hirax.net::Keywords::「長所」のブログ



2009-08-15[n年前へ]

自分の「欠点」 

 色川武大の「うらおもて人生録 (新潮文庫) 」から。

 欠点のうちで、他人にいちじるしく迷惑をかけそうなもの、これは自分にとってもマイナスが大きいから、押し殺すにかぎる。自分が生きようとする方角に、まったく沿わない欠点、これも不適当だ。
 何がいいか、それぞれ自分に合わせて考えるよりしようがないが、とにかくあまり流暢に(すらすらと)に生きようとしないことだね。生きにくくて悩むくらいでちょうどいい。

2010-06-01[n年前へ]

欠点を数え上げても幸福にはなれません 

 婦人公論4月22日号に収録されている、内田樹の「欠点を数え上げても幸福にはなれません」から。

 「言われて治る」ようなものは「欠点」とは呼びません。でも、そういう本質的な欠点は、その人の本質的な長所と表裏一体になっています。
 そして、決して治るはずのない性格特性を「減点」対象として日々意識することで、幸福になる人は誰もいません。…そんなふうにして、自分で自分を不幸にしている人がたくさんいます。

2010-08-10[n年前へ]

「自分」の「長所」と「短所」 

 塩野入忠雄 「昭和の流痕-信州の一教師の哀歓-」 から。

 「自分を実際と違うように見せかけようとする時ほど、人間がこっけいに見えることはない」という言葉がある。外見だけを美しく見せかけようとする努力や、虎の威を借りた狐のように背後の力を借りて威張ってみたり、虚栄や虚勢は、ただ自分を粗末にする何ものでもない。
 誰にも長所がある。誰にも短所がある。(中略)数学ができる人、美術や音楽が好きな人、あるいはスポーツに秀でた人、誰よりも努力をおそれない人、みなそれはその人の長所である。お互いその長所を大事にしようではないか。
 しかし、いたずらに君自身の長所の喜びにおぼれてはいけない。自分の長所や一時の成功に自慢する時は、それはすでに長所ではなく短所となる。自慢やうぬぼれは成長の行き止まりである。自分を愛する者は、それを外に誇るのでなく、内に大事に抱いて、さらにそれを育てる努力を重ねる人である。

2012-01-12[n年前へ]

日本人、ことに知識階級の人々が持つ「バイアス」 

 昭和6年10月「中央公論」に書かれた寺田寅彦の文章から。

 日本人、ことに知識階級の人々の中には、とかく同胞人の業績に対して、その短所のみを拡大し、外国人のものに対しては、その長所のみを強調したがるような傾向を持つものがないとは言われない。そうして、かなりつまらない西洋の新しいものをひどく感嘆し崇拝して、それと同じあるいはずっとすぐれたものが、ずっと古くから日本にあっても、それは問題にしないような例は往々ある。



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