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2006-01-22[n年前へ]

キース・ヘリング描く「崩れ落ちる男"orz"」 

 ふと思い立って作ってみたという「キースヘリング "orz"」と、「キースヘリングが「(落ち込み度が高い)崩れ落ちる男 "orz"」を描いたらどうなるかという「キース・ヘリング描く(落ち込み度が高い)崩れ落ちる男」 from n年前へ.

2006-01-29[n年前へ]

「(16才の頃)知っておきたかったこと」と「11ぴきのネコ」 

 from n年前へ. 高校時代のことや高校時代に(同級生として)眺めた人を、ある年の今日思い出す。そして、その次の年の同じ日に、その同級生が訳した文章を読む。

それは二十年近く前のこと。演劇部の上演会を観に行ったのだった。
それにしても…、「自分は二十年の間に何もできなかったなぁ」とつくづく思う。
 そしてさらに、「人生の到達点はそれまでの積分なんだから、同じアドバイスがどの時点でも有効なはずだ」という彼の言葉を、もう一度舞台の下から聴いてみる。
人生の到達点はそれまでの積分なんだから、同じアドバイスがどの時点でも有効なはずだ。
やりたいことはたくさんある。それなら、絶対後悔しないから、貪欲に、遠慮せずにやればいい。

水面に映る「私たち」 

Nothing but Echo 水面に映る「私たち」 3年前の今日、水面に映る「私たち」Nothing but Echoという文章を書きました。今日もまた繰り返される同じような「ニュース」を眺めながら、私はふとこの文章を思い出します。もしも、このページに訪れた「あなた」に少しの時間があるのなら、この文章を読んで頂ければ、少し嬉しく思います。
 「水面を上から覗きこんでみれば、その水面に景色だけでなく私たちの姿も同時に映りこんでいるように、ギリシャ神話のナルキッソスが泉の中に自分自身の姿を見たように、その『ニュース』には世の中の出来事だけでなく、私たち自身だって写りこんでいるに違いない」という言葉の先にあるものを、かすかに眺めて頂くことができたなら、私はとても嬉しく思います。3年と少し前に、テレビで流されていた「問いの答え "YES""NO"」をあなたに眺めてみてもらえたら、と思っています。

その問いの中の、そして、その答えの中の「テレビニュース」の部分は全て「僕ら自身」と置き換えられるのだから…
「私たち」が世の中に与える影響は? 「私たち」は信用できる? 「私たち」はあなたの人生にとって 「なくてはならないもの」ですか?

2006-02-02[n年前へ]

「未来と過去のNEWS」 

 from n年前へ.

ふと思うのは、「過去から繋がるNEWS」というものはとても自然なものかもしれない、ということです。過去も未来も、結局はメビウスの輪みたいなものかもしれませんし、ということは案外振り返った過去は未来に繋がっているのかもしれませんし…
結果的に出来上がった写真、つまり再現された写真というものは、その人間なりの主観によって認識された、その人間の世界ということができる。

2006-02-05[n年前へ]

「情熱的な態度」 

 from n年前へ.

何かを情熱的に追求する者は、すべて逃亡者に似た特徴を持っている。情熱の根源には、たいてい、汚れた、不具の、完全でない、確かならざる自己が存在する。   エリック・ホッファー 「魂の錬金術」



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