2006-06-29[n年前へ]
■「今という時代」の「写し鏡」
新幹線の中で、雑誌や新聞から切り取ったスクラップを整理する。次の言葉は、「フィルムカメラ v.s. デジタルカメラ」という内容で、朝日新聞に赤瀬川源平と篠山紀信がそれぞれ語ったインタビューの一部。赤瀬川源平の意見は、「デジタルカメラを使って、加工という"作為"を続けていくと、結局人間が頭で考える範囲におさまっていく。思いがけぬ写真が減り、"思いがける"写真ばかりになる」というもの。
写真は、そして写真家は、過去も未来も撮ることはできない。「今」しか撮れない。だからこそ、時代を写す「写し鏡」がカメラだと定義するなら、時代が生んだ最新のテクノロジーに偏見を持たず、それを使って時代を切り取り、そして時代と併走するのが写真家の務めでないか。 篠山紀信
2007-09-06[n年前へ]
■関西のオバチャンになりたい
台風が日本列島に接してくる最中、品川駅から新幹線に乗る。三人掛けの席の通路側に座ると、隣の二人は、関西の何処かに帰る年配の女性2人だった。その二人の会話のペースに、聞き入ってしまった。
その最大の理由は、相手がコトバを発してから、それに対する応答がいつでもコンマ1秒以内になされてる、ということだ。コンマ1秒以上沈黙する時間はない。どんな形であれ、いつでも十分の一秒以内に、何かの相づちが入っている。そのことに、聞き入ってしまった。
以前、英語の研修を受けた時、「相手が言葉を発してから、1秒以上反応しないのは、英語としてはコミュニケーションが全くできていないということだ」と言われた。あぁ、関西のオバチャンになりたい
2007-09-14[n年前へ]
■「モーレツ科学教室」と「MatLab」
「キーワード」を介して繋がっているものは多い。そんなものを眺めながら、「そういうものではなくて、こういうものを作りたいな」と思うイメージが、今もまだ満たされていない。
最近、越前屋俵太の「モーレツ科学教室」のDVDを出張帰りに新幹線の中で観ている。京都にいた頃、時折、日本海に行った。といっても、京都は日本海に面してるのだから、県の中を「ちょっとそこまで」移動した、という程度のことに過ぎない。その途中の辺りに、越前屋俵太が住んでいるという。越前屋俵太の「モーレツ科学教室」は本当に面白い。これを小さな頃に観ていたら、きっと科学が何の根拠もなく好きになっていたに違いない。
MathematicaのプログラムをMatlabに変換する作業とビールのテイスティングを深夜まで。MatLabの拡張コードの勉強をする。数年わからなかったことが、今日この瞬間にわかる。いや、わかったような気になる。きっと、本当はわかってない。
そして、数年前には簡単に理解したことを、きっと、今はもうわからなくなっている。私のMatLabのイメージは、「綺麗な未来の計画でなくて、汚い現実の机の上」という感じだ。「趣味」でなく「仕事」という感じだ。新しさや夢はないけれど、着実に仕事をこなす。そんな、感じだ。
MathematicaやMatlabと、Photoshopを繋ぐインターフェースがあればなぁ。そう思うなら、思った時に作れば良かったんだな、と思う。価値を感じるものに、時間を使ってみれば良かったのにな、と思う。だから、作らなきゃ、と思う。
そして、数年前には簡単に理解したことを、きっと、今はもうわからなくなっている。
2008-05-09[n年前へ]
■「新幹線」という名前の場所
「新幹線」という場所がある。静岡県函南町にあるその場所は、東海道新幹線が開業するずっと昔、第二次大戦中から「新幹線」という名前で呼ばれていた。
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昭和十年代、「新幹線(弾丸列車)計画」が進められていた。その際、新丹那トンネル工事を行うために工事宿舎が建てられていた地区が、いつしか「新幹線」と呼ばれるようになり、昭和29年には正式に字(あざ)名となった。
「新幹線(弾丸列車)計画」の流れを汲む東海道新幹線が起工されたのが昭和34年、開業したのが東京オリンピックが開催された昭和39年だ。新幹線という名前の場所は、その場所近くを通る「新幹線」を、20年ほども待ち続けていたことになる。
最初の「新幹線」を新幹線という場所が20年ほど待ち続けていたように、それぞれの地名はそれぞれの歴史を持っている。不思議な地名を目にすると、歴史ミステリの表紙を開く心地になる。





