2001-05-18[n年前へ]
■今日の日本語講座 視点はどっちだ!?
「思い浮かべる」 近く経験するはずの事について、その情景を想像する。
「思い出す」 何かがきっかけになって、以前にそういう出来事があった(経験をした)なぁと、(感慨を込めて)回顧する。
もちろん、こういう時は新明解より。というわけで、ほんの数文字の似たような言葉ですけれど、どういう言葉を選んでいくかを考えると、あるいは、他の人がその言葉を選んでいった理由などを考えると、それはそれはとても奥深いものですね。
2003-05-18[n年前へ]
■PC使い物にならず…
PCの調子がもう最悪。いや、実際のところ最悪どころじゃなくて、何か一つ作業をするとシェルが落ちる。「アイコンを動かそうとしたり」「何かのソフトがファイルアクセスをしたり」とにかく、エクスプローラが落ちまくる。もう本当に一つの作業毎に落ちまくる。黙っていても落ちまくる。
とはいえ、ディスクエラーが起きていないせいか、どうもすぐに直そうという気になれないし、交換用ディスクもない現状では実際直すのはちょっと怖い。それにいれ直す時間もない。困った…。
2004-05-18[n年前へ]
■「物差し」では計れない
先日、発表資料を作りながら業田良家の「自虐の詩」の一節を思い浮かべていた。頭の中で、その中の言葉を色んな言葉で入れ替えながら、その一節を思い浮かべてみた。善や悪、美しさや醜さ、賢さや愚かさ、あるいは強と弱、いろんな「物差し」をその一節に差し込んでみた。
色んなものを眺めると、色んな「物差し」をあてたくなる。自然と色んな基準で判断したり、色んな値踏みや値付けをしてみたくなる。けれども、ふとこの一節も思い出す。この一節の中の言葉を、「幸」や「不幸」や「人生」といった色んな言葉で入れ替えて、色んなことを考える。
そして、入れ替えたそれらの言葉を元の言葉に戻した後に、もう一度だけ元の文章を読んでみる。
私たちは泣き叫んだり立ちすくんだり…でもそれが幸や不幸ではかれるものでしょうかこの世には幸も不幸もないのかもしれません人生には意味があるだけですこの人生を二度と幸や不幸ではかりません「…幸や不幸はもういい」「どちらにも等しく価値がある」「人生には明らかに意味がある」 業田良家 「自虐の詩」
■シャノンのジャグリング定理
「お手玉芸」のジャグリング、それに情報理論の父シャノンが深く関わっていたという「シャノンのジャグリング定理」 「ジャグリング史の研究」も参考にするととても楽しめる。
■たくさんのいるはずの、だけど数の少ない「のび太」たち
たくさんのいるはずの、だけど数の少ない「のび太」たち. from HaLのメモ
■「"幸せ"をはかる定規」なんてどこにも存在しない
「"幸せ"をはかる定規」なんてどこにも存在しない。失くしたのは、左手のクスリ指。そこは、目で見ることができる女のコの"幸せ"が象徴されている場所だ。
十一月の晴天の空の下、わたしは自分の指を踏んだ。その日から、もうすぐ十年になる。
2005-05-18[n年前へ]
■簡単ネクタイ
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ネクタイをたま〜に着ける。そんな時に便利そうな、簡単ネクタイ「英国式スマートネクタイ」の広告を見た。一つ買ってみようかな。何て言ったって、「英国式スマートネクタイ」なんだもの。これで、働く男の魅力が手に入る…かも。
2006-05-18[n年前へ]
■新大阪のホテル
去年の今頃、 新大阪に泊まって、「マーシャル・マクルーハンの言葉やアラン・ケイの言葉にまつわる話」を聞いていた。今年も聴きに行きたかったのだけれど、その時間を作ることができず、代わりに後輩に行ってもらうことにした。
「新大阪でいいホテルはないですか?」と後輩に聞かれ、去年泊まったホテルを進めた。一回にはコンビニがあるし、地下は居酒屋だし、安い割に部屋は広くて、高速インターネットもある…という具合で実に最高のホテルだったからだ。私は「絶対、あのホテルに泊まるといいよ。間違いないね」と薦めて仕事に戻った。しばらくすると、後輩が私を呼んで、黙ってPCの画面を指さしている。 ん?と思って眺めてみると、こんなページを眺めていた。…そう、私が泊まったヴィアイン新大阪ウエストは耐震強度偽装物件だったらしい。なるほどねぇ…。安い割に部屋は広くて、便利だったんだけれど…。なるほどねぇ…。うぅ。
■幸せと人生の意味
今日のn年前へは「"幸せ"をはかる定規」なんてどこにも存在しない、「物差し」では計れない、などです。
十一月の晴天の空の下、わたしは自分の指を踏んだ。失くしたのは、左手のクスリ指。そこは、目で見ることができる女のコの"幸せ"が象徴されている場所だ 。 その日から、もうすぐ十年になる。
色んなものを眺めると、色んな「物差し」をあてたくなる。自然と色んな基準で判断したり、色んな値踏みや値付けをしてみたくなる。けれども、ふとこの一節も思い出す。
…幸や不幸はもういいどちらにも等しく価値がある人生には明らかに意味がある
2008-05-18[n年前へ]
■ブラジャーが透けない「モカ茶のヌードライナー」と「シャツの色」
「ブラジャーはシャツの色と同系色でないと透けて見えてしまう」と聞いたことがある。「ブラジャーを着けている部分(A)と着けていない部分(B)に色の差があると、シャツの上からブラジャーが識別できる」ということを「透けて見える」というのだろうか。だとすれば、確かに、ブラジャーとシャツが同系色であればAとBの色差が小さいために、ブラジャーが識別できない=透けて見えることはない、ということになる。
青山まりの「ブラの本。」を読み直していると、こんなことが書いてあった。
どんなにカラフルな色のブラジャーを着けても、その上にモカ茶のヌードライナーを着れば、表に透けません。なぜ、「モカ茶」のヌードライナー(スリップ)の下のブラジャーは見えづらいのだろう? それは一体なぜだろうか。
青山まり 「ブラの本。」 p.121
モカ茶はこんな色(Spectrum Color Conversion)である。RGBで表現して見ると、RGB = (1.0,0.3,0.3) * 255という感じだろうか。モカ茶色のヌードライナーの下に、たとえば赤い色RGB = (1.0,0,0) * 255のブラジャーを着けた場合の色を、大雑把に単純に近似すると( a*(1.0,0.3,0.3) +(1-a)^2 * (1.0,0.3,0.3) × (1.0,0,0) ) *255 という具合になりそうだ。ここで、aやbはヌードライナー(スリップ)が(その内側を隠す割合を示す)隠蔽率・着色度を示す係数である。端的に言えば、aはヌードライナー中での光散乱を示す係数だ。
この式を眺めて見ると、まず、モカ茶色のヌードライナーの下の赤い色や黄色い色のブラジャーは識別できそうにないことがわかる。それは、モカ茶色に緑色や青色の成分がそのそも少ないために、ブラジャー中の赤色光の量が小さくない限り(上記式による)外から見た色は大差なくなってしまうからである。
では、青色のブラや緑色のブラならどうだろうか。適当な値を入れて見ると、たとえばこんな感じになる。
色の違いは微妙で「ブラが透けて見えない」とも言えそうでもあるし、「微妙にブラが透けて見える」とも見える。結局のところ、よくわからない、としか言いようがない。定量的なデータが入手できた時にでも、「モカ茶のヌードライナー」と「シャツの色」と「ブラの色」の「見え方」について、真面目にシミュレーションでもしてみることにしようか。







