2008-01-02[n年前へ]
■朝日新聞を拡大してみよう
身の回りにある「色んなものを拡大してみよう」と思い、朝日新聞を眺めていると、下隅に色濃度管理用の色パターンが二種印刷してある。大きな方でも1mm角ほどの大きさで、小さな方はさらにその十分の一ほどの大きさだ。つまり、数百ミクロン弱の大きさだ。朝日新聞のカラー広告はFMスクリーンを使っているということなので、この小さな方のパッチはFMスクリーンで使われる最小ドットなのだろうか。
目の前にあるものを拡大してみれば、その中には不思議なものがたくさん隠れていそうだ。
2008-08-21[n年前へ]
■「姉を慕い続けた少年ジャック」
2008年7月19日(土)の朝日新聞、「うたの旅人」はとても興味を惹かれた。ペギー葉山の「爪」を題材に、演出家・作家の久世光彦のことを書いた記事だ。
「もう、向田さんのことを言ったり、書いたりするのをやめよう」とつぶやくのを聞いた。06年、急逝した年だった。
「久世はやはり深爪で、裸足が好きでした。おしゃれで気の利いたお姉さんのような向田さんの影響をいっぱい受けてます。きっと心配りの仕方や好みまでまねていたのだと思います」一時期、向田邦子や久世光彦が書いた本、向田邦子や久世光彦に関する本を見つけるたびに読んだ。
向田さんの、一目会った人を虜にしてしまう人たらしぶりは伝説に近い。…久世さんもまた、接した相手の心をつかむ人だった。かけられた言葉をずっと宝物のように覚えている編集者や書評家も少ないくない。
「演出家として身に付いた癖なのよね。演出家は、出演者の一人ひとりを、違う言葉で口説き落とす仕事だから」
「私は、少なくともあの一夜だけは、あの人を愛していたのだと思う」
「久世ちゃんは、度を超すくらい好きだったんだと思うよ」
「だからこそいつまでたっても思いきれない人なのかもしれない」
2013-01-01[n年前へ]
■「元旦の朝を連れて歩く」ことができる傘
横浜 みなとみらいに行くと、初日の出を待ち、人がたくさん立っています。ゴドーならぬ赤く染まる夕日のような朝日を待って、人それぞれ立ち続けています。水平線の向こうから太陽が上がるまでの間、ずっと何かを願っているかのように、人たちがたくさん立っています。
下の写真は、そんな2013年の1月1日、朝日が出る瞬間の横浜みなとみらいで撮影したパノラマ写真です(インタラクティブ版はこちら)。
元旦の朝、水平線から昇って来る太陽で染め上げられた空模様、そんな空模様の傘があったなら、太陽が見えない雨の日も、正月も過ぎて時間が経った時にでも、「元旦に願ったこと・一年の初めの気持ちを忘れず、いつでも連れて歩く」こともできるような気がします。
ある場所・ある瞬間に撮ったパノラマ写真を、傘の内側にプリントしたら、ちょっと面白いかも、と思います。広げるだけで、特定の時空間にワープできるミラクルな傘になるかもしれません。
2013-12-28[n年前へ]
■「解けない問題」との付き合い方
Asahi.com に「解けない問題」との付き合い方という記事を書きました。センター試験を間近に控えたこの時期に、センター試験を振り返り考える「Look Back センター試験」という続きもののひとつです。
選択肢をマークシートで選ぶセンター試験を思い出してみたとき、ふと考えたことを書いてみました。私たちは、(正解かもしれない)何人もの容疑者たちを前にいつも悩んだり・迷ったり…戸惑ったりします。そんな自分(たち)に送るエール文を書いてみた…というわけで、試験を受ける年頃の方にも、試験を受けた頃が遙か昔になった方にも、少しだけ眺めてもらえたら嬉しいな…と思います。
センター試験の時期になると「解けない問題ばかりだ……とりあえずマークシートを塗りつぶしておこう!」と運に任せ、マークシートをデタラメに塗りつぶした記憶がよみがえる。「次のうちから正しいものを選べ」という問題文に並べられた選択肢の数が多いと「あまり当たりそうにない」と憂鬱(ゆううつ)になり、その逆に選択肢の数が少なければ「こりゃ当たる確率が高いぜ!」と喜んだものだ。その挙げ句に…
……なんてことを書くと「正攻法で地道に解いた方がいい」と言われそうだ。それは確かにその通りなのだろう。数学知識を活用して選択肢の絞り込みを行うくらいなら、最初から問題を正攻法で解くことに力を費やした方がいいに違いない。たぶん、それがきっと正しいことなのだろう。しかし…
実際のところ、解くことができる問題なんてとても希少な存在で、解けない問題ばかりが行列になって登場するという「やってられない試験」こそ、私たちの毎日なんじゃないかと思う。
そんな時、わからなくても知恵を振り絞って可能性の高い選択肢を選び出す、そして、後は運に任せ進んでいくテクニックは意外に大切なものかもしれない、とも考える。センター試験で「わからない問題に出くわして、それでもあきらめずに未来の運や可能性の存在を信じつつ、自分の選択肢を鉛筆で選んだ」気持ちは、それから後の全ての瞬間にわたって、ずっと有効だったのじゃないか、と思う。