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2006-04-05[n年前へ]

「今や、数の原則がメインカルチャーを担っている」 

 各種締め切りに追われていた。気づくと、ポケットにたくさん破った紙が入っている。移動途中などに雑誌を読んで、「気になったページ」を破りとったするからだ。というわけで、ポケットの底に入っていたのが、この「今や、数の原則がメインカルチャーを担っている」 ホリエモンと数の原則について、何回か連続して書かれたうちの一回。

数に還元しないもうひとつの世界観があるんだということを知らない世代は、そもそも、どうして演劇ジャーナリストがぼやいているのかも分からないでしょう。 人は、数の原則をメインカルチャーの基準にしようと願ったのではないかと思います。中途半端な数だと、サブカルチャーになるけれど、圧倒的な存在はメインカルチャーになる。  鴻上尚史 「ドン・キホーテのピアス」555回

2007-09-11[n年前へ]

新陳代謝と海面を歩く 

 「ソースティン・ヴェブレンというアメリカの経済学者」を知ったのは、つい最近だ。ヘアカタログを題材にしたプログラムを書くために、グラント・マクラッケンが書いた「ヘア・カルチャー(もうひとつの女性文化論)」を読んでいるときに、そのソースティン・ヴェブレンという名前に出会った。

 ブログと呼ばれる個人サイトでも、昔見たネタが少しの時間をおいて流行ることが多いように見えます。古くから眺めている人にとって見れば、飽き飽きしたネタが繰り返し流行ることがよくあります。
 この本の原題は、"Big Hair (A jouney into the transformation of self)"だ。
 夕暮れ近くの海を自転車で巡る。潮が満ちてきて、防波堤が海に沈む。防波堤の上を歩いていく人がいる。防波堤はずっと波に洗われているから、その人はまるで波の上を歩いているように見える。
 その原題にも入っている"Big Hair"に関する章の中に、"代理消費"ヴェブレンがいた。黒柳徹子や横浜銀蠅や、ツッパリ・ハイスクール・ロックンロールたちの源流が解説される中で、ヴェブレンの姿を見かけた。
 今まさに誰かが傷んでいるまだ飛べない雛たちみたいに僕はこの非力を嘆いている
 どんなミステリーも、どんな構造物も、すべては螺旋階段のようだ、とある時に聞いた。何度も同じような景色を、けれど少しづつ違うところから眺めていくものだ、と聞いた。
 一年の周期で、技術雑誌が同じような特集記事を繰り返す。どの雑誌でも5月号は必ず「新人フレッシャーズのための」という特集を組み、それから少し時を経た2月号辺では、画像関係の特集を組む。「学研の科学と学習」が、毎年同じような特集を繰り返すのと同じだ。
 それは、ウンベルト・エーコが書いたバラの名前を輪講で読んでいる時だったか、レイモンド・カーバーを読んでいるときだったか、そんな教室で聞いた言葉だった気がする。
 不思議だけれど、「海面を歩くこと」が当たり前のように見える場所もある。
 グルグル回る螺旋階段のように、技術雑誌は一年周期で、必ず同じような特集記事を繰り返す。それは、絵に描いたような「何度も同じような景色を、少しづつ違うところから眺める」というビューティフル・ドリーマーな景色だ。
「会社にはメカ・ソフト・電気の三人がいれば十分です」
 三人編成のバンドっていいな、と良く思う。見た目のバランスもいいし、音もなかなか飽きない。
 雑誌の読者層は入れ替わっていきますから、毎年同じ特集を繰り返しても、「読者にはいつも新鮮な記事」になります。そう思わない古い読者は、いずれ読者ではなくなるのです。
 色んな人たちがいる。朝顔の蔓のように、DNAが形作る螺旋階段を時をおいて昇る色んな人がいる。
 バーベキューをしている人もいるし、パラグライダーで空に浮いている人もいる。走っている人もいて、スケートで滑っている人もいる。 そして、海辺でゴルフをしている人もいる。
 海の水面を歩く人もいるし、月面を歩く人もいる。仕事が終わらなくて唸っている人もいる。
 しかし、それを技術雑誌の特集記事のように新陳代謝に対応するためだと考えてみれば、少し面白いような気がします。
 そう思わない古い読者は、いずれ読者ではなくなるのです。

2007-11-22[n年前へ]

「研究者」と「経営者」 

 東京理科大学の宮原教授の講演を聞いた。それは、とても惹きつけられた講演だった。面白いと感じたポイントは2つあち、その一つめは、講演冒頭に「カルチャーショック」と題したスライドを見せながら話された内容だった。

 それは、「研究者」と「経営者」の間の「違い」である。話を聞きながら、走り書きしたメモをタイプしてみると、

  • 研究者(理系)
    • 誰も知らない新しいことを見つけ、新しいものを作り出す
    • 帰納的推論をする
    • これしかない
  • 経営者(文系)
    • 誰でも知ることのできることの関係性から新しい視点を作り出す
    • 演繹的推論をする
    • 色々あるさ
    という具合になる。そして、講演をする時には、研究者は「たくさんのスライドを作りたがる」というし、経営者は「1つの言葉・スライドだけからでも、たくさんしゃべる」という違いがある、という。聞き間違い・書き取り間違いは多々ありそうだけれど、こんな感じの内容だった。

     もしも、研究者と経営者の間に技術者がいるのなら、上に書いた2つの中間になりそうだ。

     そして、もう二つ目の面白かった内容は、期せずしてポスターセッションと趣向が重なり、同じように「エイク・フェルメール・モネ・デカルト・ニュートン…」という名前が登場する歴史とスペクトルと絵画に関することだ。多分、こういった内容はある種鏡のようなもので、見る視点の深さに応じて内容の深さが変わるものだと思う。深く眺めようとすれば、どこまでも深い内容が隠されているし、浅く眺めようとすれば浅い内容しか目に入らない。そういったものだと思う。

    東京理科大学東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科白い光のイノベーション








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