■「星の王子さま」の秘密
水が意味するもの
今回は、Saint-Exuperyの「星の王子さま」- Le petit prince -について考えてみたい。しかし、メルヘンな話を期待する方は、おそらく失望することだろう。もし、今持っているイメージを壊したくない方は、今回の話は読まないほうが良いかもしれない。
おそらく一般的に多いであろうイメージの「星の王子さま」というものは、私はそれほど好きではない。よくWEBで見かける「この本は、真実を見る目を失いかけた大人のための童話です。」というイメージである。私も、かつてはそういう認識だった。そして、「それだけでは、何かもの足りない」という感じがしていた。そのため、「星の王子さま」を好きではなかったのだ。
しかし、
- 「星の王子さまの世界 - 読み方くらべへの招待 -」 塚崎幹夫著 中公新書
さて、今回は私なりの「読み方」をしてみたい。具体的には、「水」というキーワードにこだわって解釈を行ってみるのだ。何故か、私はこの「星の王子さま」の中で「水」というキーワードに「深い何か」を感じるのである。
何故、こういう単語にこだわる読み方をするかと言えば、それは塚崎幹夫氏の「星の王子さまの世界- 読み方くらべへの招待 -」の影響である。その内容の紹介を少し紹介しておく。
塚崎幹夫氏は、 話の冒頭に出てくる「ゾウを飲み込むウワバミ」が何かもう少し深いものを指しているのではないか、と考える。「本当にもののわかる人かどうか」知るために、主人公が人に見せる「ゾウを飲み込むウワバミ」が何か深いものを指しているのではないか。「半年のあいだ、眠っているが、そのあいだに、のみこんだけものが、腹のなかでこなれ」そして次の獲物をのみこむウワバミは何を指しているのか、と考えた。
そして、次のような年表を示す。
- (1937.7.7 日本、中国侵略開始)
- 1938.3.10 ドイツ、オーストリア侵略
- 1938.9.29 ドイツ、チェコ侵略
- 1939.3.15 ドイツ、チェコ解体
- (1939.4.7 イタリア、アルバニア占領)
- 1939.9.1 ドイツ、ポーランド侵入
- 1940.4.9 ドイツ、デンマーク、ノルウェー侵入
- 1940.5.10 フランス、ドイツに大敗
- 1940.11 Saint-Exuperyヴィシー政府に失望し、アメリカに亡命、その後、ヴィシー政府がSaint-Exuperyを議員に任命する。(どこかで聞いた話)
つまり、ゾウを飲み込むウワバミが、帽子にしか見えないことが「真実を見る目を失いかけた」といっているのではない。これは、ウワバミの中で飲み込まれつつある動物のことを考えることができないことを、「真実を見る目を失いかけた」と言っているではないだろうか。もちろん、そのウワバミとは文字どおりのウワバミではなく、違うものを意識した話なのである。
同じように、「ぐずぐずしてはいられないと、一生けんめいになって」描いた「3本のバオバブ」は挿し絵についても考察を巡らせている。
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さて、塚崎幹夫氏の影響を多いに受けている私ではあるが、私なりの「読み方」をしてみたい。「水」というキーワードにこだわった「読み方」をしてみる。私の受ける印象では、「水」というキーワードには深い思いが込められているはずなのだ。
そのために、
- 星の王子様のリンク集( http://www.slis.keio.ac.jp/~makiko9/prince.html )
- Antoine de ST.EXUPERY:LE PETIT_PRINCE ( http://galeb.etf.bg.ac.yu/mp/mp/pp.html )
さて、単語にこだわって解析をするとなれば、
- 夏目漱石は温泉がお好き? - 文章構造を可視化するソフトをつくる - (1999.07.14)
- 失楽園殺人事件の犯人を探せ - 文章構造可視化ソフトのバグを取れ - (1999.07.22)
- 「こころ」の中の「どうして?」 - 漱石の中の謎とその終焉 - (1999.09.10)
それでは本題の、"'eau"の出現分布を調べることで、「水」の出現分布をwordfreqで解析してみる。
最初と最後に「水」が登場しているのがわかる。このような、物語の「始まり」と「終わり」集中して出現する単語と言うものは、重要な意味を持つと考えるのが普通だろう。冒頭で、水を持たない主人公が、話の最後で水を湛える井戸を見つける。これは、どのような意味があるだろうか。また、王子にとって重要な「守るべきもの」に王子は水を与えていたこと、これらは何を意図したものなのだろうか。
さて、「水」が出現するのは
- 50行目付近
- 300行目付近
- 1300行付近
- 115 だって、ぼくが水をかけた花なんだからね。
- 124 水は心にもいいものかもしれないな...
- 131 その水は、たべものとは、別なものでした。
- 131 だけど、さがしているものは、たった一つのバラの花のなかにだって、少しの水にだって、あるんだがなぁ...
- 147 星がみんな、井戸になって...そして、ぼくにいくらでも、水をのませてくれるんだ。
- その人間を解放するということは、彼に渇を教え、また井戸への道を教えてやることだ。
- それら井戸のひとつひとつに、どうしてもたどりつかねばならないようにするだろう...必死になってその井戸をめざさねばならなくなる。
- おまえが水を飲もうと思うとき、....おまえの行為を祈りという意味に化するのである。
こういう言葉の意味するものをそれぞれ考え、「かんじんなことは、目に見えない」という言葉をもういちど読みなおしたときに初めて、Saint-Exuperyの「星の王子さま」が私は好きになったのである。その「星の王子さま」の二面性こそ、私が好きな部分である。
さて、最後に次のような二つの文章を並べてみる。こうすると「星の王子さま」に流れる強い背景・考えを感じるのではないだろうか。
「わたしは、この本を、あるおとなの人にささげたが、....そのおとなの人は、いまフランスに住んでいて、ひもじい思いや、寒い思いをしている人だからである。どうしても慰めなければならない人だからである。... 子どもだったころのレオン・ウォルトに」 「星の王子さま」 献辞 | (レオンウォルトに) 「今夜しきりと思い出す人物は今50歳だ。彼は病気だ。それにユダヤ人だ。どうして彼にドイツの恐怖を乗り越えられよう?」 「ぼくがなおも戦いつづければ、いくらかは君のために戦うこととなるだろう。...ぼくは、君が生きるのを助けたいのだ。実に無力で、危険におびやかされている君の姿が眼に浮かぶ。更に一日生きのびるために、どこか貧しい食料品店の前の歩道を、50という年齢を引きずって歩きまわっているきみの姿が、擦り切れた外套に身をくるんで、仮の隠れ家で身を慄いているきみの姿が、眼に浮かぶ。」 「ある人質への手紙」 |
やはり、「星の王子さま」は端的に言えば、寓話の形をした遺言(の準備をしたもの)であるのだろう。「星の王子さま」が出版された四日後、Saint-Exuperyは戦うためにアメリカからアフリカへ出発する。
「星の王子さま」は一つの挿絵と、その挿絵の説明で話が閉じられる。その最後の挿し絵は王子が姿を消した場所を描いたものだ。それだけではない。その「アフリカの砂漠」は、Saint-Exuperyが最後に「戦う兵士」として飛行機で通過し、そして、姿を消した場所でもある。
「これが、ぼくにとっては、この世で一ばん美しくって、いちばんかなしい景色です」