMの中で、パフィーが歌う「愛のしるし」の歌詞には字幕がつけられています。それは、この曲の歌詞が台詞に、メッセージに、なっているからかもしれません。

2010-08-07[n年前へ]

現代の光を過去にあて、過去の光で現代を見る  share on Tumblr 

 GRAPHICATION 2009 No.164 佐野眞一「雑誌の社会的使命」から

 歴史学者のE・H・カーは「歴史とは何か 」と問われて、「それは現代の光を過去にあて、過去の光で現代を見ることだ」と答えている。

2010-08-08[n年前へ]

好きこそ、ものの上手なれ  share on Tumblr 

 「爆烈ベーシスト列伝

 ポール自身、「ベース&ヴォーカルというスタイルをとるミュージシャンの中で、世界一、ぼくは練習している」と言い切っている。

2010-08-09[n年前へ]

「"青春"という名のついた切符」の意味  share on Tumblr 

旅少女」から。

 大学を卒業してこの切符を使うことのなくなった頃、このポスターを駅で見かけたことを覚えている。使いたいと思いながら、使う時間の無くなった自分を思い、青春という名のついた切符の意味を知った。
 東京駅23時35分発、大垣行きの夜行列車は、夏休みの旅をする若者たちで一杯だった。なかなか辿り着かない目的地。ウトウトとしか眠れない硬い座席。
 あれからもう12年も経つのかと想うと懐かしい。確かに、あの頃、自分の可能性を色々と夢見ていたような気がする。
 夢は大人になって実現したのだろうか。夢はいつも現実と仲が悪い。

2010-08-10[n年前へ]

「自分」の「長所」と「短所」  share on Tumblr 

 塩野入忠雄 「昭和の流痕-信州の一教師の哀歓-」 から。

 「自分を実際と違うように見せかけようとする時ほど、人間がこっけいに見えることはない」という言葉がある。外見だけを美しく見せかけようとする努力や、虎の威を借りた狐のように背後の力を借りて威張ってみたり、虚栄や虚勢は、ただ自分を粗末にする何ものでもない。
 誰にも長所がある。誰にも短所がある。(中略)数学ができる人、美術や音楽が好きな人、あるいはスポーツに秀でた人、誰よりも努力をおそれない人、みなそれはその人の長所である。お互いその長所を大事にしようではないか。
 しかし、いたずらに君自身の長所の喜びにおぼれてはいけない。自分の長所や一時の成功に自慢する時は、それはすでに長所ではなく短所となる。自慢やうぬぼれは成長の行き止まりである。自分を愛する者は、それを外に誇るのでなく、内に大事に抱いて、さらにそれを育てる努力を重ねる人である。

2010-08-11[n年前へ]

人間が持っている"極めて有限"な"無限の資源"  share on Tumblr 

 荒井伸也安土敏)の言葉から。

 人間が持っている、極めて有限で、しかし心構え次第でいくらでも開発できる”資源”は、時間と自分自身だ。

 ハード・ゲイならぬ、"ハードSF"という言葉を、30年くらい前よく耳にしました。そんな、ハードSFを代表する作家、ジェイムズ・P・ホーガンの「断絶への航海 (ハヤカワ文庫SF) 」"VOYAGE from YESTERYEAR"中の言葉を連想させられます。

 無限から何かを引いても、残りは無限です。
 人間の心は無限の資源だって言ったけど、でもそれは無駄使いしないとしての話だ。これ、面白いパラドックスだと思いませんか?

2010-08-12[n年前へ]

写真というものは、撮った人の気持ちまでもが写ってしまうものなのです。  share on Tumblr 

荒木経惟の「実をいうと私は、写真を信じています 」中の「私の写真哲学」から。

 写真というものは、撮った人の気持ちまでもが写ってしまうものなのです。

 この本は出版されたのは最近です。ですから、21世紀に入ってからのエッセイも収録されていますが、70年代から80年代のエッセイが、生々しくて、今でも新鮮です。

2010-08-21[n年前へ]

「どうなんやろか、俺たち」「あかんやろ」  share on Tumblr 

 万城目学 「ザ・万歩計 」に収録されている「吐息でホルモー」から。

「どうなんやろか、俺たち」
そんなとき、近所でたまたま再開した高校時代の友人と、平日、昼時の公園で延々フリスビーをやりながら、万太郎はふと疑問を投げかけた。…
「あかんやろ」
友人は易々(やすやす)と真実を突き付け、あいよっとフリスビーを投げて寄越(よこ)した。

2010-08-22[n年前へ]

I'd do different things.  share on Tumblr 

 ピッツバーグの街で眺めた、アンディ・ウォーホルの言葉から。

I'd like to work in Europe.
But I wolud'nt do the same things,
I'd do different things.

Andy Warhol

2010-08-23[n年前へ]

「やる」と「やろうと思った」の間  share on Tumblr 

 日経エンタテインメント 鈴木おさむの「ちょっとしたことの差」から。

 「やる」と「やろうと思った」の間には大きな川が流れている。

品川祐 (品川庄司)

2010-08-24[n年前へ]

わたしはそういう人たちを設計者と呼びたいのです  share on Tumblr 

 「わたしはそういう人たちを設計者と呼びたいのです

 もう少し中小規模の会社では設計者自身が、一生懸命CAEをやろうとしていますよ。中規模な会社には、3次元CADが使える、あるいは2 次元図面が読める設計者は、まだまだいますし、エンジニアリング力が非常に高いです。わたしはそういう人たちを設計者と呼びたいのです

2010-08-25[n年前へ]

「自分が心動くものを追いかけていきたい」  share on Tumblr 

 「働かないという選択肢があってもいい」 "リア充ニート"phaが考える社会とのかかわり方

──将来に対してビジョンってあるんですか。

pha 動き続けていたいですね。今やっていることにこだわって、それをやり続けるとかじゃなくて、自分が心動くものを追いかけていきたいっていうのがあります。

2010-08-26[n年前へ]

「夏の日」  share on Tumblr 

 シモンズのドラムが懐かしい「夏の日」

あの夏の日を確かめたくて、 車は南へと、走る。

2010-08-27[n年前へ]

「人はそうそう思っていることをしゃべれないものだ」  share on Tumblr 

 中町綾子 「ニッポンのテレビドラマ 21の名セリフ」の向田邦子「寺内貫太郎一家」に関する解説から。

 「嘘を上手につく人でした。実際にあったことを人に伝えるとき、いやな部分は捨て不愉快な台詞は愛嬌のあるものに書き直し、舞台衣装や衣装も心楽しいものに作りかえて話すことを嘘つきというのなら、向田さんは大変な嘘つきでした。一日の大半は嘘をついて暮らしていました。夢のある嘘をついて、心痛むことの多い人生を楽しくしようとしていました。

久世光彦 小説版「寺内貫太郎一家」解説
 それにしても、この懐中電灯の場面はドラマ史に残る名シーンだ。暗闇にタイミングよく浮かび上がる家族一人一人の顔…しかし、そんな風に言いたいことがあったら言えと言われても、いざしゃべるとなるとそううまくはしゃべれない。このシーンには、…人はそうそう思っていることをしゃべれないものだということがすべて表現される。

中町綾子 ニッポンのテレビドラマ 21の名セリフ 「じょうずな嘘」
 そんな「作りばなし」、寺内貫太郎一家の停電のシーンのラストから。
 「笑いばなしには、できないのかい?」

2010-08-28[n年前へ]

「自転車屋」の発想から抜けることができなかったライト兄弟  share on Tumblr 

 「ライト兄弟の飛行機が実用化されなかった理由」から。

 ライト兄弟の飛行機には二つの謎がある。それは、ライト機に一貫してついていた「先翼」と「チェーンドライブ」である。…この二つの技術をよく見ると、先翼は「舵取りが前」、チェーンドライブは「動力伝達はチェーン」ということである。つまり、これらは自転車の発想なのだ。もともと自転車屋であった兄弟は、最後まで自転車の発想から抜けられなかったのである。

2010-08-29[n年前へ]

「帰り方を教えてあげること」  share on Tumblr 

 中島京子「ツアー1989」のラスト近くにある言葉(と似た言葉)。

 「僕は、(僕じゃない他の人たちが作り出した)吉田超人なんかじゃないってことだよ」
 そして、もう一つ、と、つけくわえた。
 「(自分自身の存在や居場所を見つけられずに戸惑っている)迷子を見かけたら、帰り方を教えてあげること」

2010-08-30[n年前へ]

「女値段」と「男値段」  share on Tumblr 

 角田光代 「しあわせのねだん 」から。

 世の中には、女値段と男値段がある。8万円の自転車なんかは完全な男値段だと思う。12万円の靴というのは女値段。…漫画みたいなキーホルダー3800円は女値段。それぞれ、財布を開けてもよし、とする値段がある。

2010-08-31[n年前へ]

どの年代の人々にとっても本当はいえること  share on Tumblr 

 万城目学 「ザ・万歩計」から。

 どの年代の人々にとっても本当はいえることを、たけしは若い二人に言わせたのではないか。...その証拠に、今も私はこの映画を見て、ラストの言葉に胸が熱くなる。これからがそうあってほしいと思う。

 「俺たち、もう終わっちゃったのかな」
 「馬鹿野郎、まだ始まっちゃいねえよ」