hirax.net::Keywords::「オチ」のブログ



2002-02-21[n年前へ]

今日のありがとうございます。 

 なるほど、のご意見を頂いたのでここでもお礼を。
> ただ数学的に単に「定数だ」という主張はわからないでもない
> ですが、kという記号は普通はバネ定数力/距離に使います
> から、コンプライアンス距離/力に使われると少し違和感
> があります。例えば数式の中で周期にfという記号が使われて
> たら何となく嫌じゃありません?
 あぁ、確かにそう言われればそうですね。そう言われると、
仰るとおり、何となくイヤですね。確かに、kというアルファベットを
使うのは良くないかもしれないですね。
あの式自体は、話の後半にkを「ヤング率」としてオチをつけたいので
年と比例しないとまずいので、力/距離は使えませんからアルファベットは
yとでも直してしておきます。

 どうも、ありがとうございます。

 ところで、「数学的に単に定数だという(乱暴な)主張」って理学部っぽく
ないですか?もちろん、人によりとても違いはありますが、
そんな私みたいな大雑把な理学部系って多くて、一方そんなことは
あまりない工学部系ってイメージがちょっと湧いたりしたのですが。

2003-04-22[n年前へ]

下ネタ無しで 

 某高等専門学校で一年生を相手に「科学を好きになるような」90分間の授業をするという話が。しかし、「下ネタは困る」という指定アリ…。それだと喋ることがなかったりして…。
 あと、「できるかな?」ネタは基本的に高校上級生から大学生以降の知識前提だったりするし、教育ママゴンもいるしなぁ…。
 いや、もちろん「知識前提」ではないけれど、だけどやっぱり「知識前提」かも…。ヤング率のオチなんて、その前提知識がなけりゃ単なるシモネタになっちゃうし…。いや、あってもそうかもしれないけれど…。
 高校一年生だと中学の知識だけをベースにして話をしなけりゃいけないもんなー。

2004-11-01[n年前へ]

その一秒に何の意味がある? 

私自身は、どんな媒体であれ、速報はメディアの生命線だと思っている。「新聞は速報性より、深く掘り下げた分析記事を載せてほしい」という意見もある。それは大切な指摘だが、起きた出来事を一人でも多くの人に、一秒でも速く届けるという役割を放棄していいことにはならない。  毎日新聞「理系白書」の記者が作るページ
理系白書ブログ (私は決してそう思わないのだが)必ず「新聞」記者達は「一秒でも速く届けるという役割」といったような言葉を言う。もっとも、そう思わない心を持つ記者は「新聞」記者を続けていくことはできなくて、単にそう思うことができる記者だけが「ふるい」に残っているだけかもしれない。

 その一秒に何の意味がある?と私は思う。「競技場で誰かと100m走でもしているのだろうか?」「単に特オチがコワイだけじゃないだろうか?」と感じる。速報がメディアの生命線であるというならば、ずいぶんと細く短い生命線なのだな、とも思う。メディアというのはそんなものを生命線にした、本当にそんなちっぽけなものなのか、私はとても疑問に思う。せめて、「新聞」メディアという世界の中にでも限っていて欲しい、そんな生命線は。

 野次馬根性が通常より旺盛(それはこの種の仕事には必要なことだと思う)な新聞記者達は、自分の中の(通常からの)判断基準のズレを少しばかり意識し続けるべきだと思う。そして、速報の必要がある記事、速報の必要が無い記事、その記事がどういったものなのかを考える義務が記者にはあると私は思う。その義務を放棄していいことにはならない、と思う。
新聞記者は謝らない。プライドが高くて自分の非を絶対に認めない。自分の記事で人が死んで一人前、と思ってる。 「恨ミシュランの真実」 西原理恵子

2005-02-11[n年前へ]

らくがき展覧会 

第一回第二回 第一回第二回に引き続き、第三回目のらくがきボードで展覧会。「らくがき数学の分数教室」も始まっているようです。「らくがきオッパイ星探し」のQAコーナにもなっていた…みたいですね。
 それにしても、上手いものも多いです。ririoなどのマウス運びや、醤油瓶の立体感、そして、doraの構図など少しビックリしました。"The Art"など、描かれていく筆を眺めると「あぁナルホド〜」と思わせるオチがついているものも多いので、順番はあくまで参考にとどめて眺めてみると良いかも。  (遊びに来たらしき「しなもん@渋谷」には良い遊び場が見つかると良いですね…)

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2005-02-20[n年前へ]

「ポール・グレアム論法」 

 オチも素晴らしい高林さんの「ポール・グラハム論法」 それにしても、高林さんの文章は見事なまでに老練。

氏のエッセイを読んで感化された人間は、「ポール・グラハムも言っていた」という一言を自分の主張に加えるという誘惑にかられる。虎の威を借りる作戦である。これをさらに押し進めると、ポール・グラハムが言っていないことでも、ポール・グラハムが言っていたことにするといういかがわしい論法にたどり着く。「100論文は1ハックに如かず、とポール・グラハムが言ってたよ」という具合である。
 



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