2005-04-07[n年前へ]
2005-07-10[n年前へ]
2007-07-17[n年前へ]
■電気通信科学館と走れコウタロー
大手町にあった電気通信科学館は、なぜか科学技術の楽しさに満ちていた。すぐ近く、秋葉原の外れ神田にあった交通博物館が、とてもつもなくレトロな昭和の空気を吐き出し(といっても、当時は昭和も真っ盛りだったのだが)、やはり近い上野にある国立科学博物館が、昭和どころか大正時代の匂いすら感じさせる古臭さだったのに、電気通信科学館は未来の世界を眺めることができたような気がする。
from n年前へ.
20年位前、東京駅近く大手町に電気通信科学館があった。他の科学館と違って、不思議に「科学と夢と芸術」の空気に満ちていたような気がする。 だけど、残念なことに日本電信電話公社がNTTに姿を変えた頃電気通信科学館は消えた。そして、残っているのはあの黒いビルだけだ。
さあ、最後の直線コースに入った。ああ、コウタローがでてきた。コウタロー速い。コウタロー速い。トップのホタルノヒカリが逃げきるか、コウタローかホタルノヒカリ、ホタルノヒカリかマドノユキ、あけてぞけさは別れゆく。
2009-09-14[n年前へ]
■人のいない「アメ横」を夜歩く
夜遅くまで、店が開いている街もあれば、早く閉まる町もある。8時過ぎには、駅前通りが閉まったシャッターで埋め尽くされている町もあるし、夜11時を過ぎても、人で埋め尽くされている街もある。
先日、上野と御徒町の間にあるアメ横近くで飲んだ。気づくと11時も過ぎ、間もなく次の日になろうか、という時刻だった。飲んでいたのは、地下にある店だったのだが、店を出て階段を上り外に出て驚いた。
アメ横が、まるで数時間前とはまるで別の通り、別の町、のような感じがしたからだ。そこには、不思議なほどに人がおらず、人気のない通りには、ビルから看板だけが目の前にある、…その不思議な感じがとても新鮮だった。
昼の閉まったシャッターは味気ないような気がするけれど、深夜に見る「下ろされたシャッター」は何故か魅力的だ。昼の町とは別の顔を、夜の町は見せる。それが無性に気持ち良い。
2010-01-09[n年前へ]
■「古写真」と同じ場所で写真を撮って「タイムトリップ」してみませんか?
「保存版 古写真で見る街道と宿場町 」という本がある。江戸末期から明治・大正初期という時期に、東海道・中山道・甲州街道・日光街道・奥州街道の各宿場町や、街道沿いの景色や街道沿いから見える景色を撮影した写真を集めた大判の本だ。そして、同じような場所を描いた浮世絵などもたくさん収録されている。
この本を読んでいると、江戸時代に東海道(やその他の街道を)を歩いているような気になってくる。写真の中の百年以上前の景色の中にある質素な宿、その前を歩く人、そんな景色の中に自分が溶け込んでいくような心地に襲われる。
ふと、こんなことを考えた。これからは、この本をデジタル化してケータイの中にでも保存しておき、持って歩くことにしよう。そして、古写真と同じ場所で景色を撮影して昔と今を重ねてみたら、時の流れを目にすることができるだろう。100年の昔と、今この瞬間を重ね眺めてみることができるだろう。
あるいは、記念写真のように、自分もその中に写って見ることにしよう。そうすれば、過去と現在が重なる写真の中で、まるで自分がタイムトリップでもしたような気持ちになれるに違いない。遥か昔のモノクロの古写真の中に、あるいは、東海道を描いた色鮮やかな浮世絵の中に、自分が入り込むような不思議な気持ちになるだろう。
「幕末・明治期 日本古写真メタデータ・データベース」なんていういうものもある。たとえば、幕末の頃に撮影された「上野 不忍池の写真」を見て、今よりずっと華やかだったことに驚かされたりする、のも面白い。