1998-01-08[n年前へ]
■Photohoの乱数プラグインを作成する
「2項分布のムラについて考える」の関連して、Photoshopの乱数プラグインを作成したのでメモしておく。 PhotShopはとても便利なソフトである。画像を取り扱うにはトップクラスと言っても良い。あえて、難を挙げるならば8Bit階調が基本という所である。もちろん、12bit階調なども扱えるのは知っているが、基本機能とは言えないと思う。
しかし、PhotoShopで凝ったことをしようとすると、Pluginを作らざるを得ない。PhotoShopでPluginをつくるには2つのやり方がある。それは、
- Adobe提供のPlugin SftwareDevelopmentKitを使ってPluginを作る。
- FilterFactoryを使ってPluginを作成する。
今回はランダムノイズをつくるためのプラグイン作成が目的である。その程度であれば、FilterFactoryを使うのが簡単で良い。
まずは、FilterFactoryを使う。 |
まずは、Redチャンネルにのみ乱数を与えるものをつくる。以下がそのパラメータである。
たった、これだけである。 Redに乱数を与え、Green,Blueのチャンネルには0を与える。 |
もうひとつ、各色に乱数を与えるプラグインのサンプル画像はこのようになる。
さて、試しに使ってみる。1000x1000ドットのランダムノイズ画像を作成してみる。その画像はここに載せるには大きすぎる。そのため、その一部を左下に示す。その画像に対して各領域10x10の100ドットで平均し、100x100に変換した画像を右に示す。詳しくは「2項分布を考える」を見て欲しいが、100ドットで平均したくらいではフラットにはならない。それどころか、有限のいくら広い範囲で平均しても正確にはフラットにはならない。もし、フラットになるのであれば、それはランダムな2項分布ではない。もちろん、PhotoShopの丸め誤差とかの話は別にしておく。また、「2項分布を考える」の際は1次元の1成分データであったが、今回は2次元3成分データである。そのため、人間にはよりフラットに見えにくい。相対的な色差に対しては人間の目は敏感だからである。
今回の例も「2項分布の特性:どんなに広い領域であっても、領域中の平均が一定でない」の当然の結果である。仮に、ある広い領域中の平均が一定であるような確率過程を用いればこのようなことは生じない。もしも、そのような確率過程に基づくものがあったら、部分部分はランダムに見えても、広い領域ではフラットに見えるのである。
2000-12-03[n年前へ]
■江ノ島でインラインホッケーの試合
トーナメント終了後 一位タイ。サドンデスの一位決定戦に負けて二位。まぁ、良い感じのデビューかな、と。といっても、9チーム参加のビギナークラスだけど。それにしても、三人で参加して、3on3 10min.というのはシンドすぎ。(リンク)(リンク)
2000-12-25[n年前へ]
■放課後のスケッチ '86
今日のメモその2。あの頃、バンドのリーダーがハマってた。エピフォン・カジノやリッケンバッカー(のニセモノ)しか使わなかったはずの人が、いつの間にかストラトを買ってたのは実は島田奈美の影響だった(何だそりゃ)。ストーンズやポリスと島田奈美がどう両立していたのだ?とか、言いながら私もキーボードパートを何曲か耳コピした覚えがあるぞと。あれは、「放課後のスケッチ」の中の曲のハズだが、どれだ?「クラスメイト」か?(リンク)
2001-02-19[n年前へ]
■ひとりで書いてるだけだから。
ヘッポコ文章を直したい
面白い情報を探しにと「お笑いパソコン日誌」を眺めていると、「ウエヤマの事件簿」の「他人の日記をオモチャにしよう!」が紹介されていた。「お笑いパソコン日誌」に〜『できるかな?』風ネタであります〜と紹介されてあった通り、実に私好みの話だった。ウエヤマ氏が「自分で書いてる日記の文章」を解析して、文字の出現頻度を調べてみたものである。
「できるかな?」は画像や科学の関連の話が多いように見える。しかし、実はそれだけではなくて文章や日記に関する話も多い。例えば、これまでに出てきた話を振り返ってみると、
に始まり、- 失楽園殺人事件の犯人を探せ- 文章構造可視化ソフトのバグを取れ - (1999.07.22)
- 「こころ」の中の「どうして?」-漱石の中の謎とその終焉 - (1999.09.10)
- 「星の王子さま」の秘密 - 水が意味するもの- (1999.11.15)
- 恋の力学 三角関係編 - 恋の三体問題- (1999.12.27)
- 恋の力学 恋の相関分析編- 「明暗」の登場人物達の行方 - (2000.04.01)
- 恋の力学 恋のグラフ配置編- 「明暗」の収束を見てみよう - (2000.04.02)
- WEBの世界の「力の法則」-「ReadMe!JAPAN」と「日記猿人」に見るWEBアクセス数分布 - (1999.12.04)
- WEBサイトの絆 - WEBの世界を可視化しよう- (2000.01.13)
そういったhirax.netの特長ならぬ特徴は私が書く文章が下手なせいなわけで、そんなヘッポコ文章から脱出するべく、私の書く文章の特徴を調べて反省してみることにした。もちろん、自分のヘッポコ文章だけを眺めてみてもしょうがない。他の素晴らしい文章を書く書き手と比較しなければならないだろう。そこで、今回はいくつかの文章を品詞解析し、その結果の特徴を調べることにする。そして、書き手による文章の特徴が眺めながら、私のヘッポコ文章の欠点を調べ、さらには誰もが思わず涙がこぼしてしまうような素晴らしい文章を書けるようになりたい、と思うのである。
さて、まずは目標を決めよう。私がヘッポコ文章を脱出してどんな文章を目指すかを、何より先に決めなくてはならない。となれば、あまりにも大それた目標ではあるのだが、やはり日本の文豪、夏目漱石は外せないだろう。そして、その教え子でもある寺田寅彦もやはり外すわけにはいかない。一応私も理系のはしくれ、日本の理系文章の流れを作ったこの二人を目標にしなくてなんとしよう。ヘッポコ文章を脱出していきなり、夏目漱石と寺田寅彦というところに無理があるが、そんなことを考えていては駄目なのである。「少年よ大志を抱け」とクラーク博士も言ったのである。もう少年と言うにはどう考えても年齢的に無理があるのだが、気持ちはまだまだ少年で目標は大きく持ってみたいと思うのである。
そして、もう一人の目標は「ちゃろん日記(仮)」をマイペースに書き続ける「ななゑ」さんである。私は彼女の書く文章を読むたびにとても素晴らしい理系的センスが感じ続けているのである。しかも、理系的でありつつも笑いと涙のペーソスたっぷりの「ちゃろん文体」という独自の確固とした文体を築いているところも尊敬していたりするのである。
というわけで、今回の文章の比較は
- 夏目漱石
- 寺田寅彦
- ちゃろん日記(仮) ななゑ
- 「できるかな?」 jun hirabayashi
- 夏目漱石
- 我が輩は猫である
- 坊ちゃん
- 寺田寅彦
- 科学について
- 自然と生物
- ちゃろん日記(仮)
- 1998(仮)11月上旬
- 1999(仮)6月上旬
- 「できるかな?」
ところで、形態素解析とはどのようなものだろうか。まずは、例を挙げよう。例えば、
私が好きな書き手達は、夏目漱石、寺田寅彦、ななゑさんです。という文章を茶筌で分解すると、
- 私 名詞-代名詞-一般
- が 助詞-格助詞-一般
- 好き 名詞-形容動詞語幹
- な 助動詞
- 書き手 名詞-一般
- 達 名詞-接尾-一般
- は 助詞-係助詞
- 、 記号-読点
- 夏目 名詞-固有名詞-人名-姓
- 漱石 名詞-固有名詞-人名-名
- 、 記号-読点
- 寺田 名詞-固有名詞-人名-姓
- 寅彦 名詞-固有名詞-人名-名
- 、 記号-読点
- ななゑ 名詞-固有名詞-人名-名
- さん 名詞-接尾-人名
- です 助動詞
- 。 記号-句点
- 読点
- 形容詞
- フィラー
- 感動詞
結構、同じ書き手による文章が同じような位置に配置されることがわかると思う。ちゃろん日記(仮)などは、二つの独立した文章がほとんど同じ位置に配置されている。もう、ちゃろん文体は安定しまくっていて完成されているのである。そしてまた、「文豪」夏目漱石の場合も、「我が輩は猫である」と「坊っちゃん」がかなり近い位置に配置されていることがわかる。
なるほど、結構書き手による特徴はこんないかにも雑な解析でも評価できるものなのかもしれない(あくまで「遊び」だけどね)。そして、形容詞の出現頻度などは、「雪だるまがいる景色」と「自然と生物」以外は大体同じようなものである。寺田寅彦の「自然と生物」は妙に形容詞の出現頻度が高いところが面白いところである。私の「雪だるまがいる景色」はあまり技術的な話ではなくて、確かに形容詞が多そうな話ではあるのだが、一体「自然と生物」はどうだっただろうか?
ちなみに、「できるかな?」からの二つの文章は共にフィラーが一個も出てこない。その他の6つの文章にはフィラーが出てくるのであるが、何故か「できるかな?」の二つの文章にはフィラーが含まれていないのである。この差がなければ、寺田寅彦の二編と「できるかな?」はかなり似た場所に位置するのであるが、このフィラーは特に違うのである。
さて、上の図ではフィラーと形容詞の出現頻度だけを眺めてみたが、読点、感動詞の出現頻度も加えて、クラスター分析を行ってみた。つまり、「読点・形容詞・フィラー・感動詞」の出現分布が似ているものを分類してみたわけである。クラスター分析にはExcelアドイン工房「早狩」の統計解析アドインを使用させて頂いた。ちなみに、クラスターの結合はウォード法を用い、非類似度計算法には標準化ユークリッド平方距離を使用した。その結果が下の図である。
このクラスター分析の結果を示す図は近い文章をまとめていったものを示している。つまり、文章の「近さ」あるいは「似ている度」を示しているのである。ちゃろん日記(仮)の二編は本当によく似ていて、また夏目漱石の書いた二編も互いに似ている。そして、それより「近い度」は低いが「新宿駅は電気羊の夢を見るか?」は「科学について」に近くて、「雪だるまがいる景色」は「自然と生物」に近い。おして、さらに似ているものを探せば、ちゃろんの二編と「新宿駅は電気羊の夢を見るか?」・「科学について」は似ているといえなくもない、さらに言えばその四編と夏目漱石の二編が似ている。
ここでは、四人の書き手がいるということが私には判っているので、あえて四つのクラスターに分解してみると、
1.
- 「雪だるま」がいる景色
- 自然と生物
- 新宿駅は電気羊の夢を見るか?
- 科学について
- ちゃろん日記1998(仮)11月上旬
- ちゃろん日記1999(仮)6月上旬
- 我が輩は猫である
- 坊ちゃん
しかし、その一方で考えてみれば寺田寅彦の名随筆と「できるかな?」のヘッポコ文章が「文体が近い」と解析されてしまっているわけなので、実はこの解析の信頼性はかなり低いと言わざるを得ないところもあるのである。いや、もしかしたら「文体は同じやけど、内容が全然違いますがな」というような冷たいアドバイスを解析結果は言わんとしているのかもしれないが、もうそれは哀しすぎる事実なので考えたくないのである。
さて、そう言えば一番最初の図で「できるかな?」と寺田寅彦の差はフィラーの出現分布だったわけであるが、「大学の講義における文科系の日本語と理科系の日本語-- 「フィラー」に注目して --」では、「聞き手への働きかけのあるフィラーが多いということは聞き手への配慮が大きいということにつながる」と書いてあった。ということは、フィラーの出現分布は聞き手への配慮に比例するというわけで、「できるかな?」の文章にフィラーが出てこない、ということは読み手に対する配慮がない、なんてことなのかなと思ってしまったりするのである。
そんなことを考え出すと、ホラどうせひとりで書いてるだけだから読み手のことなんか考えていないのさと、思わず涙がこぼれてしまうような哀しい気持ち、になったのである。う〜む、最初は誰もが思わず涙がこぼしてしまうような素晴らしい文章を書けるようになりたいと思ったったのに、何でこんな結論になるんだろう?
答え: それは文才がないからです。ハイ。
2001-04-05[n年前へ]
■トラウマ・トラウマ その1
そういえば、私は小学校の低学年の頃は長野の高原にある分校に通っていた。本当に絵に描いたような分校だった。
そういえば、何かの授業で「家の仕事」を調べる宿題があった。もちろん、家が農家でないのは両親が雑貨屋をやっている子と私との二人だけだった。
授業の中で、色んなドリルがあったように思うが、終わるのは私はいつも後ろから数えた方が早かった。つまりは、分校なので生徒の人数はものすご〜く少ないにも関わらず、私より先に終わる人達ばかりだった。そんな中で、特に今考えてみると本当にスゴイなぁと思えるような人が二人いた(クラスの人数が20人もいないのに)。そして、彼らは二人とも長男だった。
で、私はしばらくして東京のベットタウンに引っ越した。あの二人は