2006-08-16[n年前へ]
■なかなかグッド!な「手振れ補正アルゴリズム」の仕組み
Tech総研ブログ 平林 純@「hirax.net」の科学と技術と男と女になかなかグッド!な「手振れ補正アルゴリズム」の仕組みを書きました。自分の興味に動かされるままに、他人のプレゼンテーション・ファイルに貼り付けられている画像を勝手に解析したりしながら書き始めたのですが、「なんとも一般受け」しそうにない内容になってしまいました。そんな「気配りを忘れてしまう」瞬間もあります…よね? (いつもそうなんですが…)
「どのように手振れしたか」がわからないシステムの場合、「自然な画像とはどのようなものか」という理解が重要になります(多分)。例えば、二次元キャラが写っている画像、あるいは、三次元の現実人間キャラが写っている画像…どんな画像かによって「自然で、あるべき姿」は異なります。自分が好きな画像に対し、「自然で、あるべき姿」はどのようであるかを調べてみるのも面白いかもしれません。
2006-10-20[n年前へ]
■色彩快適度の計測器
「色彩に対する人間の心理特性に基づき、色彩環境の色彩快適度を計測する」というカーラーコンフォートメータ。産業技術総合研究所とアドバンストシステムズ株式会社によるもの。産業技術総合研究所のプレスリリースを見る限り、アルゴリズムは「同系色が多いほど、快適。彩度が低いほど、快適」という具合。
2007-07-14[n年前へ]
■デッサン技術と画像処理プログラム
画像加工サービス "Imagination You Make"の中に含まれている「画像をイラストレーション風に加工するプログラム」は、割に時間をかけて作った。何しろ、Imagination You Make の1機能として、このイラストレーション化プログラムを作ったのではなく、イラストレーション化プログラム用のフロント・エンドとして、(Ruby on Railsの勉強がてら)Imagination You Makeを作ったのだった。Imagination You Makeが出力する解像度ではわからないが、イラストレーション加プログラムの出力はベクトル化処理もされていて、PostScriptとして出力を保存することもできたりする。…その後、Railsで動くサービス側に興味を惹かれたこともあって、「画像処理ジェネレータ・サービス」を作り出す"Imagenerator"を作ってみたりもしたけれど、やはり、本来の「画像をイラストレーション風に加工するプログラム」を作り直す作業は続けている。
「画像をイラストレーション風に加工するプログラム」の画像処理アルゴリズムを作るために、さまざまな試行錯誤を繰り返した。それと同時に、デッサンやイラストレーションや油絵や似顔絵書きなど、絵画に関するテキストを結構読んだ。「イラストレーション風に加工する」するために、「イラストレーション」がどういうもので、どういう風にすれば描けるようになるかをたくさんのテキストから学ぼうとした。
いろいろ実験してみて、普通 人物画や肖像画を描くときは、写真撮影ではないのですから、陰影とか明暗といったようなことは、あまり考えないでいいと気づきました。 安野光雅 「絵の教室」そういう絵画の教科書を読んでみた結果、試行錯誤の結果として作られた画像処理アルゴリズムが、デッサンやイラストのテキストに載っている「描き方」と瓜二つになっていることも多かった。これが、とても新鮮だった。処理アルゴリズムに正解なんてないだろうが、「そう悪くない答え」をプログラミングすることができたように感じ、楽しく気持ちの良い感覚だった。
2007-07-16[n年前へ]
■創造性とミューズ
世界は限りなく広い。けれど、それと同時に、そんな世界はとても狭い、と感じる瞬間があるのも事実だ。どんなに長く生きていても、地球の上にいる99.999…%の人には一度も会うことはない。けれど、意外なところで、よく知っている名前や顔と再開することがある。
画像処理のプログラムを作るために古今東西の絵画のテキストを読んでいる時に、こんな一節に出会った。
以前クヌースというアメリカの数学者と話したとき、「絵を描くとき、自分の意志というより、頭の中に誰かがいて、わたしの感性を左右するらしく…」森鴎外も、なんだか自分を支配するものが頭の中にいて…などと書いていますが、それはこういうことだったか…」とわたしは言いました。クヌース「という」アメリカの数学者と話したとき、である。(理系であれば知らない人はいないだろう)「ドナルド・クヌースと話した時」ではなく、つまりは「読者はしらないだろうが、あるアメリカの数学者と話したとき」だ。
安野光雅 「絵の教室 」
画像処理アルゴリズムを考えるために、絵画の本を読む。そして、ドナルド・クヌースに出会う。こういった巨人を見ると、世界が実に小さなものに見える。それは、一種の錯覚のであるとも思う。けれど、こうした巨人が世界を繋ぐ高速道路の役割を果たしているのも、また一面の真実であるとも思う。
森鴎外や安野光雅や口にした「頭の中にいる誰か」「感性や自分を支配するもの」の名前を、クヌースというアメリカの数学者は口にする。
はじめ、原因不明のふとした着想から考えを進めるのだが、すると、ひとりでに論証の車がまわりはじめて、論文が楽にできあがる。…思うに背後にいるのは、ミューズだよ。クヌースが言葉にした「頭の中にいる誰か」は、ギリシャ神話で芸術を司る9人の女神"ミューズ"である。私たちの頭の中で9人のミューズたちが踊り、絵画や文芸や論文やプログラムを作らせる。何だか、とても面白い。
ドナルド・クヌース