hirax.net::Keywords::「アルゴリズム」のブログ



2007-07-18[n年前へ]

鈴木英人とマクドナルド的な芸術フローチャート 

 デジカメ写真のイラストレーション化プログラムを作る時、絵画の本を読みあさりました。もちろん、今でも、プログラミング途中ですから、今も読みあさっているわけです。

 そんな風に読んだ本の一冊に、鈴木英人のイラスト教本がありました。鈴木英人という名前を聞いても何も感じない人でも、こんな版画を一目見れば、きっと80年代の空気をナイアガラ・トライアングルの音楽と共に思い出すはずです。

 鈴木英人のイラスト教本がまた興味深いものでした。鈴木英人の作画法は、まさに「工房方式」で、鈴木英人本人が不在でも作画を行うことができるように、版画を作るやり方が完全にマニュアル化されていたのです。「誰でも同じように作業をすることができる」というマクドナルドのマニュアルのようで、その手順はまさに、(実際に描くのは手作業ですが)まさに画像処理アルゴリズムのフローチャートでした。ゴルゴ13を量産する「さいとうプロ」のようなアプローチは古いながらも新鮮さと、自分にはない感覚を知ることができて、興味深かったように思います。

2007-09-09[n年前へ]

「ヒューリスティクス」と「焼き肉」と「ビール」 

 NTTがテレホンカードを導入した頃、20年くらい前、KORGのM1を抱えながら、武蔵野線に乗って初めて柏に行った。夏休みを迎える頃、「運河」近くで2,3日過ごしたような気がする。朝から晩まで技術工作をして、夜は運河へ蛍を見に行って、確か2,3日の時間を過ごしたような気がする。

 70年前の「いかにして問題をとくか」を読んで、ようやく「ヒューリスティクス(発見的論法)」の意味がわかった気になりました。
 その時のいつかの早朝に、ゴミ捨て場でFtbというカメラを拾った。1年もしない内に、そのカメラは永眠したけれど、そのカメラには色んな影響を受けた。少なくとも、その後の20年くらいは、そのカメラに影響を受け続けた。
 人はやがて いつかみんな 死んでしまうのですから
 それから何年も経ってから、繰り返し柏近くへ行くようになった。その近くで、1月半ほど過ごしていたこともある。午前の5分間の休憩と、45分間の昼休みと、午後の7分間の休みを経て、いつも夜には中華料理屋でビールを飲んだ。
 今年の初め、東京大学大学院 新領域創成科学研究科で話をしてきました。その夜は、基盤情報学専攻の某研究室の人たちと焼き肉屋で美味しいビールを飲んでいたわけです
 とても美味しかった焼き肉は、ふと思い返してみれば「牛鈴」だった気もする。 いや、違ったかもしれないけれど、茨城の県道沿いにある、焼き肉屋までテクテク歩いて行った気がする。…つまり、それをひとことで言うならば、つまりは「最高に美味しい焼き肉」だ。
  ヒューリスティクス(発見的論法) AならばBであるとき、Bだった→Aは正しいらしい

"How to Solve It" George Polya@1945
 確実なことも、100%正しいことも、きっと世の中には存在しない。そんな世界で、ポリア教授が書くヒューリスティクス(発見的論法)は、とても新鮮に響く。
 なにか心配事があってもだいじょうぶですよ
 それから、繰り返し柏に行くようになった。行く目的や、行く立場は変わっていったけれど、何度も何度も柏へ、あるいは、柏近くへ行くために柏を通り過ぎた。
「女性を感じさせないから(感じる前に終わるし)、体内を(女の子になるX精子が生き残りやすい)酸性のまま」にしておけるし、「ゴールから遙か遠くから、精子耐久レースを始めることができるから、酸性に弱い(男の子になる)Y精子を最後まで行かせない」ことができる…というような告白が「遺伝的アルゴリズム、遺伝的プログラミング、人工生命」というキーワードとともに語られたのです。
 「こんなものがあったらいいな」と思うことがある。けれど、そんな時「そんなものがあったらいいな」と思ってくれる人がいないことは多い。「そんなもの」が「どんなもの」なのかわかってくれる人はいないのが普通の当たり前だ。
だって、人には 限界があるのですから人にはできないことも あるのですからだから 一生懸命がんばったらあとは神様に おまかせすればいいのです
 そんな時、「そんなもの」が「どんなもの」なのかを実際に作り出すことになる。そのための長い時間が、一番楽しい時間だと私は思う。作り出した瞬間はほんの一瞬で、その峠を過ぎる一瞬が訪れたと同時に、その瞬間は過去の事象に変わる。だから、「そんなもの」が「どんなもの」なのかを作り出すための長い時間が、一番楽しい時間だと私は思う。
 だって、人はやがて いつかみんな 死んでしまうのですから

2008-02-25[n年前へ]

「ゴールデン/デッド・クロス」と「ナンシー版画」 

 株とか為替の売買のタイミングの指標である「ゴールデン・クロス」「デッド・クロス」というものを知った時に、対象ジャンルがどんなに違っていても、(専門的でない)基本的な技術はほとんど同じなのだな、と感じたのが「ナンシー版画アルゴリズム」を作った時後に、株や為替売買の指標となる「ゴールデン/デッド・クロス」を知った時だ。

 ゴールデン・クロスとデッド・クロスというのは、何かの価値の「短期的な平均」が「長期的な平均」よりも上になったら(ゴールデン・クロス)、その価値が「上昇中」と判断し、その価値の「短期的な平均」が「長期的な平均」より下になったら(デッド・クロス)、その価値は「下降中」だと判断するやり方である。たとえば、何かの株価の「25日間の平均値」が「75日間の平均値」を上回ったら、その変化はなにかのノイズや誤差でなく「株価が確かに上昇傾向にある」ことを示していると判断し、その株価の「25日間の平均値」が「75日間の平均値」を下回ったら、株価が確かに下がり始めていると判断する、そういったやり方である。言い換えれば、「25日間の平均値」と「75日間の平均値」、すなわち、「短期的な平均」と「長期的な平均」が交差した瞬間が、「上げ」と「下げ」の境界地点だと判断するやり方である。そういった株や為替の上下の境界線を長期平均と短期平均の差分から判断する方法が、「ゴールデン・クロス/デッド・クロス」だ。

 「ナンシー"小"関 風 パッチもん版画」作成ソフトの輪郭抽出アルゴリズムも、「ゴールデン・クロス/デッド・クロス」と完全に同じアルゴリズム(やり方)で作られている。実際のところ、このプログラムは10行に満たないほどの実にシンプルな「境界」検知プログラムに過ぎない。そして、その実現アルゴリズムは「狭い範囲で平均化した明るさ」が「広い範囲で平均化した明るさ」が等しくなる=交差する箇所がモノの「境界」だと判断するだけ、である。つまり、「ガウシアン差分」を行うことで顔や景色の境界線を描画した上で、さらに塗りつぶしを行うだけのアプリケーションが「ナンシー"小"関 風 パッチもん版画」作成ソフトである。

 株や為替の売買の判断も、目に見えている画像の認識・判断も完全に同一のアルゴリズムで判断することができたりする。それは、対象とする現象(のジャンル)は違えども、どちらも「境界線」「分水嶺」判断をするという同じ作業に過ぎないのだから、至極当たり前の話であるのかもしれない。…けれど、それはやはり少し面白い話であると思う。全然違うように思える事柄が、完全に同一の処理で解決することができたり、一つの道具で全く違う(ように見える)世界を描くことができたりするのは面白いと思う。

ゴールデンクロスとデッドクロス「ナンシー






2008-08-31[n年前へ]

雑誌流行L!ves 「年齢 v.s. 購買力」散布図 

 ファッション(流行)といったものを映し出しているに違いない…と思い作ってみた「雑誌流行L!ve」では、(どの画面でも)視点=Viewをさまざまに変えることができます。それが、一番の特徴かもしれなせん。たとえば、トップページ「雑誌流行L!ves » 雑誌 » 一覧(最新号)」で視点を「読者年齢 vs. 購買額」にしてみた例が下の画像になります。

 何かを表現するのに2つの軸を作るなら、どんな軸があると思いますか?と色々な人たちに繰り返し尋ねてみました。出てきた答えは「自分と他人」「満足と不満足」など…さまざまな軸がありました。そういった中で出てくることが多かったのが、「年齢・世代」という軸です。その他の軸はなかなか上手く言葉にできないものが多かったように思います。そこで、「よくわからないもの」を値にするものの一つである「お金」という軸を使い、「年齢・世代」 v.s. 「お金(購買力)」という2次元散布図を描いてみたのが、上の画面になるわけです。ちなみに、雑誌読者の「購買力」は適当なアルゴリズムで推定しています。

 「年齢・世代」(横軸) v.s. 「お金(購買力)」(縦軸)という散布図は、基本的に右上がりの分布になります。ちなみに、「ちょい悪オヤジ」のLEONは実は、このグラフの中では、とても標準的な場所に位置しています。この散布図で一番角度が急なのが、つまり年齢の割に購買力が高いのが「おしやれな小中学生のためのファッション誌 "nicola"」になっています。

読者年齢 vs. 購買額






2008-09-16[n年前へ]

雑誌の「読者数vs.購買力」を眺めてみると!? 

 「雑誌DE流行マップ」で、雑誌の「読者数vs.読者の購買力」を眺めてみたのが、右のグラフです。読者数が多い雑誌ほど読者の購買力が急激に少なくなる、というよくあるタイプの分布図になります。

 この分布図は「読者数が多い雑誌ほど読者の購買力が急激に少なくなる」というよりは、読者数が少ない雑誌は読者の購買力がとても高い、という方が正確かもしれません。読者数が多ければ読者の購買力が低くても雑誌は存続できるでしょうが、読者数が少ない雑誌は、読者の購買力が高くないと雑誌を刊行し続けることはできないでしょうからです。

 たとえば、CanCamは圧倒的な読者数を誇りますが、その一方で、(独自の実にテキトーな特徴量算出アルゴリズムでは)読者の購買力は低いのです。JJ, PINKY,RAY,Vivi,CanCam といった「お姉系、赤文字系、女子大生系」の雑誌だけを表示して、それらの雑誌それぞれのポジショニングを眺めてみるのも面白いと思います。

雑誌の「読者数vs.購買力








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