2008-05-04[n年前へ]
■夢を紡ぎ続ける画家や作家や多くの芸術家たち
美しいものと醜いものが同時に存在する。それは人間関係においてとくに顕著に現れることがあり、青空がたちまち暗雲に閉ざされる気持ちがするものだ。しかし、生きていくということは、きれいごとだけではすまない。夢の虚しさを知ったところで、その夢は消えないものである。そして、そう信じる人たちのために夢を紡ぎ続ける画家や作家や多くの芸術家たちがいる。
本書に登場する人物をひとつの共通項で要約すると、イメージの達人であり夢を一生追い続けた人たちであるといえる。
「夢と遊びの設計者たち」
2008-05-16[n年前へ]
■バストの測り方の「定義」と「実態」
男性にとって「バストサイズの測り方」は、接する機会の少ないもののトップ10に入るものの一つだ。しかし、女性からしてみれば、そんなことは、日常生活の中で当たり前のように知っている「常識トップ10」に必ず入ることの一つに違いない。
「ブラジャー・カップ解体新書」で調べたように、「ブラジャーのカップ数」は、JIS規格によれば、ボトムバスト(胸のバスト直下の部分の胸囲)とトップバスト(バスト部分の胸囲)の差で決められている。
このJIS規格(JIS L 4006)は、一見すると実に事務的で厳密な定義に見える。……しかし、よく考えて見ればこれほど曖昧な定義もない。ボトムバスト=「バスト直下の部分の胸囲」はともかく、トップバスト=「バスト部分の胸囲」というものをよく考えて見れば、これほど曖昧な規格もない。
その疑問をひとことでいえば、「バスト部分」とは一体何だろうか。その形も存在も定かでなく、まるでアメーバのように姿を変える「バスト部分の胸囲」とは一体何を指すのだろうか。ブラジャーのサイズを規定しているJIS規格JIS L 4006「ファンデーションのサイズ」からでは、「トップバスト」が何であるか(さらにはカップサイズが何であるか)は、実はまったくわからないのである。
トップバストの定義を調べていくと、ワンピース作成時の測定寸法表(PDF) や、基本身体寸法の表示など、「女子のバストポイントを通る胸部の水平周囲長」といった表現が多い。男性がこの言葉から受けるイメージは、「直立した女性の胸部を、水平に輪切りしたような状態で、巻尺(メジャー)で図った周囲長」である。しかし、トップバスとの計り方の「実態」は違うらしい。
青山まりの「ブラの本。」を読み返してみると、「(まっすぐ立って計ると、実際より小さな値になってしまうので)90度の角度で、お辞儀をするスタイルでトップバストを計る」と書いてあった。つまり、バストの周囲の脂肪が胸部に集まり、そして伸びているような状態で胸部の周囲長を計るのが、トップバストの計り方の「実態」だというわけである。
「理想」/「現実」や「定義」/「実態」など本来ひとつの同じものにも複数の姿(見方)がある。裏も表もなく、ただ一つの見方しかない(できない)ものは、映画やテレビのセットくらいで、現実には存在しない。「ブラジャーのトップバストの測り方」からそんなことを考える……のは妄想しすぎ、なのだろう。
2008-08-11[n年前へ]
■LEONは「ヅラ」でCanCamは「ウィッグ」か!?
右の図は、ホワイトボードに描かれた「決して理想的ではないデコボコな”私”」(左下)が読む、雑誌LEON(左上) と CanCam(右)の違いである。
この図が言わんとしていることは、誰しも理想的な姿や内面・経験を持ち合わせてはいないけれど、それに対して雑誌LEONやCanCamがどのようなソリューションを与えてくれるか、ということである。LEONはとりあえず「はい、コレがあれば実用的には多分大丈夫」という大雑把な外枠を与えてくれる。デコボコな自分とその外枠の間を埋める作業はテキトーで良いのである。一方、CanCamの場合には、理想的な姿・外枠が与えられたら、本来デコボコな自分をその外枠に合わせるための各種パテ・技法が説明されている、という風になる。
それをさらに一言でまとめてしまえば、「他の人からは不自然に見えても自分が満足できれば良い”ヅラ”」か「他の人から不自然には決して見えないように工夫する”ウィッグ”」の違いのように思えてくる。つまり、LEONは「ヅラ」で、CanCamは「ウィッグ」なのだ。
実際、右上の図はいかにも「不自然な”ヅラ”」と「ウィッグ」を描いたものに見える。……しかし、それを逆に言うなら、LEONやCanCamは「自然で緻密」か「不自然・大雑把」かという違いだけということもできる、のかもしれない。


