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2012-12-28[n年前へ]

ゼクシィが「彼 v.s. お父さん 対決」はできても「彼女 v.s.お母さん 対決」はできない理由 

 結婚情報誌 ゼクシィの「重さ」=(イコール)「愛の重さ」だという方程式があると聞きます。そんなゼクシィの最新号「年に一度のスペシャル号!」は付録合わせて2500ページで体重計に載せるとトータル5.2kgでした。一冊5kg超ということは、たとえば2冊抱えたら自転車1台と同じくらいの重さになるということですから、「愛の重さ」は、なかなかの重いようです。

 そのゼクシィ最新号の「新郎(になるだろう彼)と新婦(になるだろうゼクシィ読者)の父」が「新婦への愛がどちらが多いか」を(勝手に)競い合わせる記事を読み、「彼女のお父さん」って切ないな…と思わされました。父の娘への愛は、絶対に彼より勝っているはずにも関わらず、その勝負とは別に娘は彼を選んでいくわけです。

 そしてまた、こんなことも考えました。彼・彼女に対して父と母がそれぞれいるのに対し、この記事が扱っているのは「彼と(彼女の父)」だけです。似たようなパターンとして「彼女と(彼の)母」というものもあるけれどそのパターンはなぜないんだろう?と疑問に思ったのです。

 そこで尋ねて・得た「答え」はナルホド!と思わされるものでした。
「彼女と(彼の)母の対決だと嫁・姑問題になってしまい、結婚しようとする読者に向けた記事とは、少し違うものになってしまうんです」
 確かに、嫁・姑問題ではゼクシィというより週刊女性とか女性自身とか、そういった雑誌の表紙に踊るような問題になってしまいそうで、ゼクシィ読者の結婚に対する意欲(さらにはゼクシィを買おうとする購買意欲)を減退させてしまいそうです。

 ところで新婦(しんぷ)を「新夫」と間違えていたという人も少なからずいると言いますが、それと同じように「婿」という文字も意外に読みと意味に悩んでしまうものです。「女」という文字が入っているので、「よめ」と読みたくもなってしまうのです。

 そんな悩みを減らすため、「婿・嫁・姑・舅・小姑・小舅」といった言葉について、意味やそれらのキャラクタたちの関係を図示し、さらにや関係する「ことわざ」も書き入れてみました。

 「姑の十七見た者ない(私が若かった時はちゃんとやってたよ!と姑は言うけれど…)」「小姑一人は鬼千匹にむかう(小姑は1人いるだけで鬼が千匹いるようなもの…)」「舅の酒で相婿もてなす(妻の父のものでチャッカリ…)」…こうして関連ことわざを眺めてみると、やはり「彼女のお父さん」が一番可愛そうに思えてきますね。

ゼクシィが「彼 v.s. お父さん 対決」はできても「彼女 v.s.お母さん 対決」はできない理由ゼクシィが「彼 v.s. お父さん 対決」はできても「彼女 v.s.お母さん 対決」はできない理由






2014-06-28[n年前へ]

「婿(むこ)が女偏」なのは不思議?それとも自然? 

 「婿(むこ)」という漢字は女偏です。男なのに女偏?と不思議に思ったりもします。けれど、女系主義な家系定義にもとづけば、女の相手イコール婿(むこ)な定義も、家に女来たりて嫁(よめ)になるという漢字…じゃなかった感じも、実に納得しやすい文字作りかもしれません。

 「"婚姻"自体がどちらも女偏」とか、そもそも男偏の感じはほとんど無いけれど、女偏の漢字はたくさんあります。女の子は好きだし、女の石は妬むだし…ありとあらゆる漢字が女基準で作られていたりするのを見ると、「婿(むこ)が女偏」なのも艶然不思議ではないのかもしれません。



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