2009-02-08[n年前へ]
■ひとつの疑問をべつのかたちの疑問に有効に移し替える作業
「村上春樹全作品 1990~2000 第3巻 短編集II 」
僕は小説というものは、ひとつの疑問をべつのかたちの疑問に有効に移し替える作業であると、基本的には考えている。
2009-04-04[n年前へ]
■ひとつの疑問をべつのかたちの疑問に有効に移し替える作業
村上春樹 「村上春樹全作品 1990~2000 第3巻 短編集II 」の「蜂蜜パイ」 解題から。
僕は小説というものは、ひとつの疑問をべつのかたちの疑問に有効に移し替える作業であると、基本的には考えている。
村上春樹
2009-08-27[n年前へ]
■課題解決の結果生じた次課題を解決することが小説を書くということ
児玉清が25人の作家にインタビューした児玉清の「あの作家に会いたい」 から角田光代の言葉。
Aという小説で私なりにあることができたと思った時に、(その結果)Bという課題が生まれたとします。すると、次にBの課題を入れ込んだ小説を書くというふうに、「読み手に向けて」よりは、「自分の中にある課題を片付けていく」というのが近いですね。
この言葉は、「ひとつの疑問をべつのかたちの疑問に有効に移し替える作業」に書いた、村上春樹の言葉と合わせて読むと興味深い。
2010-10-26[n年前へ]
■「答え」は一体どんなものだろう!?
「ひとつの疑問をべつのかたちの疑問に有効に移し替える作業」という言葉は、村上春樹が「小説とは何か」という疑問に対して「神の子どもたちはみな踊る 」の中で出した答えです。
いくつかの疑問に対して、その答えが一体どういうものなのだろうかと考えていたときに、とりあえず思いついた答えが「次の手がかり(ポインタ)を何らかの形で与えるもの」というものでした。正しい・正しくない・・・そのどちらにたどり着くのかはわからないけれど、とにかく何かの手がかりがあるということが、少なくとも「答え」に関するとりあえずの必要条件なのではないだろうか、と考えたのです。そして、そんなことを考えながら、先の村上春樹の言葉を思い起こしたのでした。
その逆を考えてみます。つまり、「次の手がかり(ポインタ)」を提示していない言葉を考えてみれると、たとえば、何らかの提案が含まれていない言葉や、あるいは、単なる堂々巡りの言葉といったものがあるように思います。とりあえずであっても、そういったものは何かに対する「答え」ではないような気がするのです。
ところで、「小説とは何か」という疑問に対する答えと、「答えとは何か」という疑問に対する答えがとても似ているということは、もしかしたら、もしかしたら、小説とは何らかの答え・・・なのかもしれません。
Aという小説で私なりにあることができたと思った時に、(その結果)Bという課題が生まれたとします。すると、次にBの課題を入れ込んだ小説を書くというふうに、「読み手に向けて」よりは、「自分の中にある課題を片付けていく」というのが近いですね。
角田光代@児玉清の「あの作家に会いたい」