hirax.net::Keywords::「関西弁」のブログ



2007-08-25[n年前へ]

技術エトセトラ  share on Tumblr 

 海辺を走ると、湿度は高いけれど、温度が低い風が吹いている。

 (半ば強引に)「寄贈してもらった」キューブPCにサーバ環境をセットアップして、rake migrateすると、コア温度が高くならないのがうれしい。いつも使っているノートPCでは、WAITをかけずにCPUを回すと、すぐにアッチッチになって、リブートしてしまっていた。

 最初、「良いところ」に目が向く。「良いところ」を拾い上げ大きくする。 ところが、しばらくすると「悪いところ」だけを眺め続ける作業が続く。
 前者も、そして、後者も、新技術が普及していくためには必要な過程なのだと思う。
 とてもシンプルに「手を動かしている人が一番エライというのが、技術の世界の素朴で素晴らしいところでもある思っている。
 関東弁の「偉い」だけでなく、関西弁の「えらい」の意味も加えて。

2008-01-23[n年前へ]

落語の「人情噺」にオチ(サゲ)がない理由  share on Tumblr 

 落語の原名である「落とし噺」に「オチ」がある一方、落語の「人情噺」は多くの場合、オチ(サゲ)がない。その理由を「落語の言語学」(野村雅昭 平凡社選書)はこう書く。

 人情噺の終わりでは、(中略)聞き手はほっとする。それが全部作りごとだったとしても、聴衆はそれが事実であることを信じたいのであり、わざわざ種明かしされることを望みをしない。

 NHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」が、「立ち切れ線香」に入った。立ち切れ線香は人情噺だけれど、これ以上ないくらい悲しく、複雑であると同時に短く澄んだオチで、日常に戻る。

「わしの好きな唄、何で終いまで弾いてくれんのやろ?」
「もうなんぼ言うたかて、小糸、三味線弾かしません」
「何でやねん?」

「お仏壇の線香が、ちょうど立ち切りました」
 「三味線弾かしません」言葉を、「芸者としてさまざまなものに縛られているから、三味線を(弾きたいけれど)弾けない」と聞いても良いし、日本語の「可能・受身・自発」は繋がっていて、決して分けることができない同一のものだ、とする聞き方もあるだろう。「線香が、立ち切りました」と繋がるというオチ、その関西弁を眺め直してみても、また深く感じることができる。たくさんの混じり合っているものを、味わいのもよい。

2008-01-30[n年前へ]

「ひかへん」v.s.「ひけへん」アンケート  share on Tumblr 

 「立ち切れ線香」の「三味線弾かしません」のニュアンスをどんな感じに聞くかを知りたくなって、アンケートをしてみた。聞いてみたのは大阪人1人と京都人2人、答えは少しづつ違うけれど、やっぱり、似たような結果でもあった。下に貼り付けたのが、その3人のアンケート結果だ。「ひけへん」は「不可能な事実(と表裏一体の残念さ)」で「ひかへん」は「意思と事実が混じり合ったようす」だ。

「わしの好きな唄、何で終いまで弾いてくれんのやろ?」
「もうなんぼ言うたかて、小糸、三味線弾かしません」

 こんなアンケート結果を目にすると、「立ち切れ線香」には「三味線弾かしません」こそがピタリとはまるように見えてくる。朱色と藍色が複雑に混じり合う夕暮れの空のように、事実と意思が複雑に混じりあった言葉で、緞帳が下ろされる方がふさわしいような気がしてくる。

たくさんの混じり合っているものを、味わいのもよい。

ひかへん」v.s.「ひけへん」ひかへん」v.s.「ひけへん」ひかへん」v.s.「ひけへん」






2008-02-29[n年前へ]

なんで関西弁の「松本くん」だけが特別なんだろう?  share on Tumblr 

 京都で過ごしていた頃、時折不思議に感じたのが「なんで松本くんだけが特別なんだろう?」ということだった。中本くんも、川本くんも、どんな「×本くん」もみんなアクセントはフラットであるか、あるいは、前の「中」や「川」にアクセントがついているように聞こえた。どの「×本くん」も、FlatかFalling なイントネーションであるように感じた。つまり、中川や「中」や「川」が強く、あるいはその音だけが高く、その後に続く「本」はそこにただ添えられるだけの音のように聞こえたように思う。

「松本くん、途中まで乗っけていくわ」
      ウルフル・ケイスケ

 けれど、なぜだか「松本くん」だけは違うように聞こえ、それがいつも不思議だった。関西弁の「松本くん」の「本(もと)」はとても強く・大きく、「松」という音の方はむしろ聞こえないくらい小さな音として耳元を通り過ぎるように聞こえた。「松本くん」をネイティブ風に言いたかったら「もとくん」と言った方がそれらしい、というくらいである。本当に、関西弁の「松本くん」だけが、特別なアクセントを持つ名前に聞こえたのだった。

 『松本くんの曲もういいわ』って俺を捨てない限りは、俺はウルフルズで好きなことを最大限にやりたい。
   トータス松本

 さらに、色々聞いてみたわかったことが「松本くん」と「松本さん」のイントネーション・アクセントが違う、ということだった。「松本くん」のアクセントは「本」にあるけれど、「松本さん」のアクセントはフラットで、あえていうならアクセントは「さん」にある。(他の地域でもきっとあることのように)関西弁では、呼び手と呼ばれ手の関係で「くん」や「さん」という敬称が変わり、そしてそれだけでなく、名前自体のアクセント・イントネーションすら変わる。そんなルールが関西弁にはある。敬称だけでなく名前のアクセントすら変わる感覚が、確かにある。

 そんな耳に染み付くアクセントやルール、そんなものを思い浮かべながら色んな言葉を聞くと良い、と思う。

「(ジョン・B・チョッパーからもサンコンJrからも)
 僕は松本くんなんですよ」
   トータス松本



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