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2003-03-10[n年前へ]

松井の不思議な「マッハ弾」? 

スタンドまでわずか0.7秒の超打球

 先日、asahi.comを読んでいると「松井の『ションベン小僧』は飛ばします」なんていう記事が目に入ってきた。JR北山形駅前のションベン小僧がニューヨークヤンキースに行った野球の松井選手のコスプレをしているという話だった。ヤンキースのユニホームを着てバットを小脇に抱えた松井ションベン小僧が、大きな放物線を空に描いているそのようすを見ると、確かに染ノ助・染太郎ではないが「いつもより余計に飛ばしておりま~す」という印象で力強さを感じさせるのである。「しょんべん小僧」の物理学風上に向かう「しょんべん小僧」「ションベン小僧が描く放物線」に関してはちょっとばかりうるさいワタシの目から見ても、確かに「松井の『ションベン小僧』は飛ばします」なのだ。


 こんなションベン記事を筆頭に松井の記事を至るところで見かけるのだけれど、この記事と相前後して「松井のマッハ弾」なんていうフレーズも何処かで見かけた。何でもその松井の打球は「打ってからスタンドに飛び込むまで、わずか3秒のマッハ弾」だったという。この記事が本当であるとするなら、スタンドにいる人の安否が心配になるような殺人打球なのである。こんな殺人打球で狙われた日には、きっとセンタースタンドは二百三高地をも彷彿させるような惨状になっているに違いないのである。

 ところで、その「松井のマッハ弾」という表現を見ながら、私はふと思ったのである。

「あれ?ホームベースからスタンドってそんなに遠かったかな?」
「音速で3秒もかかるほど遠かったかな?」
音速で3秒ってことは、350m/s * 3 s ≒ 1km…?ホームベースから観客席まで1キロメートル…?そんなに野球場って大きかったのか…?野球のルール上は「中堅のフェンスまでの最短距離は400フィート(121.918メートル)を必要とする」という規定があるらしいが、400フィートより長ければホームベースから観客席まで1キロメートルもあってもOKだったのか…。
 いやいや違う…、絶対に何かがオカシイ。そうだ、この地球上には空気抵抗というものがある。少なくとも通常の野球場には空気抵抗が絶対にあるハズだ。きっと、打球をバットで打った直後は音速を超えるマッハ弾なのだけれど、空気抵抗ですぐにスピードがおちてしまい、スタンドに入るまで3秒もかかっているに違いない。素直なワタシは新聞記事を信用するわけで、きっとそうであるに違いないのである。きっと、「松井のマッハ弾」の軌跡はスタンドに向かって真っ直ぐではなくて、急激にスピードが遅くなって失速したりしているに違いないのである。そこで、試しに打球の軌跡のシミュレーション(referto Matthew M. Thomas)をしてその辺りのことを調べてみることにした。
 

 まずは、松井選手の挑戦先でもあるメジャーリーグのホームランキングでもある「サミー・ソーサ選手の打球」をシミュレーションをして眺めてみることにしよう。上方向30度センターに打球が飛んで、その打球の打った直後の初速度が110mile/h(≒180km/h)である場合のシミュレーションである。ちなみに、打球が回転していない場合と、打球に3000rpm程度のバックスピンがかかっている場合を調べてみることにした。
 

「サミー・ソーサの打球(初速度=110mile/h)」 の軌跡のシミュレーション
「打球が回転していない場合」
「バックスピン=3000rpmの場合」 

 この結果を見ると、例えばサミー・ソーサの打球の飛距離は「打球が回転していない場合」にはたかだか350フィートくらいでセンターのフェンスまでの距離400フィート(121.918メートル)にも達していないことが判る。つまり、これでは単なるセンター・フライなのである。しかし、実際にはボールの少し下の部分を打つことにより、ボールにはバックスピンがかかっているわけで、その回転によりマグナス力を受けてボールは浮き上がる。そのため飛距離が伸びて、420フィート程度までも打球は飛ぶことになる。つまり、サミー・ソーサ選手の打球は見事(ホームラン・キングなのだから当たり前か)ホームランになるわけである。
 

 それではそのサミー・ソーサ選手らが活躍するメジャーリーグに挑戦している「松井のマッハ弾(初速度=765mile/h)」の場合にはどうなるだろうか?サミー・ソーサの場合と同じように打球が回転していない場合と、打球に3000rpm程度のバックスピンがかかっている場合を調べてみた。
 

「松井のマッハ弾(初速度=765mile/h)」の軌跡のシミュレーション
「打球が回転していない場合」
「バックスピン=3000rpmの場合」  

 すると、「松井のマッハ弾(初速度=765mile/h)」の場合には「空気抵抗ですぐにスピードがおちてしまい、スタンドに入るまで3秒もかかってしまっていたり」「急激にスピードが遅くなって失速したり」なんか全然していないのである。いや、そもそも打球が「スタンドに飛び込む」ことすらいないのである。「打球が回転していない場合」でも、「バックスピン=3000rpmの場合」でも、何処まで飛んでいるか全然判らないほどの場外ホームランになってしまうのである。松井の打球は一直線に青空に向かって飛んでいくのである。
 

打球の角度を低くすると…
打ってから0.7秒後までの打球の軌跡

 そこで、試しに打球の角度を低くしてスタンドを狙って計算してみると、今度は0.7秒ほどでスタンドに打球が突き刺さってしまったのである。「打ってからスタンドに飛び込むまで、わずか3秒のマッハ弾」どころでなくて、「打ってからスタンドに突き刺さる、わずか0.7秒のマッハ弾」なのである。やはり、何かが記事とは違うのだ。一体、松井の「打ってからスタンドに飛び込むまで0.7秒のマッハ弾」とはどんな打球なのだろうか?あの記事は事実無根の記事なのだろうか?素直なワタシたちはスポーツ新聞のプロバガンダに、見事なまでに騙されているのだろうか?

 それは違うのである。何でも信用する素直なワタシはついに記事通りの「打ってからスタンドに飛び込むまで0.7秒のマッハ弾」となる松井の打球の条件を見つけたのである。それは、初速度=765mile/h、打ち上げ角度=65°、打球の回転= トップスピン(22000rpm)という条件なのである。マッハ1の音速の初速度を持ち、打ち上げ角度=65°という通常なら単なる凡フライのように打ち上げてしまい、そして、打ち上げているくせに何故か二万二千回転ものトップスピンで打球が回転しているという侍ジャイアンツの魔球もビックリ、インド人だってビックリの魔打球なのである。どんな不自然なフォームで打っているのか判らないのだが(おそらくバットをボールの真下から真上にすくい上げるように振り抜くサムライ・スタイルに違いない…)、とにかくそんな打球であればループを描きながら、約3秒でスタンドに達するのである。そんなトップスピンなんかかけなければ余裕で場外(どころじゃない)大ホームランなのに、松井選手はきっと日本人特有の奥ゆかしさできっとそんなトップスピンをかけているに違いないのである。簡単に場外ホームランにせずに、そんな苦労をしてわざわざスタンドに飛び込むホームランを打とうとしているに違いないのである。記事がシンジツであるとするならば、素直なワタシはそんな打球のヒミツを読みとってみたりするのである。
 

これが松井のマッハ弾だ!
初速度=765mile/h
打ち上げ角度=65°
トップスピン=22000rpm

 自分の夢を実現してメジャーリーグに行った松井選手が、これからもさらに活躍していくかどうかはよく判らない。こんな「マッハ弾」を量産していけるかどうかは判らない。けれど、松井選手の「夢」を通して、きっと色んな人達が「自分たちの夢」を見ているんだろうなと想像すると、これからも松井選手には「マッハ弾」を青空へ放ち続けて欲しいと思う。「しょんべん小僧」が風に負けないように、みんなに夢を見せる「マッハ弾」をこれからも空へ打ち上げて欲しい、と願ってみたりする。



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