2006-01-29[n年前へ]
■「(16才の頃)知っておきたかったこと」と「11ぴきのネコ」
from n年前へ. 高校時代のことや高校時代に(同級生として)眺めた人を、ある年の今日思い出す。そして、その次の年の同じ日に、その同級生が訳した文章を読む。
それは二十年近く前のこと。演劇部の上演会を観に行ったのだった。
それにしても…、「自分は二十年の間に何もできなかったなぁ」とつくづく思う。そしてさらに、「人生の到達点はそれまでの積分なんだから、同じアドバイスがどの時点でも有効なはずだ」という彼の言葉を、もう一度舞台の下から聴いてみる。
人生の到達点はそれまでの積分なんだから、同じアドバイスがどの時点でも有効なはずだ。
やりたいことはたくさんある。それなら、絶対後悔しないから、貪欲に、遠慮せずにやればいい。
2006-03-05[n年前へ]
■「一番手」と「日常の歌」
from n年前へ.
魔夜峰央が長く続くのは、最前列(近く)にいたけれど一番手には一度も立ってないからだよね。一番手を続けていたら、なかなか十年は持たないからね。
僕は偉そうに人に意見する人がすごくイヤなんです。…だから、なんかの主張をがなりたてるよりも、普通の人たちの日常を歌にする方がいいと思うようになった。
2006-04-14[n年前へ]
■ソンクラーン
本当に子供が多いよねえ、子供が多いということは、未来に希望が持てたということですよね。
川本三郎
〜木村井兵衛の13万コマ〜蘇る昭和の記憶
そういえば、私たちは昭和四十年代以降、町なかや、路地のそこここで子供たちの喚声をついぞ聞かなくなった。町から子供たちを消して一体、私たちは何を獲得したというのだろう。間違いなく人々は今未来を見失っている。 清野徹 「ドッキリTV語録」
2006-05-18[n年前へ]
■幸せと人生の意味
今日のn年前へは「"幸せ"をはかる定規」なんてどこにも存在しない、「物差し」では計れない、などです。
十一月の晴天の空の下、わたしは自分の指を踏んだ。失くしたのは、左手のクスリ指。そこは、目で見ることができる女のコの"幸せ"が象徴されている場所だ 。 その日から、もうすぐ十年になる。
色んなものを眺めると、色んな「物差し」をあてたくなる。自然と色んな基準で判断したり、色んな値踏みや値付けをしてみたくなる。けれども、ふとこの一節も思い出す。
…幸や不幸はもういいどちらにも等しく価値がある人生には明らかに意味がある
2006-09-20[n年前へ]
■「広重とゴッホ」「昨日と今日」
from n年前へ.
広重「名所江戸百景 大はし阿たけの夕立」から、三十年の時を経て、ゴッホが"Bridge in the Rain (after Hiroshige)"を 描く。その二枚の絵を同時に眺めることができる動画を作ってみた。 三十年の時間の違いも、江戸とパリの遠い距離も、モーフィングのアニメーションGIFではほんの一秒になる。
カムチャツカの若者がきりんの夢をみているときメキシコの娘は朝もやの中でバスを待っている
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