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2011-06-24[n年前へ]

「上手に笑えなくなってしまった」私たち  share on Tumblr 

 録画された「仁」を観ていると、「(この幕末の時代には)笑った人が多いです。ここの人たちは、笑うのが上手です」というセリフが出てきました。

 1800年代後半、つまり幕末の日本を訪れた西洋人が口にした言葉が「この国には笑いがある」ということだったといいます。

 この町でもっとも印象的なのは男も女も子どもも、みんな幸せで満足そうに見えるということだった。

オズボーン,1858

 誰の顔にも陽気な性格の特徴である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融けあう。彼らは何か目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと感心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている。

パーマー, 1886

 いつ頃からか、私たちは、誰か他の人を見て「笑うのが上手」と感じるようになってしまいました。

 アジアの人は、泣くことと笑うことがとても上手なんだよ。

西原理恵子が鴨志田穣に言われた言葉

 2011年の、亜熱帯特有の蒸し暑い空気を感じながら、いつの間に、私たちは「笑うことが下手」になってしまったのだろうかと考えます。つまらない(限られた視界が形作る)小さな枠や思い込みという名のルールにとらわれて、いつの間に笑い・楽しむことが下手になってしまったのだろう、と嘆きます。

2012-01-01[n年前へ]

「きみのかみさま」の最終話「旧正月とバレンタインが重なる日」  share on Tumblr 

 絵本を作りたかったという西原理恵子の「きみのかみさま」は、第2話から第13話まで6ページのリフレインがずっと続きます。そして、第1話に似た第14話を経て、第15話(最終話)で旧正月のお祭りの派手な音や華やかな色彩が満ちる、そして黒潮と風の匂いがする南国の水辺が描かれます。

 その水辺を背景に書かれたモノローグを眺めていると、

約束した場所がある。
いつか…会うことを決めている。
「できるかな クアトロ」で南国の祭りの後に描かれていた言葉を思い出します。
わたしは死んだら、たぶんここらへんにいるので、
あなたも死んだら、ここらへんに来てください。
「できるかな クアトロ」は、西原理恵子が元夫である鴨志田穣と離婚した後に画かれた話が、亡くなった後に出版されたものです。さて、この南国の祭りの後に描かれていた言葉にはどんな思いが込められているのだろう?と考えます。

 2010年の旧暦1月1日、つまり2010年の旧正月は、2月14日でした。「きみのかみさま」の最終話は、そんな旧正月とバレンタインが重なった日が舞台です。

お母さん、今日
中国のお正月なんでしょ。

おまけにバレンタインよ。
チョコおくらなきゃ。
 (西原理恵子の「毎日かあさん」に出てくる長女とよく似た)女の子の言葉の後、お母さんが水面の向こうに語りかける言葉が、「きみのかみさま」最後の1ページです。
ちいさなキスを おくります。
こんど会ったら、返してね。



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