2010-03-04[n年前へ]
■「過去」と「現在」と「未来」の景色 (初出:2005年09月03日)
昨日、ニューオーリンズで以前撮影した写真を眺めてみました。ハリケーン"Katrina"「カトリーナ」に襲われたニューオーリンズで、「カトリーナ」に襲われる前の過去に眺めた綺麗な景色を見てみました。
「カトリーナ」の傷跡が復興するまでの長い間、ニューオーリンズの「現在の景色」と「過去の景色」を、Google Mapで眺めることができました。眺めるための機能がつけられていました。
過去の上空から撮影されたニューオーリンズのスーパードームや、あるいは、("Katrina"という赤い部分を押すことで眺められる)崩れ落ちかけたスーパードームのようすを見ることができました。
天井が剥がれおち、ずいぶんと荒れてしまった街が見え、そして、そこからさらに離れた地域は、それよりもっと大変な状態であることもわかりました。
この地図を提供していたGoogleの開発者たちは、被災したニューオーリンズの状況を、その地にいる人たちのことを考え心配している人たちに(あるいはそれ以外の人たちにも)知らせたくて、こんな機能追加を(驚くべき速さで)急遽行ったのでしょう。
「過去の景色」と「現在の景色」を、眺めいていると、色々なことが見えてくるに違いありません。赤字を背景にした"Katrina"「カトリーナ」という文字から、そんな時間を追って変化する景色が見えてくるような気がします。
もちろん、そこからは、過去や現在の先にある復興した未来の姿も見えてくるはずです。
2011-03-12[n年前へ]
■人がただ祈る姿
「自然の力」と「人間の力」 (初出:2005年09月02日)から。
洪水や地震や津波や噴火・・・といったさまざまを起こす自然の力が強いように、弱い人間もやはりそれでも強い、と私は思います。だから、少し時間が経てばニューオーリンズの街も活気を取り戻していくのだろうと信じます。
そう願いながら、酷い状況の景色だけでなく、とても綺麗だったニューオーリンズの写真を眺めたくなりました。だから、今日はこんな写真を飾ってみました。
一番最後に置いた、右の写真はニューオーリンズの中心、そのフレンチ・クオーターのさらに中心にあるセント・ルイス大聖堂の中で見た景色です。人がただ祈る、そんな姿です。
ハリケーン「カトリーナ」がニューオーリンズを襲った直後の"Google Maps"が矢継ぎ早に見せる姿には、開発陣の悲しみとも怒りとも何とも表現しがたたい、けれど、何かに立ち向かおうとする意志を感じたような気がします。
そんな人の意志もまた、活気を取り戻していくための力になる、と今でも信じています。
2011-11-03[n年前へ]
■水流が増すチャオプラヤ川を攻める「バンコクの渡し船」が「峠の走り屋」並に凄い!!
洪水被害がなかなかおさまらないタイのチャオプラヤ川は、通常は、バンコク近辺では時速2km程度で流れていますが、今は川の流れは時速6km程度と(結構驚くほど)速くなっています。
そのチャオプラヤ川の両岸を往復している渡し船(クロスリバーボート)が、はたから眺めるならエキサイティングに、もしも自分が乗るなら実にスリリングな感じで、川面をグリグリと「攻め気味」に運行しています。
下の動画は、まるで峠道を車で攻めるローリング族が、愛車を横に滑らせつつカーブを走り抜けていくかのように、水が溢れるバンコクのチャオプラヤ川で、船を横に倒しながら橋桁の鼻先を通り抜けていく、バンコクの攻める「渡し船」です。(上の画像は10倍強の「早回し」をした動画で、下の動画”1分10秒辺りからご覧下さい”は通常速度で下流側から撮影したものです)
今の時期にバンコクに行く人がいたならば、チャオプラヤ川の「”ローリング”渡し船」に乗ってみるのはいかがでしょう。50年に一度?の川の流れが速い今しかできない「コース取り」を楽しむことができす。
渡し船(クロスリバーボート)は、BTS「サパーン・タクシン」駅のすぐ横から乗ることができて、往復しても約10円ナリ、今一番推しの超お勧めエンターテイメントです。
2011-11-09[n年前へ]
■「洪水対策」の「理想と現実」
川へと続く道から(川から溢れだした)水が流れ出してきたりする街を歩いているとき、あるいは、もしかしたら水が流れてくる可能性があるかもしれないと感じられる場所を歩いているとき、ふと「自分ならどうするだろう?」「こういうことができるだろうか?」と考えさせられました。
右の写真は、「セブンイレブン」の店頭を写した写真です。いたって普通の景色ですが、「ひとつだけ」違和感を受けるかもしれないものが映っています。それは、店の前を覆う「コンクリート壁」です。水が店の中に入らないようにと、店を囲うように1mほどの壁が作られていています。セブンイレブンの店の中に入る人たちは、ヒョイヒョイと土嚢で作られた”階段モドキ”を上り、小高いコンクリ壁をまたいでいくのです。こんな「防水城壁」が店の前・家の前に作られていることも多いので、まるで「街中にある色んな道」の周りに「堤防」が作られたような状態になっています。
水が川から溢れ出てくるかもしれない、道をつたって水が家に近づいてくるかもしれないというとき、「自分ならどうするだろう?」と考えます。「街中にある道ごとに堤防を築くのは無理がありそうだから、川の周りを強固な堤防で囲うべきだ」と考えるだろうか、それとも「そんな強固な堤防は今現在無いし、これからすぐに作ることなんてできないから、まずは自分の”店”や”家”を守ろう」と考え・コンクリ壁を作るということができるだろうか?と考えます。
あなたがもしもこういう状況にいたとしたら、どうするでしょうか。まずは「自分の店や家」の前に「急造のコンクリ壁」を作るでしょうか、それとも、違うことを考えるでしょうか。
ところで、3月11日以降から今現在に至る日本について考えてみれば、「あなたがもしもこういう状況にいたとしたら」という仮定文はもしかしたら不要だったかもしれません。洪水から避難をしている人と同じように、洪水ではない「違うものからの避難」をしている人も日本にはいます。また、川から流れ出す水ならぬ、どこかから流れ出した「何か」への守りを築こうとしている人もいるようです。
あなたがもしもこういう状況にいたとしたら、どうするでしょう。セブンイレブンのコンクリ壁をまたぎ登りつつ、「自分ならどうするだろう?」と考えます。
2012-03-03[n年前へ]
■正しい判断をしない「みんな」はいつも「バブル」を繰り返す。
3月になりました。昼と夜を365回繰り返すと、地球は太陽の周りを一回りして、また同じ季節がやってきます。
そんな、もうすぐ春が来るはずの3月3日の「n年前へ」は『「バブルは繰り返す」と「学者の態度」』『「自然の力」と「人間の力」』などです。
洪水や地震や津波や噴火・・・といったさまざまを起こす自然の力が強いように、弱い人間もやはりそれでも強い、と私は思います。
そう願いながら、酷い状況の景色だけでなく、とても綺麗だったニューオーリンズの写真を同時に眺めたくなりました。だから、今日はこんな写真を飾ってみました。…人が祈る、ただそんな姿です。
「分数もできない大学生」のような"みんな"が行う判断は正しいと思いますか?
分数ができても、みんなが正しい判断をするとは言えない。金融工学がいかに進もうと、バブルは繰り返す。