2002-02-28[n年前へ]
■二分少しの過去と未来
Below the horizons
「今日見た景色」を撮るようになって一年ほど過ぎた。「その日」眺めた目の前の景色をデジカメで切り取ってスクラップしてきた。ふと、その「今日見た景色」を眺めてみると、水平線近くの朝日や夕日を眺めた写真が多いことに気づいた。
海沿いの街に住んでいて、日の出とともにゴソゴソと動き出す生活をしているのだから、それは当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。だけど、「水平線や地平線」越しの太陽」に惹かれるのはきっとそれだけではないと思う。だから、これまでも「二人で同じ流れ星を見るための地平線」、「地平線まで辿り着く時間」、そして「水平線の彼方」や何かを、色々と考えてみたりしたのだろう。
そういえば、少し前に太陽の見え方をちょっと計算したり、調べたりしていた。その中で、地球の大気のせいで、太陽光が水平線近くで屈折する効果、大気差、の大きさを眺めていたると、角度にして35分弱となっていた。地上から眺める時の太陽の大きさとほぼ同じだ。
ということは、地球に大気があるがために地平線の下、目で眺める太陽一個分の大きさだけ地平線の下、の太陽を私たちは眺めることができる。私たちが朝日を眺めているときは、実はまだ地平線の下にいるはず(もし大気が無ければ)の太陽を眺めていて、夕日を眺めるときはもうすでに地平線の下に沈んでしまったはずの太陽を眺めていることになる。
目で眺める太陽一個分の大きさというと、時間にすると130秒位だ。だから、私たちは地球が大気で包まれているがために、二分少し後の未来に見えるはずの朝日や、二分少し前に見えたはずの過去の夕日を眺めている。
「手の届かない世界と届く世界との境界線」の代名詞としてもよく使われる「水平線」や、「見えない世界と見わたせる世界との境界線」そのものの「地平線」も、実はその向こうの風景を「二分少しぶん」だけならかいま見ることができるなんて、とても面白い。そして、ふと気づいてみれば、いつも眺めてきた「今日見た景色」だって、時にはそんな「二分少しの過去と未来」だったりするのかもしれないな、と思う。
2003-04-05[n年前へ]
■過去と未来の境界線
もうすぐ鉄腕アトムの誕生日2003年4月7日だ。50年近く夢の未来だったアトムの誕生日は、もうすぐに「過去の未来」になる。
そういえば、アトムが動き回っていた「過去の未来」は「機械」と「人間」が共存しようとする世界だったけれど、そんな二つの面が共存する世界はとても面白い。それは時には「機械」と「人間」であるかもしれないし、「強さ」と「弱さ」であるかもしれないし、「悪」と「善」であるかもしれない。あるいは、また「死」と「生」であるかもしれない。そして、その二つの面の接点には、いつも「科学の子」アトムがいる。
そういえば、私たちはいつだって、過去と未来という二つの面の接点にいる。過去と未来の狭間にいつだって私たちは立っている。少しだけでも後ろを振り返ってみれば、そこは過去の世界だし、足下の先に見える世界は全部未来の世界だ。私たちは、過去と未来の境界線を歩き、そしてその境界線を描き続けている。それでも、それでも鉄腕アトムの誕生日に辿り着いて、その日を「過去の未来」にしていくというのはやはり少し感慨深いのだ。
2004-05-12[n年前へ]
■Tech総研「未来の可視化」編
「思いこみパワーで未来が見える」ニュースの中から、今日は「未来の可視化」に関するニュースがTech総研で公開です。いえ、実際には「過去と未来と現在の可視化」の三つのニュースです。過去を眺め、未来を眺め、そしてその境界にいる今現在を可視化して眺めてみるニュースです。色んな道具を使って可視化された過去・現在・未来を眺めて、何かを、例えば良し悪しでも考えてみることにしましょうか。あるいは、考え無しにただ眺めてみるのも良いかもしれませんね。
ちなみに、男性の場合には、マイクロスコープで自分の毛根を可視化したりしてはイケマセン。哀しい現実が見えて、さらに暗い未来が想像されてしまうので、気分が滅入ること間違いなしです。
2005-02-02[n年前へ]
■未来と過去のNEWS
ニュース - NEWS - という割に、過去を振り返ることが多いような「過去と未来の4つのニュース」が公開されています。ふと思うのは、案外「過去から繋がるNEWS」というものはとても自然なものかもしれない、ということです。過去も未来も、結局はメビウスの輪みたいなものかもしれませんし、ということは案外振り返った過去は未来に繋がっているのかもしれませんし…、というわけで色んな20年の4つのニュース、です。
2006-04-05[n年前へ]
■「過去と未来の境界線」
from n年前へ.
もうすぐ鉄腕アトムの誕生日2003年4月7日だ。50年近く夢の未来だったアトムの誕生日は、もうすぐに「過去の未来」になる。 そういえば、私たちはいつだって、過去と未来という二つの面の接点にいる。過去と未来の狭間にいつだって私たちは立っている。少しだけでも後ろを振り返ってみれば、そこは過去の世界だし、足下の先に見える世界は全部未来の世界だ。