hirax.net::Keywords::「東海道」のブログ



2006-01-27[n年前へ]

目黒  share on Tumblr 

 夜、品川で飲む。「ラストオーダーですが、いかが致しましょう?」と言われ、腕時計を見ると、11時過ぎ。つまりは、東海道新幹線の最終のこだま「三島行き」がすでに品川を出てしまっている時間…。
 東海道線に乗って立ち眠りをしながら小田原まで行き、小田原から先は「大垣行き」夜行ムーンライトながらに乗る。列車の中はとても混んでいたので、デッキで立ち眠りを続けながら三島まで帰る。

目黒目黒目黒目黒






2009-09-19[n年前へ]

富士山と彼岸花  share on Tumblr 

 近くから見た富士山はとても大きい。また、富士山を遠くから眺める時、高い場所に行けばいくほど、富士山はより高くそびえて見える。低い遠くの場所から眺めていた時には近郊の山と並んで見えていたはずの富士山が、小高い場所に登ったりすると、いつの間にかとても大きく高く見えてくる。

 杉浦日向子を読んだせいか、旧街道を歩きたくなり、東海道・箱根路を歩いてみた。現在の東海道ならぬ、国道一号線は車通りが激しい。けれど、旧国道一号線ともなると、車もほとんど通らず、歴史散策を楽しむ人たちの道になる。そして、森の中に細く途切れ途切れに続く旧東海道ともなると、歩く人に出会うこともほとんどない。

 山中を走る旧街道はとても急だ。草で足もとが見えない道の端には、時折、彼岸花が赤く咲いている。そして、彼岸花が群集するその先には、高く大きな富士山がそびえている。

 息を切らせながら、人のいない山道を歩くと、昔の時代にタイムスリップしたような心地になる。昔も今と変わらず、この時期には彼岸花が咲いていて、人は富士山の高さに驚いていたのだろうか。

富士山と彼岸花富士山と彼岸花富士山と彼岸花






2010-01-10[n年前へ]

「明治末期」に行ってみた。  share on Tumblr 

 「古写真」と同じ場所で写真を撮って「タイムトリップ」してみませんか?というわけで、とりあえず、「明治末期」に行ってきました。行った時代が明治末期なら、行った場所は、東海道三島宿近くの三島大社です。歌川広重(安藤広重)が東海道五十三次の浮世絵「三島」(右隣の画像)に描いた「三島大社前」です。

 さて、下に張り付けた画像が明治末期の三島大社前です。三島大社の大鳥居前を走るのが東海道です。右の方の先には、お江戸日本橋があって、左の方へ歩いて行くと伊勢神宮や京都があります。この写真なら、同じ場所にタイムトリップしやすそう、というわけでこの場所へ行って写真を撮ってみることにしました。

 同じ場所で撮影してきたのが下の写真です。少しづつ変わっていっただろうものもありますが、時代が明治末期から平成22年の今になっても、変わっていないものもあります。何だか、不思議な気分です。

 時間旅行から帰ってきてから気づきましたが、あと、百メートルくらい場所を移動して逆向きにシャッターを押してみれば、よかったと思います。
 そうすれば、広重が描いた東海道五十三次の「三島」と同じ場所へタイムトリップすることができたはずです。「ヒロシゲブルー」の世界へ入り込むことができたはず、と思うと少し残念な気がします。

 歌川広重の作品は、ヨーロッパやアメリカでは、大胆な構図などとともに、青色、特に藍色の美しさで評価が高い。この鮮やかな青は藍(インディゴ)の色であり、欧米では「ジャパンブルー」、あるいはフェルメール・ブルー(ラピスラズリ)になぞらえて「ヒロシゲブルー」とも呼ばれる。

歌川広重

「明治末期」に行ってみた。「明治末期」に行ってみた。「明治末期」に行ってみた。






2011-05-04[n年前へ]

鉄分100%「鉄っちゃん」のための「放射線講座」  share on Tumblr 

 私たちの身の回りにの世界はすべて元素が作っている…と書けば、「もしかして 放射性元素」とGoogleが推測してしまうような今日この頃です。けれど、身の回りにいる人たちの中に一番満ちあふれている元素がフェライト、つまり「鉄分」です。もっと端的に言えば、過剰に「鉄道が好き」という奇妙な衝動を抱える人たちの、血液の中に流れている「鉄」という名の元素です。

 「未来の科学者との対話—第1回神奈川大学全国高校生理科・科学論文大賞受賞作品集 」の中に収録されている、二松学舎大学附属高等学校 理数科研究部の「身近な放射線計測ー種々の乗物内での放射線−」という論文を読みました。これは、(財)放射線計測協会が貸し出している簡易型放射線計測器「はかるくん」を使い、さまざまな状況下での放射線量を計測した結果を、高校生たちが報告する論文です。

 私達は毎日、自然の放射線を浴びながら生活している。それら自然放射線による被曝量は、1時間あたり合計で約0.27μSvである。…今回は主に飛行機内、新幹線電車内および船内における放射線量を計測した。さらに、本校の研究紀要第一集ですでに報告した東京近郊の地上電車内、バス車内および地下鉄電車内での計測結果を含めて、いろいろな乗物内における放射線量を比較した。

 下のグラフは、彼らが修学旅行や一泊の京都旅行をする中で「はかるくん」を使い、東海道新幹線「東京駅から京都駅まで」の区間で測った放射線量です。

 明らかなトレンド(傾向)もあれば、局所的に放射線量が強い場所もあります。その放射線量の強い場所を生み出す原因は、…ひとたび「どの辺りで放射線量が強くなった」ということを眺めれば、「鉄分の高い人」ならすぐに見極めることができるはずです。

 たとえば、箱根を過ぎる辺りから(つまり静岡県に入ったあたりから)何回か放射線量が強い辺りがある…というデータを眺めれば、血液に(鉄道大好きの)鉄分が流れている人ならばきっとわかるはずです。

 東海道新幹線に乗ると、名古屋から大垣を過ぎ関ヶ原に入る辺りから放射線量が増えます。そして、その放射線量とは独立に、(場所路見れば鉄っちゃんならわかるはずの)長いトンネルがある辺りではさらに強い放射線が乗客に向かって降り注ぎます。

 京都周辺の放射線量は東京周辺の2倍であった。…一般に花崗岩中のカリウム40・ウラン238・トリウム232の含有量は、他の岩石に比べてかなり多いことが知られている。関西地方では関東地方にくらべて花崗岩質が多いため、その土壌や岩石からの放射線が強いものと考えられる。また、トンネル内では岩石で囲まれた状態であるため、岩石中の放射性物質からの放射線の影響を強く受けるものと考えられる。

 私たちが暮らす世界には、色んな元素があふれています。その中には、もちろん放射性元素もあるわけです。高校生たちが計測器を手にして調べた「乗り物放射線比較」…血液にフェライトが流れている人であれば、必ず面白く楽しむことができると思います。

 そして、世界を形作るものが「元素」なら、この本に登場する学生たちは、みな明日を作る原石です。未来を切り開いていく鉄分100%「鉄っちゃん」たちが計った放射線量を眺めた時、あなたはどんなことを考えますか?

*今回の話は「「加速度センサ」で「人に迷惑な電車男」::(2005.07.19)」と一緒に眺めるのが、鉄っちゃん的に良いかと思います。

鉄分100%「鉄っちゃん」のための「放射線講座」






2011-05-05[n年前へ]

「30秒間で眺める東京・京都間の車窓」と「放射線量グラフ」  share on Tumblr 

 東京と京都間を新幹線で移動する際の「放射線量」を、二松学舎大学附属高等学校 理数科研究部が簡易型放射線計測器「はかるくん」を使って計測した結果を鉄分100%「鉄っちゃん」のための「放射線講座」で紹介しました。

 京都周辺の放射線量は東京周辺の2倍であった。…一般に花崗岩中のカリウム40・ウラン238・トリウム232の含有量は、他の岩石に比べてかなり多いことが知られている。関西地方では関東地方にくらべて花崗岩質が多いため、その土壌や岩石からの放射線が強いものと考えられる。また、トンネル内では岩石で囲まれた状態であるため、岩石中の放射性物質からの放射線の影響を強く受けるものと考えられる。

 血液中に鉄分溢れる…つまりは鉄道大好きな「鉄っちゃん」ならば、「新幹線電車内での放射線量の変化(東京-京都)」というグラフを一目眺めれば、グラフの各箇所がどの辺りであるかがわかるだろうと思います。たとえば、東京駅側(グラフの左側)から行くと、最初の放射線量の多い辺りが小田原から三島までの長いトンネルが続く辺りだとか、その次の放射線量ピークが蒲原から由比…とトンネルが続く辺りだろう…とか、そして京都駅前の最後の放射線量ピークは、琵琶湖横からトンネルに入り山科から東山に抜ける最後のトンネル辺りだろう…と車窓を思い出しつつ考えるのではないでしょうか。

 しかし、奇妙なことに、血液中の鉄分が足りない人も世の中にはいます。フェライトが足りず、東海道新幹線の車窓を思い浮かべたりはしない、という人も不思議なことにいるのです。

 そこで、下に東海道新幹線の車窓を微速度撮影した動画を貼り付けてみました。これは東海道新幹線の「上り」の車窓を撮影したものです。14秒辺りが京都駅になります。それから東京駅までの車窓を「30秒ほど」で眺めることができます。この東海道新幹線からの車窓を眺めれば、高校生たちが計測した「新幹線電車内での放射線量の変化(東京-京都)」をより実感できるのではないか、と思います(たとえば、動画で37秒あたりが小田原と三島の間のトンネル群ですね)。



 ところで、彼らの論文は第一回神奈川大学 全国高校生理科・科学論文大賞で 努力賞をとった論文群の一部です。校舎内や通学路で放射線量を計ったり、「甲子園までの道」や「ありとあらゆる旅先」で計測をし続けたり、あるいはJCO周辺で計ったり…ということをずっとし続けていたようです。

 1999年9月30日、東海村で臨界事故が起こり、地域への放射能汚染の映像が生々しく報道された。そのとき私は中学3年生で…  在学しての3年間、修学旅行の新幹線内を含め至るところで放射線測定をした。…

石原利臣さんの「受賞のコメント」から。

 「はかるくん」を手にする高校生たちは、きっと今でも色々なものを計っているのだろう、と思います。新緑を目にするこの季節、高校生たちは、どんな場所でどんなものに「はかるくん」を向けているのだろう?と考えます。


*今回の話は「「加速度センサ」で「人に迷惑な電車男」::(2005.07.19)」と一緒に眺めるのが、鉄っちゃん的に良いかと思います。



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