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2010-02-13[n年前へ]

フィギアスケートの「芸術点」と「プレゼンテーション」と「定量化」 

 昔、フィギアスケート競技を観ていると、「技術点」と「芸術点」というふたつの言葉を解説者が語るのをよく聞いた気がする。どの程度の難易度の技を、どのように行っていったかを評価する技術点というのは、まだわかりやすいような気がしたけれども、「芸術点」というものは何だか少しわかりづらく感じて苦手だった。

 その「芸術点」=Artistic Impression はいつの間にか、プレゼンテーション・スコア=Ppresentation Score と名前を変え、さらには構成点=Program Component Scoreというように名称が変わっていた。「芸術点」が「プレゼンテーション・スコア」そして「構成点」と名前を変えれば、かつて感じた「わかりづらさ」「基準のなさ」が消えるかと思いきや、むしろ、「技術点」とどのように違うのかがわかりづらいものに思え、何だかつまらなくなってしまったような気がする。

 「芸術点」という基準のわかりづらい曖昧模糊とした点数が、どのように、どれだけ、聴衆に何かを伝えるかという「点数」を体現する言葉に変わり、そして、「構成」="Components"というさらに具体的で基準がはっきりとしているように見える「点数」で争われるようになっている。

 しかし、曖昧で、あやふやな Artistic Impression という言葉の方が、Program Component Score という言葉よりも、心を動かされる度合いを的確に現わしている言葉のような気がする。

 一見すると確かなものに感じられる数値の方が実はとても曖昧であやふやなもので、曖昧に見えるものの方が本当はとても確実なものだということは、よくあることではないかと思う。

"I want to be with you the rest of my life. Will you marry me?"
"Yes."
Announcement: "Obviously, she said, yes."
下に張り付けた動画の中では、"Score"とか"Presentation"とか、さまざまな言葉が出てくる。その言葉、ひとつひとつを聞きつつ、その言葉を発した解説者と同じように心動かされる。

2010-02-22[n年前へ]

文章の目的と、その手段・方法について 

 文章というものについて知りたいのであれば、この一冊を読むべしという、丸谷才一の「文章読本 (中公文庫) 」中で書かれている文章から。

 文章というものは、判断や意見を相手に伝え(伝達)、あわよくばそれを信じさせるために書かれる。

 「論理的」ということでなく、人への「伝達」、人との「コミュニケーション」ということを(プレゼン資料を添削する作業を繰り返すことを通して)考えて、そして気付いたことを書いた「論理的にプレゼンする技術 聴き手の記憶に残る話し方の極意 (サイエンス・アイ新書)」の3刷目が近々出ます。

 「基本ができる」ことは「応用することもできる」という言葉、基本ができれば何でもできる、逆にいえば基本ができる人は実は少ないという言葉を眺めたとき、そんな内容に納得することも・違和感を持つこともあるかもしれません。そのどちらにしても、少しばかりの時間を費やし、ご一読して頂ければ幸いです。

2010-03-16[n年前へ]

説明の文章は「女の子のミニスカート」 (初出:2005年09月05日) 

 昨日は、産総研 秋葉原サイトで場所を借りて、「プレゼンについて考える」場に行って少し話をしてきました。「少し話をしてきた」といっても四時間ほどだったので、(聴く側にとってみれば)実際のところはかなりの長丁場だったかもしれません。

 その時に使ったスライドの一つを、右に貼り付けてみました。このスライドに書かれている文章は、"Sentence length is like a girl's skirt:  the shorter the better, but it should cover the most important parts."というミシガン・メソッド(ミシガン大学で開発された言語教習の流儀)からひろまったと伝えられている名言です。 日本語に訳すと、「 文の長さは女性のミニ・スカートのようなもので、短ければ短いほど良い。しかし、最も大切な部分はカバーしていなければならない」ということになります。素晴らしく的確な言葉です。

 どうしても、何かを説明する文章を書くときには、だらだらと長く文章を続けてしまう「昔の不良少女スカート」スタイルや、(それとは逆に)短すぎて意味が伝わらない「パンツまる見え超ミニ・スカート」スタイルになりがちです。

 そんな時は、「文(章)の長さはミニ・スカート」とつぶやきながら文章を書いてみると良いかもしれません。そうすれば、きっと、良い説明文章がかけるようになるはずです。 そのブツブツつぶやく内容を聞かれてしまったならば、周りの人には、「かなりアブナイ人」に見えてしまうかもしれませんが…。





説明の文章は「女の子のミニスカート」 (初出:2005年09月05日)






2010-03-28[n年前へ]

「聴き手の興味をひく、魅力的な内容」 

 「論理的にプレゼンする技術 聴き手の記憶に残る話し方の極意 (サイエンス・アイ新書) 」の「はじめに」から。

 あなたの手元にある「カード」が、聴き手が欲しいカードと完全に同じという奇跡は、現実にはまず、存在しないのです。
 「聴き手にとって、自分の手の中にある材料には、いったい何が足りないのだろう?」「そもそも、自分が話をしようとする聴き手は、いったいどんな人たちなのだろう?」ということを考え、考え抜いて、自分の手元にある材料やカードをそろえなおす作業を繰り返すことで、初めて「聴き手の興味をひく、魅力的な内容」が、あなたの手の中に現れてくるのです。

 (下に)この記事の「関連お勧め記事」として出ているだろう、『「わかりやすい」=「正しい論理」という大きな勘違い』も、合わせて読んで頂ければ幸いです。

2010-09-04[n年前へ]

「論理的にプレゼンする技術」第4刷届けます 

 「論理的にプレゼンする技術 聴き手の記憶に残る話し方の極意 (サイエンス・アイ新書) 」の第4刷が届きました。初版第4刷となっていますが、第2刷以降、図版の更新なども行っているので、「初」という名前ではありますが、一歩づつ良い「版」に近づいていることを願っています。

 この本には、「基本」だけを詰め込んだつもりです。それは、基本を完全にこなすことができる人なんていない、あるいは、「基本をこなすことができる(ようにはたからは見える)人たちが”みんな”基本に立ち返ることをいつもし続けているさま」を見てきたような気がしていたからです。だから、…と書いても全然「論理的」な繋がりではありませんが、ほとんどの人に(少しは)役に立つのではないか、役に立てたら良いなと考えながら、ラクガキと清書をし続けたものです。

 さて、最後に、何度も書いている、こんな「あとがき」を、またさらい直しておこうかと思います。

 ですから、あなたが誰かの目の前でなにかを見せ(プレゼントして)、その存在を相手に心から実感してもらうこと、それが「プレゼン」なのです。(中略)本書があなたのプレゼン、あなたの"present"をより確かにする手助けができたなら、心よりうれしく思います。
 "The most precious gift we can offer other is our presence."

Thich Nhat Hanh

「論理的にプレゼンする技術」第4刷届けます








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