2008-12-05[n年前へ]
■希望と挫折の「やさぐれたメルヘン」
「私も安心だよと言って欲しい。私も大丈夫だよと言われたい。(けれど)それはもう自分でやらなければいけない事で、まだ子供の私はそれを誰かがしてくれるのを待ってばかりいた」
「あの頃の私の所にちょっとだけ行って、絶対信じないだろうけどあんたの人生、これからちょっとちょっと楽しいよって教えてあげたい」 この作品(西原理恵子の「上京ものがたり」)のテーマは、上に挙げた二つのモノローグに集約されている。
紀田伊輔 希望と挫折の「やさぐれたメルヘン」
'05.01.20 P.129
2009-02-18[n年前へ]
■ウソで隠した迷い
高島俊夫の「メルヘン誕生―向田邦子をさがして 」より
この「手袋をさがす」のなかで向田邦子は自分のことを「十人並みの要望と才能」と言い、また「貧しい才能のひけ目」と言っている。これははっきりウソである。向田邦子は、自分に関して、そんなことはこれっぱかしも思ったことはなかろう。
彼女は、「自分には才能がある」と思っていた。平凡な家庭主婦になるのは宝のもちぐされである。どこかに自分の才能を発揮する場があるはずだ。ーこの考えが一貫して彼女の中にあった。
「潰れた鶴」
向田邦子の「あ・うん 」より
おとなは、大事なことは、ひとこともしゃべらないのだ。
「やじろべえ」
2009-11-06[n年前へ]
■メルヘンというものが物語っているもの
「教養の役割」という問題を考える時、ノーマ・フィールドが「教養の再生のために―危機の時代の想像力 」において、話した言葉。
(ドイツのジャーナリストで映画評論家であったジークフリート・クラクカウアーは)御伽話(おとぎばなし)、つまりメルヘンについてとても印象的なことを言っています。メルヘンとは奇跡を描いているのではなく、正義の奇跡的到来を物語っているのだ、と。
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