2008-12-29[n年前へ]
■現在望み得る最上かつ最良の○×上達法
文章上達法のコツを一番的確に書いた文章はは、井上ひさし 「現在望み得る最上かつ最良の文章上達法」である。・・・と、名文を書く人たちがみな口を揃え自著に書く。
井上ひさしの「現在望み得る最上かつ最良の文章上達法(死ぬのがこわくなくなる薬―エッセイ集)」は、たった3ページほどの文章なのに、密度が実に高い。何しろ、「現在望み得る最上かつ最良の文章上達法」について、いきなり一行で答えを冒頭に書いてしまう。
「丸谷才一の『文章読本』を読め」そして、「文章を手当たり次第読み、そして、それを真似する作業をせよ」という内容が書かれ、最後の一文はこう締めくくられる。
つまり文章上達法とはいかに本を読むかに極まるのである。
どんな分野でも「技術」は欠かせない・・・だろうと思う。それが、体を使うことであっても、頭を使うことであっても、あるいは多くのことがそうであるように、体も頭も使うことであったとしても、「技術」を必要としないものはないはずだ。・・・根拠無しにそう思う。
そういった技術に関して、「現在望み得る最上かつ最良の○×上達法」というものを考えるとき、井上ひさしの「現在望み得る最上かつ最良の文章上達法」は、意外に適用できることが多いのではないのだろうか、と思う。だから、というわけではないが、この文章を一度読んでみて損はないと思う。もちろん、丸谷才一の『文章読本』も一緒に「あわせて読みたい(読まなければならない)」ということになるのだが、それは「(名文を読む)楽しみが増える」ということであるから、これもまた得であっても決して損ではないのである。
2009-01-17[n年前へ]
2010-02-22[n年前へ]
■文章の目的と、その手段・方法について
「 文章というものについて知りたいのであれば、この一冊を読むべしという、丸谷才一の「文章読本 (中公文庫) 」中で書かれている文章から。
文章というものは、判断や意見を相手に伝え(伝達)、あわよくばそれを信じさせるために書かれる。
「論理的」ということでなく、人への「伝達」、人との「コミュニケーション」ということを(プレゼン資料を添削する作業を繰り返すことを通して)考えて、そして気付いたことを書いた「論理的にプレゼンする技術 聴き手の記憶に残る話し方の極意 (サイエンス・アイ新書)」の3刷目が近々出ます。
「基本ができる」ことは「応用することもできる」という言葉、基本ができれば何でもできる、逆にいえば基本ができる人は実は少ないという言葉を眺めたとき、そんな内容に納得することも・違和感を持つこともあるかもしれません。そのどちらにしても、少しばかりの時間を費やし、ご一読して頂ければ幸いです。