2000-05-10[n年前へ]
■「モナ・リザ」の背景と自己相似性
フラクタル地形を作ろう
以前、
で、「モナリザ」の微笑はどうにも奥深く見えるから不思議である。その微笑の先に何があるのかを深く考えさせる。そして、その答えはなかなか見つけられない。「モナリザの微笑」を眺め考えると、その先には結局「モナリザ」しか見えてこない。答えが見えないのであると書いた。そして、画像を読み込み、その画像をその画像自身の縮小画像(48x48個)で表現するjoconde.exeを作成し、自己相似形の「モナ・リザ」を描いてみた。それが、この下のjunhirabayashi 作 48x48の「モナリザ」である。
ところで、本家のダ・ビンチの「モナ・リザ」と言えば、本当に奇妙な背景である。荒涼として、とても普通の景色とは思えない。地学の教科書に出てきそうな地形だ。グランド・キャニオンのような侵食地形のようである。
ダ・ビンチは治水に関して深く興味を持ち、大好きだったと聞く(いや、もちろん本当に聞いたわけじゃないけれど)。ダ・ビンチは治水に関してはプロフェッショナルだった。それを考えれば、この「モナ・リザ」の荒涼たる背景なども、ダ・ビンチの趣味そのままのようで面白く感じられる。しかし、見れば見るほどこの背景は不思議である。Bryce等の「自然っぽい地形」を描いてくれるソフトで作成した景色のようである。
その手のソフトは想像上の地形を作成するのに大抵フラクタルを用いる。つまり、フラクタル地形である。フラクタル地形というのは、例えば山脈の一部分を拡大してみてもそこにはやはりその山脈自身と同じような高低があるということである。どんなに拡大してみてもそこにはやはり小さな山脈があるのだ。というよりは、どんなに拡大してみても、小さな山あり谷ありと言った方が良いだろうか。そういう自己相似性を利用してやれば「自然っぽい地形」を描けるわけだ。
「モナ・リザ」の微笑の中はどこまで拡大しても「モナ・リザ」の微笑がある、つまり「モナ・リザ」の前景は感覚としてのフラクタル性を持っているように感じられる。そして、背景もまたフラクタル性を顕著に持つフラクタル地形っぽいのである。ダ・ビンチが自己相似性、フラクタルについて考えていたと想像してみると、とても面白いと思う。
さて、フラクタル地形の説明を少しだけ書いたが、やはりここは自分でもそのフラクタル地形を作成してみなければマズイだろう。何しろ、私はフラクタル地形のことは良く知らない。とりあえず、自分で作成してみないことにはよくわからない。まずは実践あるのみだ(もちろん、トンデモナイ内容を実践するのは問題外だ)。
そこで、まずは手っ取り早くMathematicaでフラクタル地形を作成してみた。次のアニメーションGIF画像はMathematicaでフラクタル地形を作成していく様子である。荒いスケールの凹凸を作成して、その後段段と細かいスケールの凹凸を作成していくようにしてみた。プログラム時間は10分である。ここらへんの手軽さがMathematicaのスゴイ所だ。
この計算は適当に作ってみただけなので色々と問題がある。例えば原点(0,0)から放射状に凹凸がある。これは計算上の問題である。しかし、今回は面倒なので深追いはしない(カッコつけて言う内容じゃないが…)。これを手直ししようとするととたんに面倒になってしまうのである。
とりあえず、完成したフラクタル地形は次のようになる。hirax山脈とでも名づけておこう。
なかなか「自然な山脈」っぽくないだろうか?青い光に照らされた幻想的な山脈である。といっても、色がなんとも自然でなくて、「自然な山脈」には見えないという人も多いだろう。というわけで、色調を変えて、それっぽくしてみた。そこで、次が先の完成画像の色調を変えて、「自然っぽく」したフラクタル地形である。
これが、Mathematicaで作成した「山岳地形」だ。結構、それっぽく見えると思う。今回は、Mathematicaの内部でレンダリングしたそのままであるが、次回(といっても、いつになるかわからないのはいつものこと)には、Mathematicaで作成した「山岳地形」を元にきちんとレンダリングしてみたいと思う。さぞや、幻想的な景色が作成できるに違いない。
さて、私はフラクタル図形を眺めているとなぜだか知らないが、水戸黄門の主題歌が頭の中で響いてくるのである。あの、「人生楽ありゃ苦もあるさ…」というヤツである。もう、流れ出したら止まらないのだ。それはもう水戸黄門の主題歌のフラクタルである。
そして、ひどい時には「どんぐりころころ」と水戸黄門の主題歌の輪唱が頭の中で始まってしまったりするのだ。それを「カノン」と言えば聞こえは良いが、いやもうホントにたまらない状態である。
どんぐりころころ、どんぐりこ人生楽ありゃ、苦もあるさお池にはまって、さぁ大変くじけりゃ、誰かが先に行く…
あぁ、止めてくれぇ…
2002-11-28[n年前へ]
■バストが飛び出す「イリュージョン・ブラ」
これでアナタもロケットバスト
人知れず地球に潜入し、人類(巨乳)の安全を脅かすオッパイ星人を撃退するために、ワタシは日夜彼らと戦い続けてきた。そして、オッパイ星人に狙われそうな子羊達(巨乳)をいち早く見つけ出し、ワタシのこの手で守るために、オッパイ形状を素早く認識する装置=「巨乳ビジョン」などの強力兵器を数多く開発してきたのである。例を挙げれば、
- 左右の立体視差を利用する双眼タイプの「巨乳ビジョン」
- 陰影を利用する単眼タイプの「巨乳ビジョン・ライト」
しかし、そんなワタシの戦いはどうも子羊達(巨乳)だけを守ろうとしているかのように見えるらしく、子羊達(微乳)からの抗議の声が時折ワタシのもとに届くのである。いや、実際のところ人知れず戦い続けているワタシのもとには応援メールなどは来ることもなくて、来るのはひたすらそんな抗議メールばかりなのである。
例えば「小さなバストの人のことをもっと考えて下さい」とか「あのね、巨乳なんて所詮オッパイ星人の幻想に過ぎないの!」とか「その研究成果をもっと有意義に活用してて、巨乳になるブラジャーでも作った方がいいんじゃないの。」というようなメールばかりが来るのである。ほとんど脅迫メールのようなものさえ来るわけなのである。
「巨乳になるブラジャー」なんか作成したら、本来安全が保証されている子羊達(微乳)が危険に襲われちゃうじゃないの、安全な子羊達(微乳)が何で好きこのんでそんな危険な子羊達(巨乳)になりたいの、とかワタシなどは思ってしまうわけではあるの。けれども、どんなご意見であったとしても、ご意見メールにはやはり素直に耳を傾けなければいけないのである。そういうわけで、今回はhirax.net特製の「小さなバストの人のために」「オッパイ星人の幻想を利用し」「誰でも簡単に巨乳に見せかけられるブラジャー」を作って、紹介してみたいと思う。
まずは、こんな格子模様のブラジャーがあったしよう。これは良くあるタイプの「ブラジャー」である。
巷に溢れる「寄せて上げるブラ」や「パッド付きブラ」であれば、バストを大きく見せかけたり、谷間を深く見せかけたりするために、背中のお肉までをも胸に寄せ集めてみたり、ウソっこパッドをブラジャーの中に入れて外見形状を「巨乳に見せかける」わけだ。
しかし、そんな「背中のお肉までをも胸に寄せ集める」なんてことをしようとすると、きつく体を締め付けないといけないわけで、体に負担がかかることは避けられない。そしてまた、「ウソっこパッドをブラジャーの中に入れる」というのは体に負担はかからないかもしれないけれども、心に負担がかかるに違いないのである。体を偽り体を締め付けてみたり、ココロを偽りココロに負担を掛けてみたりなんて心身共に良くないことのである。そもそも、そんな無理や負担は「バストの外見形状を偽る」ことで小さいバストを大きく見せようなんて無理なことをしたからなのだ。
だったら、例え扁平なバストであったとしても、例え真っ平らな谷間であったとしても、その外見形状はそのままに受け入れて、だけど見る人のココロだけを単に騙してしまえば良いのである。先のメールにあったようにそもそも「オッパイなんてそれを見る人の幻想なの!」と言う意見もあるわけで、「なるほど、ならその見る人の幻想を利用してやればいいじゃないの」というわけで作ってみたのが、下にある「できるかな?」特性の「イリュージョン・ブラ」なのだ。
これは認知心理学を利用し、というか単に「カフェウォール錯視」を利用することで、「どんな小さなバストでさえもマルマル飛び出す巨乳に見せてしまう」のである。実際のところ小さなバストどころか真っ平らな胸でさえも、ロケットのように飛び出して立体感を感じさせてしまう、というそれはもうオソロシイ「イリュージョン・ブラ」なのだ。
これを先程の格子模様の「ノーマルブラ」と比べてみれば、バスト部分がロケットみたいに飛び出して見えることが判るハズだ。ふくよかな膨らみをアナタのココロは感じ取るハズなのである。しかも、外見を無理に変えているわけではないので、この「イリュージョン・ブラ」を着用している女性の体にもココロにも何ら無理はかけていないのである。ただただ、それを眺めるもののココロにのみ訴えかけて、巨乳に見せるという魔法のブラジャーなのである。
というわけで、見る人のココロに直接訴えることで巨乳に見せかける「イリュージョン・ブラ」、バストが飛び出して見える「イリュージョン・ブラ」を着用すればワタシにご意見を下さる「微乳のアナタ」もロケットバストになるのである。もちろん、ブラジャーだけでなくてTシャツや何かにこの格子模様をプリントしたって良いのだ。格子模様のワイシャツなんてのも多いだろうから、そんなシャツにこの「イリュージョンブラ模様」をプリントしてみても良いだろう。そんな服が町中に溢れれば、もう街中に子羊(巨乳モドキ)が溢れるに違いないのである。
この「イリュージョン・ブラ」が巷に溢れた日には、街を歩く女性達は全てオッパイ星人の獲物と化すだろう。そして、オッパイ星人達はそんな大量の獲物に襲い来るに違いないのである。ワタシは単に守らねばならぬ子羊(巨乳)が増えてしまうだけで、これからの自分の戦いをますますと苦しくしてしまったのではないだろうかと考え始めたのではあるけれど、それはもうしょうがないのだ。どんな苦戦が続こうとも、ワタシは戦い続けるのである。それが、正義の見方味方というものなのである。日夜、子羊(巨乳)を見守り続けるのが正義の見方味方というものなのである。
2003-03-11[n年前へ]
■一昨日見た海
打ち合わせの最中に打ち合わせ室から窓の外を眺めると雪がたくさん散らついていた。積もるような雪ではなくて、地面に着く前に消えるようなそんな雪だったのだけれど、たくさんの雪が風に軽やかに舞っている様子は幻想的だった。雪の向こうで日の光で輝いている富士の裾野だって眩しくて幻想的だ。打ち合わせ相手はそんな雪にちょっと焦っていたかもしれないけれど。
この写真は今日眺めた景色ではなくて、一昨日眺めていた海。
2004-12-10[n年前へ]
■ジャイアント馬場(ババ)と矢口真里(ヤグチ)が暮らす部屋
背が伸び縮みする「エイメスの部屋」
もし、壁に空いた小さな穴から光が漏れていたら迷わず覗く、それが人間だ。他人の部屋から何やら怪しげな声が聞こえれば、ドアに頭を押しつけて聞き耳をたてる。そのドアに小さな覗き穴が空いていれば、迷わず片目をつぶり、そしてもう片方の目を大きく開き穴の向こうの世界を覗く。もしも、その覗き穴の向こうが他人の家の浴室であれば、覗きの現行犯で逮捕されてしまかもしれないが、とにもかくにも覗き穴を除くのが人間なのである。「歩く好奇心」、好奇心が服を着ているのがイコール人間なのである。
そんな人間であるあなたの前に壁があり、壁の向こうには「謎の部屋」がある。そして、そのあなたと「謎の部屋」の間を遮る邪魔な壁に小さな覗き穴が空いていたら、あなたは一体どうするだろうか?そう、もちろんその穴から不思議な部屋の中のようすを覗いてみるに違いない。好奇心のかたまりとなって、その「謎の部屋」の中を眺めてみるに違いない。
というように、その「謎の部屋」を実際に覗いてみたのが下の二枚である。左は、部屋の中を覗いたようすを示すJavaアプレットであり、右はそのJavaアプレットを静止画像にしてみたものである。まずは、Javaアプレットを動かさず、ただ眺めてみることにしよう。
しかし、実はこの二人の身長は全く同じなのである。この「謎の部屋」は「エイメスの部屋(Ames room)」と呼ばれる特殊な作りになっていて(ペーパークラフトの模型の例)、部屋の中のどの場所に立っているかにより、(覗き穴の外から眺めた)身長がまるっきり違うように見えてしまうのである。部屋の左と右では実は覗き穴からの距離が違っているのだが、その距離に応じて部屋の高さを部屋の左右で変えることにより、その左右が奇妙な形状をした部屋が「覗き穴から眺めてみると」綺麗に四角い部屋に見えるのである。覗き穴の視点からの遠近感を「帳消し」にするような形状にすることで、「エイメスの部屋」を覗き穴から覗くと普通の四角い部屋にしか見えないわけである。
というわけで、「覗き穴」からは綺麗な部屋に見えるけれども、実は部屋の高さと距離が左右で違っているわけで、誰かが視点(覗き穴)から近い側(そして部屋の高さも低い)に行くと、その人は部屋に比べてひどく大きく・背が高く見える。そして、同じ人が視点(覗き穴)から遠い側(こちらの部屋の高さは高く作ってある)に行くと、その人は距離に応じて大きく作ってある部屋に比べて(その人自身は遠くにいるので小さく見える)ひどく小さくく・背が低く見える。そのため、例えば誰かが部屋をトコトコ歩いて行くようすを外から眺めていると、いきなりその人の背の高さが伸びたり縮んだりしてしまうように見える不思議な部屋「エイメスの部屋」ができあがるのだ。というわけで、上のJavaアプレットの場合は右に立っている巨大なジャイアント馬場は単に覗き穴から近いところに立っているだけで、実際には左に小さく見える矢口真里と同じ身長・同じ大きさなのである。ジャイアント馬場と矢口真里が一つ屋根の下で暮らしているわけではなく、実は同じ背格好の人間が二人立っているだけなのである。ちなみに、上のJavaアプレットは 「左クリック+マウス移動」: 物体回転 「Shit+マウス上下」: 視点移動・回転 「Ctrl+」: 「Sボタン」: 通常 → 平行法立体視 → 交差法立体視 というように動かして眺めることができるので、「エイメスの部屋」が特殊な作りになっていることがわかる。他の視点から眺めてみれば、この部屋は決して四角い普通の形ではなく、何とも奇妙な形であることが実感できることと思う。
* ちなみに、足の位置を眺めるとその距離感がつかめてしまうかもしれないが、それは単にポリゴン配置の都合でそんな風に手を抜いただけで、ちゃんと作ればそんな風には見えてしまうことはなく、巨大なジャイアント馬場と小さく可愛い矢口真里にしか見えなくなる。 「エイメスの部屋」を他の視点から眺めてしまうと、仏の四角い部屋でなく、奇妙な形状の部屋であることが判ってしまうということは、「エイメスの部屋」のトリック・魔術にひっかかるのはただ一点から眺めた場合だけなのである。違う視点に移動して、「エイメスの部屋」を覗き眺めてみれば、全然不思議でもない(ただヘンな形をした)部屋になるだけなのである。
他の視点から見た「エイメスの部屋」 視点位置(覗き穴)は右であり、(視点から見て左側に見える)手前の壁は視点から離れるほど高くなり、その一方で床は低くなっていることがわかる。 視点位置(覗き穴)は左であり、視点から見た左右がずいぶんと歪んだ形の部屋になっている。
あるいは、視点をわざわざ移動しなくても、「覗き穴」から片目でその部屋を眺めるのではなく両目でその部屋を眺めてみれば、その部屋の不思議は一瞬にして消え失せる。両目で、すなわち「二つの異なる視点から」その部屋を見るやいなや、頭の中にエイメスの部屋の真実の姿・立体形状・遠感が得られるハズである。部屋が奇妙な形をしていることや、部屋の中の人物が立っている場所がずいぶん離れていることなどを自然に感じとることができるに地がない。「エイメスの部屋Javaアプレット」で"S"ボタンを押して、立体表示させてみれば、(それまでは背の高さが違って見えた)二人が同じ背の高さに見え、単に二人の距離が近いか遠いかどうかの差だけであることがわかることと思う。
二つの目(視点から)でエイメスの部屋を眺めてみる (平行法)こんな風に、「エイメスの部屋」の中では本来同じ背丈の人が背が高く見えたりも背が低く見えたりもする。同じ人であっても、その人との距離や・その人の後ろに見える背景のせいで大きく見えたり小さく見えたりする。だから、片目をつぶり、もう片方の目だけで特殊な場所を覗いてみると「右に歩けばジャイアント馬場、左に歩けば矢口真里」なんていう魔術や幻想が生じたてしまったりするのである。 「背比べ」に絶対的な基準があるわけでもなく、「比べ」というからには、それは単に相対的な高低・大小の比較に過ぎない。となれば、こんな「エイメスの部屋」のような細工された場所、歪んだ世界を距離感を失いながら眺めてしまうと、途端にあるはずもない「ジャイアント馬場と矢口真里が暮らす部屋」が出現してしまう、というわけなのである。いや、「あるはずもない」と言ってしまうと、(今は亡き)ジャイアント馬場に失礼な話だが。