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2009-12-21[n年前へ]

NEWS今昔物語 「野球盤とロボットと王子さま」編 (初出2005年05月26日) 

5年前のNEWS(未来)を振り返ってみて思うこと

 「(お客が自分たちで使う)料理注文用のリモコン」は使いこなせるようになった。5年過ぎて、それだけは(もしかしたら唯一の)学んだことだと言えるかもしれない。

(記事を書いた時の)ひとこと

 先日、久しぶりに神戸・大阪に滞在した。夜の居酒屋で見かけた「(お客が自分たちで使う)料理注文用のリモコン」にビックリしたが、難しくて(私には)使えなかった。

「ジャンケンに必ず勝つロボット」と「イチローを超えるロボット」

 カメラで撮影した「高速モーションキャプチャ情報」を利用し、「人間の行動結果を(人間の行動が終了する前に)解析し、それに対するリアクションを(前もって)起こす」ことにより「ジャンケンに必ず勝つロボット」がネット上で評判となっている。広島大学のロボティクス研究室が開発したこのジャンケン・ロボットが、人間がとャンケン対決をしている動画を見ると、淡々とロボットが人間に勝ち続けている。なんというか、究極の「後出し」原理を具現化したロボットである。

 また、同じような原理で動く「高速バッティング・ロボット」もこれまた面白い。打球の飛球角度を角度で10度以内で打ち分けることができる、という。世界が誇る「イチロー」もビックリのロボット打者が登場するかもしれない。

 

「アクション・フィギュア搭載の野球盤DX」新発売

 エポック社野球盤といえば、30代半ば以上の男性を最も楽しませた玩具のひとつだと思う。'58年に(初代)野球版が登場してから、各世代の(かつて男の子だった)男性たちはそれぞれの時代の野球盤で楽んできた。磁力を使った「カーブ・シュート変化球」、脅威のトリックによる「消える魔球」など、技術とアイデアを駆使した玩具に惹かれた人は多いはずである。

 そして、また今年も「野球盤初の選手人形が実際に投げ・打つ動作をするアクション・フィギュア・システム搭載の野球盤DXが6月18日に発売される。実際に選手人形が動くことで試合の臨場感が増している、という。こどもをだしにして、(けれど本堂は自分が欲しくて)買ってしまうお父さんが量産されるかもしれない。

Google Mapsの中にいる「白馬に乗った王子さま(かも?)」

 5月23日、BoonEx GroupAEwebworks Dating Software Developmentが、Google Maps を使った出会い系サービス4ppl Personals + Google Mapsをスタートさせた。このサービスを使えば、「住んでいる場所」や「相手の年齢」や「性別」などを入力すれば、その要望に合致する相手を自由自在に地図上で見つけ出すことができる。人工衛星からの撮影写真やカラフルな地図の中に、望みどおり(かもしれない)相手が点在しているようすは、かなりインパクトがある。

 これまでもGoogleによる、タクシーやリムジン、シャトルなどの乗物の現在地を検索できるサービスGoogle Ride Finderといった地表を動きまわるものを見つけ出すサービスなどがあったが、タクシーならともかく、「人との出会い」の場合、「ブラウザの画面の地図中から見つけ出す」だけじゃ味気ないかもしれない。

2011-01-10[n年前へ]

1998年冬、長野五輪「ジャンプ団体」 

 1998年冬、長野五輪「ジャンプ団体」から。(絆(きずな)でつかんだ栄冠試走者たちの金メダル2つの町を1つにした「776人に会いたい」NHK スポーツ大陸 『絆(きずな)でつかんだ栄冠 〜長野五輪 ジャンプ団体〜』

 長野五輪でのジャンプ団体金メダル獲得。・・・前半が終わり、日本チームは4位。その後、悪天候のため競技は中断する。このまま競技が中止となればメダル獲得はない。しかしその窮地をテストジャンパーが救う。競技前にジャンプ台の整備をし、安全を確かめる役割を担う彼らが、吹雪の中を決死の覚悟で飛び出し、運営役員に続行が可能なことをアピールした。その結果、競技は続行され、日本は金メダルを獲得できた、という話だった。
 2月17日の朝、試走者(テストジャンパー)たちの控え室に原田雅彦があらわれた。彼は西方仁也に「アンダーシャツか手袋を貸してくれ」と言った。西方は原田が忘れてきたと思い、シャツを渡した。原田は、次に葛西紀明のところへ行き、手袋を借りた。葛西も原田が手袋を忘れてきたのだと思った。
 西方が気付いたのは、原田の「失敗ジャンプ」の直後だった。「原田は、4年前のリレハンメル五輪の僚友だった、俺と紀明の思いを背負って飛んでいる。俺のシャツと紀明の手袋を身につけて戦いに挑んでいる」
 試走者25人のリーダー西方は、そのことを試走者たちに伝えた。
 取材は、当時テストジャンパーを務めた人たち一人一人に、話を聞いていくことから始まった。その中で、驚いたことがある。それは、彼らの多くがテストジャンパーとなったことを「最初は悔しかった」と言ったことだ。テストジャンパーとして競技を裏で支える彼らだが、ふだんはジャンプの選手。オリンピックには当然選手として出場したい。それが果たせなかったことが悔しかった、と言う。それを聞いたとき、美談だと思っていた話が、私の中で急に血の通った生々しい話となった気がした。何か人生の一端を表している言葉のように思えた。
 安全であることを証明するために転べない。雪の中バランスを保つよう手を廻すこともできない。雪で前が見えなくても、きちんと飛んで着地しなくちゃいけない。一人また一人と、雪が助走路に積もっていかないように、後の人が飛びやすくなるよう次々に飛んだ。
 7秒間隔のテストジャンプで(25人の)大飛行が繰り返された。2回戦はできますよとアピールしながら、ジャンプ台を守り続けたのだ。
 人は誰しも、常に勝者でいられるわけではない。しかし、そんなときであっても、誇りを忘れず、自分のすべきことをすれば、忘れられない経験が残るのかもしれない。それは誰の人生でもそうだ。そのようなことを取材させてもらった皆さんに教えてもらったような気がする。

「高く空へ駆け上がる人たち」と「地面に這いつくばる自分」 

 長野オリンピックの舞台、白馬の八方尾根の麓で、白馬ジャンプ台を眺めれば、ノーマルヒルでも十分すぎるほど高く、ラージヒルはさらにその上まで伸びています。古代の時代から、人はあまりに高い場所に行ってはイケナイと伝えられていたように思います。たとえば、それは空高く飛ぼうとしたイカロスや、上へ伸びすぎたバベルの塔のごとく、人は高すぎるところに登ってはいけない、と神さまが人にいつも語りかけていたような気がします。少なくとも、絵本の中の人間たちは、いつもそんな風に描かれていたように思います。

 白馬ジャンプ台のコース上に立つと、あまりの高さに体が思うように動かなくなり、ただただ、雪面と一体化したいと願います。しかし、そんな中、コースに入った雪をかき・溝を奇麗に整えようとしている人がいます。そんな人に「スキーのジャンプをされたことはありますか?」と訊ねれば、空から下を眺めるような笑顔で、「私もノルディック複合の全日本代表でしたから」とその人は笑うのです。

 こんなところから、空へ飛び出して行く人たちは、「限界に挑み続ける人」をまさに具現化する人たちに違いない、とジャンプ台の雪上で這いつくばりながら確信したのです。そして、空へ高く飛び、雪降る林の中を駆ける人たちには、どうやっても近づくことはできないに違いない、と悲しく感じると同時に、そういう人を眺めることができることを心から嬉しく感じたのです。






2011-04-12[n年前へ]

長野オリンピックを支えた「白馬ジャンプ台の採点インターフェース」 

 雪が深い頃、長野白馬スキー場のジャンプ台に登ってみました。選手たちが空へ飛び出していく斜面の上に立ち、その高さと傾斜の激しさに、恐れおののいたりしたのです。

 ジャンプ台で眺め・面白かったもののひとつが、(右上の写真の)採点者が操る点数入力台でした。つまり、それはスキー・ジャンプ競技の点数を決める、つまり飛型点や着地点といったものを採点者が入力する器具です。”SEIKO JP-20PH”と銘打たれ、"Flight""Landing""Falls"という三点について採点した結果を入力するための道具、その無骨さになぜかとても惹かれたのでした。

 秋葉原のラジオデパートに並んでいそうなケースに、メカニカルなスイッチと液晶を配置した操作盤…"Welcome to Hakuba"という文字が浮かび上がる操作盤の中に、運動オンチでオタクなぼくらを引きつけてやまないフェロモンを、そこに強く感じたのです。

 西方が飛び・葛西が飛び、その後に飛んだ原田や舟木たちの点数が押されたのが、この「白馬ジャンプ台の採点インターフェース」です。あのドラマの後ろで、人知れず動いていたのがこの機械です。

白馬ジャンプ台の採点インターフェース








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