2003-03-23[n年前へ]
■「湯冷め」を防ぐ「上がり湯」のヒミツ!?
手の冷たい女は心が温かい?
大学に入学してすぐの頃、京都のホテルで清掃・ベッドメイクのアルバイトをしていた。しかし、京都のホテルとは言っても、それは決して京都ホテルでもなければ、都ホテルでもなかった。まず、ホテルの駐車場の入り口には何故かビニールの「暖簾」がかかっており、京都にある割にはまるで白雪姫が眠っていそうなメルヘンチックな作りの建物で、そしてその値段設定も休憩一時間2980円~というまるでユニクロのようなディスカウント価格設定で、一泊二万五千円~というような京都の由緒あるホテルなどとはまるで別世界の「ホテル」だったのである。もう少し正確に言うならば、ワタシがバイトをしていたのは単に京都インター・チェインジ近くにあるホテルだったのである。つまり、結局のところワタシは京都I.C.のラブホテルで清掃のバイトをしていたのだった。
そのバイトは「昼の一時から夜の一時まで」という十二時間労働で時給千円=トータル一万二千円ナリで、労働時間は決して短くはないけれど、単純作業で1日で一万円を超える収入は学生にはとても魅力的だった。だから、喜んで下宿から自転車で一時間程かけて京都I.C.のラブホテルまで行って、情けなくも自転車でホテル入り口のビニールの「暖簾」をくぐり、ホテルの中で十二時間ほど汗を流した後に(もちろん仕事に、だ)、帰りもまた自転車で一時間かかって下宿まで帰っていたのである。そして、ホテルへの客の入りが悪かったりした時には、そのホテルの空き部屋でシャワーを浴びて帰ったりもした。とはいっても、京都の夜は本当に底冷えするので、下宿に向かって自転車を一時間も漕いでいる間に湯冷めしてしまって、骨の芯まで(自転車でラブホテル街を出るときには何故か心までも)冷えてしまったりするのである。
そんな湯冷めしそうな寒い日には、一緒に働いていた同僚のおばちゃん達から必ずと言って良いほど
「湯冷めしないように上がり湯をちゃんとしていきなさい」と言われていたのである。上がり湯というものを知らない無知な私に、おばちゃん達は
「シャワーを浴びてお湯で体が温まったら、その後ちゃんと水を浴びなさい」と言い続けたのである。しかし、中途半端に理屈っぽいワタシは「体を温めるのに、何で冷水を浴びなあかんねん(ホントは関西弁じゃないけど)」「冷水なんか浴びたら、ますます体が冷えるっつーねん」 と(心の中でコッソリ思いながら)、上がり湯を浴びずに「上がり湯するとホンマ体が冷えませんなぁ」とウソをつきながら、そのまま下宿まで自転車をこぎ続け、そして帰宅する頃にはいつもワタシは骨と心の芯まで湯冷めしていたのであった。そして、自転車を漕ぎながら、ガチガチ震えつつ時折は「もしかしたらおばちゃん達の言っていることはホントなのかもしれん…?」と考え込んでみたりしたのである。
「体が冷えないように、最後に水を浴びなさい」
しかし、そんな「冷水なんか浴びたら、ますます体が冷えるっつーねん」 と毒づいていた頃のワタシは、無知だったので「もしかしたらおばちゃん達の言っていることはホントなのかもしれん…?」と考え込んでみたりしてもそれを確認することができなかった。しかし、その後、ワタシは大学で熱伝導方程式などを学び、卒業のために家政学の単位を稼がなければならなかったので、今ではおばちゃん達の「上がり湯をすれば湯冷めしない」説の真偽を科学的に計算できるようになったのである。そこで、今回は試しに、下のように指先を単純化して、「お風呂に入った後、冷えていく様子」を計算してみることにした。
下の図は指先の断面で(そうは見えないかもしれないが)、(白 = 空気、黄色= 脂肪、橙 = 筋肉、灰色 = 骨)というようにモデル化されており、筋肉と脂肪の中は不図示の血管が通っている。そして、骨・筋肉・血管・脂肪の密度はそれぞれ1300,1150,1055,920 [kg/a]、比熱はそれぞれ2.1, 3.8, 3.8, 2.5[J/kg K]、熱伝導率はそれぞれ8.2, 1.6, 1.7,0.7 [W/m K]という物性値を持っている。そして、体内の熱移動は熱拡散と、血液の移動による直接熱移動によって行われるものとしてみて、指先の熱移動のシミュレーションをしてみることにしよう。。
黄色 = 脂肪 橙 = 筋肉 灰色 = 骨 |
さて、とりあえず風呂にゆっくり入って、体をホカホカ温めて(上の図の)指の骨の芯まで38℃位に温めたとしよう。そして、アマノジャクなワタシが「上がり湯」を浴びずに、その真っ赤にアッチッチになったホカホカ体のまま自転車に乗って、指先が周囲の京都の10℃の冷たい空気で冷えていくシミュレーションをしてみる。
すると、例えば指の皮膚表面と骨の中心の温度の時間的な変化のシミュレーション結果は下のようなグラフになる。皮膚の表面の温度は冷たい風に冷やされて徐々に温度が下がり、計算終了時には指の皮膚表面の温度は35℃程度になっている。そして、それにつれて指の骨の中心の温度も下がっていく。最初は温度が38℃だった骨の芯も、計算終了時には36℃程度にまで下がってしまっている。そう、かつてのワタシのように京都の寒さに「湯冷め」してしまい、確かに体の芯まで冷えてしまっているのである。
じゃぁ、素直におばちゃん達の言うことを聞いて上がり湯をしたらどうなるだろうか?まず、冷たい水(上がり湯)を浴びたならば体がビックリして血管が収縮してしまう。だから、血液の移動による直接熱移動の分を例えばゼロにしてしまうことにしよう。すると、「上がり湯」を浴びた場合の皮膚表面と骨の中心の温度の時間的な変化は下のグラフのようになる。
指先の血管が収縮して、指先の血行が悪くなっている分、どんどん指先の皮膚表面の温度は下がってしまっている。計算終了時には何と30℃程度まで下がってしまっている。上がり湯を浴びなかった場合より、よっぽど指先の温度は冷たいのである。これでは、かなり冷たそうで辛そうである。やっぱり、おばちゃん達の言っていることは間違っていて、かつてのワタシが「冷水なんか浴びたら、ますます体が冷えるっつーねん」 と考えたのが正しかったのだろうか?いや、決してそういうわけではないのである。何しろ、この上の図をよく見てみれば、指の骨の芯はまだまだホカホカの38℃であることが判る。何と、体の芯はまだ冷えていないのだ。
そこで、もっと詳しく計算終了時の「指先の断面の温度分布」を眺めてみることにしよう。それが下の図である。
アマノジャクに上がり湯を浴びなかった場合は、指先が一様に冷えてしまっているのに対し、素直に上がり湯を浴びた場合には皮膚表面の温度は下がってしまっているが、冷えているのは指の表面近くの脂肪の部分だけで、筋肉も含めた指の芯は以前ホカホカ・アッチッチのままなのである。脂肪は筋肉に対して熱を伝えにくいので、表面の脂肪部分が冷たくても、その内部はずっとアッチッチのままなのである。
つまり、上がり湯を浴びた場合と浴びない場合では、
- 上がり湯を浴びないと、(比較すれば)指先は暖かいけど指の芯は冷たい
- 上がり湯を浴びると、(比較すれば)指先は冷たいけど指の芯は暖かい
ところで、昔から伝わる知恵や諺をバカにしてはイケナイと言えば、ワタシはふと思うのである。「手の冷たい女は心が温かい」という迷信と思われがちな諺だって、実はとても物理的に正しいことを言っているのでは無いだろうか?素直にこの「手の冷たい女は心が温かい」という文言を読んでみれば、これは「手(体の表面)の冷たい女は心(体の芯)が温かい」という人体内部の熱伝導現象を的確に表現した実験結果であったように読めるに違いないのである。血行不良で冷え性(といっても実は表面だけが冷えている)な女性、しかも男性と比較した場合には脂肪が多い(つまり断熱材を体に巻いているのと同じ)女性は、
- 手の表面は冷たいけれども、実は体の芯(=心)は暖かいのだ
このトンデモ説を踏まえ、これから女性の手を握りながら「キミの手は冷たいね」「ということは心が温かいんだね」とロマンチックに話をするような時には、ぜひぜひココロの中で「(といっても、単にそれは熱移動の物理的な話なんだけどね)」と考えてみて頂きたい(あくまでココロの中で)、と思うのである。もちろん、そのココロの中の独り言が女性に読みとられた結果、アナタがその女性の冷たい手で叩かれたとしても、ワタシは一切関知しないつもりなのである。
2016-03-27[n年前へ]
■「氷と食塩で冷やすアイス作り実験」と「華氏や摂氏の定義」
花見に行った先で「(こども向けの)アイスを作る実験」をやっていて、それをとても楽しく興味深く眺めた。「面白かった」一番の理由は、その実験過程を説明するには、どう考えたら良いのだろう?」と考える過程が何より面白かった。
実験自体は単純で、「ビニール袋に氷と食塩を入れて、そこにビニール袋に入れた牛乳とかアイスの材料を入れて、振ると、アイスができる」というものだった。問題は「塩を入れることがなぜ効果的で必要か」ということだ。TV番組の解説なら、「凝固点降下で温度が下がるから」といった答えが用意されるのだろう。しかし…それはもちろん正解なのだろうけど、それで納得できるのは、「ものわかりが良くて”頭が良い”人」だけに違いない。
冷凍庫から出した氷はだいたいー18度〜−20度くらい。少し暖まった状態で、−15度くらいというのが普通だろう(実際に冷蔵庫から出した氷の温度を計ってみると−19度だった)。そんな氷に塩化ナトリウムを濃度を高く振りかけたとしても、(溶液の)到達温度はせいぜい−20度強程度…つまり、”氷と水と塩で到達可能な最低温度”という歴史的定義の、ほぼ0ファーレンハイト(華氏)な温度にしかならないだろう(おっと、この問題には温度の定義の歴史まで登場したぞ)。…すると、熱伝導的には−20度弱の氷が−20度強になったところで、アイスの材料を「冷やす効率」に関しては何の違いも生まれそうにない。そこで、もう少し、生じそうな現象を追いかけて想像して・考えてみる。
まず、必要事項としてありそうなことは「アイスの材料を包むビニール袋の周りにあるのが固体の氷だけだと、ビニール袋の周りに必ず空隙ができてしまい、空気を介しては、(空気の比熱や熱伝導率を踏まえると)熱伝導率的に圧倒的に冷却効率が悪い」ということだ。それに、氷の比熱とアイス原材料の比熱を考えると、アイス原材料のそれの方が2倍程度大きい程度だろう。そして、それらの温度が(単純のために)それぞれ−20度と20度くらいとすると、そして体積というか重量がおそらく同じ程度だとすると、「氷は必ず溶けざるを得ない」ということになる。さらに、これらから「アイスの周りは氷が溶けた液体が(熱伝導の効率的には)いるべきだし&ある時点からは(熱エネルギー的に)必ずいる」ということになる。
すると、この時点でようやく、ビニールの周りの温度が(氷が溶けつつある水の温度である)摂氏ゼロ度の水か(塩と氷と水が作り出す最低温度である)華氏ゼロ度の食塩水と…そのどちらである方が熱伝導的に好ましいか?という話になりそうだ。すると、当然のごとく、食塩を入れることがアイス実験的に必要だ」ということになる。
こども向け実験ってあまり見る機会が無いから面白かったけど、…もしも(こども向けでなくて)大人向けのアイス作り実験とかあったなら、一体どんな内容になるんだろうか。