hirax.net::Keywords::「株主」のブログ



1999-09-23[n年前へ]

MiosoftはApple株でいくら儲けているか? 

価値観は線形なままで



 ユング心理学では因果関係が無い偶然の一致を「シンクロニシティ(共時性)」と呼ぶ。いろいろ意見の違いもあるだろうが、私は「シンクロニシティ(共時性)」は結局偶然のせいではなく、世の中の流れの要請による必然なのではないかと思うのである。
 と、いきなり訳のわからない話だが、今回の話は「今日の必ずトクする一言」の

と似て非なる話である。まず話は、「今日の必ずトクする一言」のwebmaster氏からメールを頂いたところから始まる。「株価表示グラフで値の軸を対数軸にできないか」、というものである。そこらへんのこと、及び、詳しい考察は「対数軸証券グラフのナゾ」を読んでもらいたい。というわけで、今回の話は残念ながら「シンクロニシティ」ではないのであった。

 ともあれ、webmaster氏のメールのおかげで、株価の値軸が妙に頭に残る最中に、私は「MicrosoftはApple株でいくら儲けているか?」という疑問が沸いて、Appleの株価を見に行ったのである。何しろ、MicrosoftはAppleの大株主である。

最近1年間のAppleComputerの株価変動(左)とアップルコンピュータの株価変動(右)

 一見似ているように思える。しかし、よく見てみると軸が違っている。左のAppleComputerの株価変動は対数軸で表されている。「株価表示グラフで値の軸を対数軸にできないか」という言葉が頭にあったせいで気づいたわけだ。そこで、この違いが新鮮で「今日の必ずトクする一言」のwebmaster氏への返信に至ったわけである。

 それでは、左のAppleComputerの株価変動をリニアな軸に変換してみよう。

対数軸のAppleComputerの株価変動(左)とリニア軸のAppleComputerの株価変動(右)

 印象が全く違う。右の線形軸のグラフは値軸の間隔が等間隔になっているのがわかると思う。それに対して対数軸で表されている右側は上に行くほど間隔が短い。右の線形軸では株価が急激に上昇しているのが実感できる(私は)。株取引的な考察は「対数軸証券グラフのナゾ」の方にあるので、ここでは本題の「MicrosoftはApple株でいくら儲けているか?」に戻る。

 さて、このグラフのようにApple株は急上昇中なわけで、問題の「MicrosoftはApple株でいくら儲けているか?」であるが、97/08/08当時の13ドル前後の株価で一億五千万ドル分のApple株を買っていたとしたら、現在は80ドルくらいであるから、およそ6倍。すなわち、一億五千万ドルから九億ドルになっていることになる。うーん、たまらん。800億円近い差が有る(線形的な発想)。

 さて、最初の疑問はこれで解決したのだが、わが「できるかな?」でも株価の軸の

  • 対数軸
  • 線形軸
の違いについて考えてみたい。いや、株価というよりは価値観と言い換えたほうが良いかもしれない。私は経済オンチである。株価の売買はしたことがない。すると、金銭に関する軸は線形軸が自然なのである。「hogehogeが何倍になった」というのが自然にわかるからである。しかも、単位は100円位なのだ。
 日頃、実験を行っている時などは
「たかだか一桁の変化だろう。」
などと対数軸の感覚に支配されているのであるが、こと経済になると線形軸の感覚に支配されるのである。これは私が貧乏であるからかもしれない。1万円はどんなときも1万円なのである。10万円と11万円の違いも、100万円と101万円の違いも同じなのだ。これが一億円と一億一万円でも同じである。何しろ、そんなお金と無縁なのである。であるから、貧乏な金銭感覚をそのまま線形で延長してしまうのである。「金銭に関する差の感覚」といってもよい。

 これは人によっても違うだろう。私と違うブルジョアジーな人であれば、例えば、車を買うときに

「300万円の車を買うから、30万円のカーナビを一緒に買っても誤差みたいなものだ。」
という人もいると思う。また、「一億円と一億一万円は同じだ」と言うだろう。これなどは経済に関する対数軸の感覚の一種だと思う。この人は「金銭に関する比の感覚」を持つ人である

 さて、こういうことを考えていくと、金持ちの1万円と私の1万円は価値が違うことにいまさらながら気づくのである。私は1万円もらったら大喜びだ。しかし、同じだけビル・ゲイツを喜ばせようと思ったら、九億ドル位は必要だろう。そういうことを考えると、経済社会は実に対数軸である。いや、むしろ世の中が対数軸だと言ったほうが良いだろうか?

 今回の話とやはり似て非なる話がロゲリギストの「第四物理の散歩道」の「理解の形式」に述べられているので、興味の有る方は読むと面白いと思う。

 さてさて、同じ題材をとってみても経済オンチの私が作る「できるかな?」は「「対数軸株価グラフのナゾ」」とは違い、ずいぶんと変な話になってしまったようである。しかし、それが個性というもの。みんなが同じではつまらない。

ともあれ、価値観に対する評価軸は線形軸の方が良い、と思う私であった。

2006-09-08[n年前へ]

「会社は誰のものか」と「効率重視」 

富士ゼロックス 企業広報誌GRAPHICATION 経済学インタビューをしていく中で、何回か「会社は誰のものなのでしょうか?」という質問をしました。いくつもの答えを聞きながら、私は「会社は株主のものなのかなぁ…」と感じていたのです。しかし、GRAPHICATION(グラフィケーション) No.146「特集:企業社会は今」を読み、その感覚や認識が変化したのです。

 それは、その特集中にあった、佐藤俊樹氏の「会社人間をこえて」や奥村宏氏の「もっと株式会社について考えよう」などを読んだからです。

 もし自分の犬が他人を噛んだら、所有者は相手の被害を償わなければならない。自分のものである以上、管理する責任があるからだ。所有するというのは、そういうことでもある。 ところが、会社法人が誰かに被害をあたえても、株主には賠償責任はない。…責任はとらないが自分のもの、なんて虫のいい話は資本主義の世界にはない。

佐藤俊樹 「会社人間をこえて」
 会社が株主のものなら、公害事件などさまざまな不祥事の責任は株主がとるべきなのに、誰もとっていないでしょう?…株主は、会社が倒産すれば株がただの紙切れになるだけで、それ以上の責任は持たされていないんです。 だから、会社が株主のものだという議論は矛盾しているわけです。 株式会社制度がスタートしたとき一番問題になったのは、会社が潰れたとき誰が責任をとるのかということです。

奥村宏「もっと株式会社について考えよう」
 この「自分のものである以上、管理する責任があるからだ。所有するというのは、そういうことでもある」といった言葉などを読みながら、「会社は株主のもの」という納得がしづらくなった…というわけです。

富士ゼロックス GRAPHICATIONinside out (hirax.net) ところで、経済学インタビューをするきっかけ自体がGRAPHICATION(グラフィケーション) の「特集:働き方を考える」中で書かれていた、「この世は不公平なものだが、それぞれが努力すればそれに見合ったものをみんなが得られるようになる社会をどうすれば実現できるだろう?ということを愚直なまでに考えるのが経済学だ」という石川経夫の言葉でした。前にも書きましたが、この雑誌は無料で購読することができます。また、購読申し込みをするとバックナンバーも送られてきたりしますから、購読していないという人は定期購読申し込みをしてみるのも良いと思います。実に質の高い記事を無料で読むことができる、という希少な雑誌です。



■Powered by yagm.net