2008-01-20[n年前へ]
■「海」と「椅子」
冬の田舎の海沿いには、こどもと中国人しかいない。春から秋までの間は、こどもと中国人に加えて、カップルと年老いた人たちもいる。
田舎道では、色んな「椅子」がそこらかしこに置いてある。寒くない季節には、年をとった人たちが、いつもその椅子に座り、目の前の景色をずっと眺めている。中学生や中国人が、自転車に乗って、椅子の前を風のように通り過ぎていく。
空から地上を照らす太陽は一時間に15度ほど動く。太陽が地面に形作る影は、正確な日時計となって、ただただ流れる時間を示している。
椅子の前を、自転車に乗った人や、木々や、防波堤の影だけが動いていく。
2008-05-30[n年前へ]
■RADWIMPS オーダーメイド
きっと僕は尋ねられたんだろう。生まれる前、どこかの誰かに。
「未来と過去、どちらか一つを見れるようにしてあげるからさ。どっちがいい?」
「そういえば、最後にもう一つだけ。”涙”もオプションで付けようか?無くても全然支障はないけれど。面倒だからってつけない人もいるよ。どうする?」
2010-05-01[n年前へ]
■それが見たくて、いつもポッケにアメをいくつもつめる
西原理恵子の「毎日かあさん4 出戻り編 」から。
途上国のストリートチルドレンたちは、お金をあげても、親にとられてしまうので、まるで表情がない。
けれど、お菓子をあげると笑う。こどもの顔で笑う。
私はそれが見たくて、いつもポッケにアメをいくつもつめる。
2010-05-04[n年前へ]
■テキ屋のクジに一等賞は入っていない!?
学生時代、「みやげもの販売」というバイトをした。もう今の時代にはないだろう、アルバイト雑誌に載っていた「みやげもの販売」という求人情報を見て、電話すると「すぐ来てくれ」と言う。喜び勇んで、電話で教えられた住所に行った。すると、そこは大きめの普通の家だった。しかし、家の中に入ると広めの和室の壁には、「○×組」という提灯が並んでいる。その家は、普通の名前も持っているけれど、「○×組」という名前も同時に装備しているらしかった。そういえば、玄関に変な看板があったことを思い出し、家を出るときに確認してみると、そこには確かに「○×組」と小さく書いてあった。
「みやげもの販売」といっても、決して名産お土産を売るわけでなく、お祭りが開かれている場所で「くじ」や「綿菓子」や「金魚(スーパーボール)すくい」といった「みやげもの」を販売する店だ、ということがわかった。つまり、そこはいわゆるテキ屋業を営んでいたのである。
できるなら、このバイトには採用されたくないな・辞退したいな…という気持ちとは裏腹に、「じゃぁ、明日から来てね」と「姐さん」に言われ、次の日から色々な街で開かれている「お祭り」会場に行くことになった。そして、テキ屋の店員として、夏の間中、働くことになった。それは結構ツラく、そして楽しい毎日だった。
楽しかったのは、何だか祭りという特殊な場所で時間を過ごすことができる感覚や、こどもたちが祭りの中で興奮して楽しくしているさまを見ることができるからだった。そして、ツラかったのは、たとえば、たとえば、「くじ」の担当になった時だった。「くじ」の中には、そもそも一等賞のあたりくじなんか入っていなかったし、「二等賞や三等賞が当たったとしても、適当にごまかして絶対に景品は渡すなよ」ということを、姐さんや氣志團の綾小路翔みたいな実にハンサムな(バイトではない)常勤の先輩に強く言い渡されていたからだ。はずれくじを握って残念そうな顔をするこどもを前に、その一等賞の箱の中には何も入っていないんだよ、ということを考えるのは何だか切なかった。
結局、こどもの笑い顔を見るのはとても楽しく、こどもの泣き顔を目の前にすると少し辛かった。…その楽しさと辛さで差引き計算をしてみたら、やはり、昔のことだと思えば、「楽しかった」ということになるのだろうか。
2011-12-22[n年前へ]
■サンタが街にやってくる(2011年版)
10年前に書いた文章をもとに、キャンパスに通っているくらいの人向けに(いやちょっと無理があるか)、難しいところは割愛しつつ書き直しました。「サンタが街にやってくる」
ひとりのこどもが世界のどこかに現れたとき、どこかのこどもがサンタに変わります。…こどもの声に呼ばれ、サンタへと姿を変えていきます。そして、姿を変えさせたこどもの顔を見た時、世界には確かに本当にサンタがいたということに気づくのです。