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1998-12-19[n年前へ]

音階を勉強する 

単音シンセサイザーをつくる

 今回は、音階そのものについて勉強をしてみる。世の中には色々な音階がある。いわゆる12音階の中でも、純正調、平均率などいろいろある。12音階でないものもある。どのような音階があって、それぞれどのような音程になっているのか調べてみたい。といっても、まずは7音音階、すなわち、ダイアトニックスケールだけを考える。
 参考文献は手元にあった、「音楽の不思議」 別宮貞雄 著 音楽之友社である。なお、江尻氏の音律周波数表、音律について、音律実験(http://www.tg.rim.or.jp/~ejiri/)では色々な音階についての情報を知ることができる。5音階、すなわち、ペンタトニックスケールについての情報もある。同様なWEBサイトととしては「調律法ききくらべのページ」(http://www.top.or.jp/~murashin/index.htm)がある。ARATA氏の「MIDIで古典調律を」(http://www.nifty.ne.jp/forum/fmidicla/htmls/kotenj.html)にもかなりの情報がある。

 ここでは、簡単にピタゴラス音階、ツァルリーノ音階(純正調音階)、12平均率だけを考える。

 まずは、ピタゴラス音階を作る。Aという基準音を作る。その音に対して振動数が3/2倍の音をEとする。更に、Eに対して振動数が3/2倍の音をBとする。また、Aの振動数に対して、3/2倍の音をDとし、Dの4/3倍の音をGとする。そして、CGの3/2倍の音をCとする。最後に、Cの4/3倍の音をFとする。
 各音の倍、あるいは1/2の音のオクターブ違いの音を考えると、結果としてC,D,E,F,G,A,Bのダイアトニックの7音音階ができあがる。このピタゴラス音階は旋律が良く響くという性質がある。よく響くという言い方は誤解を生じるかもしれない。「うまく旋律がおさまる」といった方がいいかもしれない。

各音の間の振動数の比
D/CE/DF/EG/FA/GB/AC/B
ピタゴラス音階9/89/8256/2439/89/89/8256/243
ツァルリーノ音階(純正調音階)9/810/916/159/810/99/816/15
12平均率2^(2/12)2^(2/12)2^(1/12)2^(2/12)2^(2/12)2^(2/12)2^(1/12)

 次に、ツァルリーノ音階(純正調音階)は、各音の間の振動数の比を見てもわかるように、和音はよく響く。しかし、旋律として聞いた場合には、必ずしも良いわけではない。しかも、転調はできない。現在、一番使われている12平均率は振動数比をみてもわかるように必ずしも、和音の響きが良いわけではない。しかし、周波数を見てもわかるようにピタゴラス音階とツァルリーノ音階(純正調音階)の中ほどであり、和音の響き、旋律どちらも悪いわけではない。
 ただし、1曲の中で厳密に音階が同じというわけでもないらしい。プロの弦楽四重奏などでの演奏では、必ずしも12平均率でなく、曲の中でも意識して音程を変えるという話だ。
 また、ツァルリーノ音階(純正調音階)用に曲を作って聞いてみても、それほど良くなるとは思えない。確かにきれいに響くのだが、(私の感じでは)それだけなのである。

 セントで表したものも示す。セントは基準音の振動数Nに対して、振動数Mである音を、1200x log_2(M/N) と表す単位である。 セントで表せば、12平均率は当然きりのいい数字になる。

セントで表した各音の振動数
CDEFGABC
ピタゴラス音階020440849870290611101200
ツァルリーノ音階(純正調音階)020438649870288410881200
12平均率020040050070090010001200

音階についてあまり長々と考えてもきりがないので、ひとまずここまでにしておく。なにしろ、奥が深すぎる。最後に各音階の周波数表を示す。なお、Cの音はいずれも440Hzにしてある。ここでいうCは音名ではない、階名である。つまり、絶対的な音の高さを示すもの(音名)でなくて、相対的な音の高さを示すもの(階名)である。むしろ、よく使われるドと言ったほうが良いかもしれない。「Aをドにして歌ってみよう」という時の「ド」である。ところで、ドレミファソラシドの語源はどこにあるのだろう?SoundOfMusicがdoeの歌のイメージから"do a dear ..."と鼻歌を歌うことはあるが、語源は一体?次の宿題にしたいと思う。
 さて、使用した周波数は全て江尻氏の音律周波数表、音律について、音律実験 (http://www.tg.rim.or.jp/~ejiri/)に記載されていたセントから最初の音を440Hzとし、周波数に変換してある。

HzCDEFGAHC
平均率 12Equal440494554587659740831880
純正律 Pure(5-3)440495550587660733825880
純正律 Pure(5-3)'440495550594660743825880
純正律 PureQ-39(3-5)440489550587652733815880
純正律 PureT-71(5-3b)440495570594660760855880
メルセンヌ純正律440495550587660733825880
ピタゴラス律440495557587660743835880
中全音律440492550588658736822880
キルンベルガー 第2440495550587660738825880
キルンベルガー 第3440492550587658736825880
キルン-ヴェルク440492552587658736828880
ヴェルク 第1技法第3番440492551587658735827880
ヴェルクマイスター 第3'440495553589660740830880
ラモー440492550588658736822880
ヴァロッティ-ヤング440493552588659737826880
ヤング 第2440493552587659737826880
43平均律440493551588658737825880
53平均律440495550587660733824880
 それでは、このような音階を奏でることの出来るシンセサイザーを作ることにする。
National InstrumentsのLabViewのExample例の中でWindows環境でSoundを入出力するViがあったのでこれを利用する。また、その使用例としてプッシュホンの発信音を出力するものがあった。これを適当にいじって作ってみる。今回は簡単のために単音のみの出力である。いずれ、もうすこしちゃんとしたものを作ってみたい。

 作成したアプリケーションをここにおいておく。
Onkai.lzh 1,176kB(配布終了です。)
LabViewのライセンス上、ダウンロード数が50近くになったら削除する。(配布終了です。)

onkai.exeの動作画面
 まずは、赤丸部分のボタンを押して実行モードにする。
 実行中の画面はこのようになる。
音階の選択画面
 このように色々な音階を
選ぶことが出来る。
 鍵盤をマウスで押しても音が出る。また、ファンクションキーのF1からF8でも音を出すことができる。ちなみに「ホンキートンク」は適当につくったでたらめの音階である。それぞれの音階を単音で聞いても違いが分かるだろうか。

1999-01-19[n年前へ]

小人閑居して... 

情報をポケットに入れて持ち歩きたい

ラテン語入門(http://www.hiei.kit.ac.jp/~taro/latin.html)

The Internet DictionaryProject (http://www.june29.com//IDP/IDPsearch.html)

によれば、「学者=scholar」はギリシャ語の「スコレー」を語源にしているという。語源を素直に訳せば、「暇人」となる。その中で、真理のために学ぼうとする人を「スコレー」と呼ぶのだという。
 また、教育する=educateはラテン語でerudioであり、 「外に引き出す」を意味するという。生徒一人一人の中に潜んでいる才能を外に引き出す、というのが本来の意味であるという。なんとも、深い意味である。

 とは言っても、昔のギリシャ人とは私は違う。「小人閑居して...」、と言う通りである。そこで、反省のために、「暇な時には真理を学んでみる」ことにした。といっても、何かを覚えるというのは面倒くさいし、無意味でもあるので、ポケットに情報を入れて持ち歩くことにした。

 今回使う道具は

である。InterGetで自動巡回してダウンロードしたさまざまな情報をPalm-sizePCであるCASIOE-55の中に入れて持ち歩こうというわけである。CASIO E-55には30MBytesのCF(コンパクトフラッシュ)カードが挿してあるので、容量には結構余裕がある。

InterGetの動作画面

Palm-size PCの便利な点であるmobile channelを自分で作成してやれば、更新も自動化できてとても便利なのだが、CFカードの領域にchannelのファイルを作成するやり方が分からなかったので、ひとまずあきらめた。大切なRAM領域を食いつぶす訳にもいかないだろう。

毎日のmobile channnel

mobile channelを自分で簡単に作成するためのMobile Channel Wizard
http://www.microsoft.com/windowsce/downloads/pccompanions/mcwizard.asp
からダウンロードすることができる。いずれ自分用にチャンネルを作成してみたい。

 まず持ち歩いてみたい資料は、RICOH情報通信研究所 有志による
英語技術文献の日本語要約(http://www.ricoh.co.jp/rdc/ic/misc/abs_club/index.html)
が面白くて良い。ここから、

  • Science
  • Computer Vision and Image Understanding
  • Graphical Models and Image Processing
  • IEEE Multimedia
  • IEEE Software
  • IEEE Transactions on Pattern Analysis and Machine Intelligence
といった雑誌のアブストラクトの和訳を読むことができる。有り難いことだ。まずは、Scienceでも持ち歩くことにする。
Scienceのアブストラクトを表示している。

 このボディーの中に1995-1999のScienceのアブストラクトが詰まっているのである。
 あと、ゲームも...

2000-05-27[n年前へ]

ささやかだけれど、役にたつこと 

メール紹介の小ネタ集

 
 

  「できるかな?」の話題に関して色々と面白いメールを頂くことがある。その中には、私の知らない色々な面白いことが書いてあるものも多い。今回はそういったものの一部から小ネタ集(探偵ナイトスクープの桂小枝風)をやってみたい。メールは多少こちらで書き換えている部分もあるが、基本的には頂いたそのままである。

 まずは、

の時のように計算間違いをしたりすると、さまざまな正解がメールで送られてくる。非常にありがたいことである。簡潔に間違いの個所を指摘してあるメールもあれば、私と同じように迷路にはまり込んでしまった答えが書いてあるメールもある。どちらにしても、私にはとても面白く、ありがたいものである。

 例えば、最近で言うとこんな面白い「間違い指摘メール」を頂いた。
 

k氏からのメール
 早速ではありますがにて
どんぐりころころ、どんぐりこ
と記述されておりますが「どんぐりこ」ではなくて「どんぶりこ」が正しい歌詞だと記憶しております。真偽を確認の後、然るべき行動を取られることを切に願います。

 「えっ」、と一瞬思うが、口ずさんで、後の歌詞のつながりを考えてみると、確かにそうかもしれない。どんぐりがお池にはまるなら、確かに「どんぶりこ」の方が自然である。桃太郎の桃が「どんぶりこ」と川を流れてきたように、どんぐりも「どんぶりこ」となるのが自然である。

 そこで、WEB上で情報を探してみると、

に歌詞が載っている。確かに、「どんぐりころころ どんぶりこ」となっている。この後、身の回りの20人以上に聞いてみたが、「どんぐりころころ」の歌詞を正しく歌った人は一人もいなかった。メールを頂いたときには恥ずかしくて顔から火が出そうになったが、私だけではないようなので、恥ずかしさは新鮮な驚きに変わった。きっと、これを読んでいる人の中でもかなりの人が勘違いをしているのに違いない(そう思いたい)。

 そして、同じ「どんぐりころころ」ネタと言えば、こんなものもある。
 

O氏からのメール
にて、 - 「どんぐりころころ」と水戸黄門の主題歌の輪唱 - というものを書かれておりましたが、「赤とんぼ」と水戸黄門の主題歌(あぁ、人生に涙あり)も輪唱可能 です。

 他に思いついたのが、

おたまじゃくしは、カエルの子。ナマズの孫ではないわいなぁ。
も、「あぁ人生に涙あり」の節でいけそうです。

 どうも、山田耕作系の曲は合うようですね。以前、「山田耕作の曲は日本語の音韻律に合わせてある。」という話を聞きましたがこれが関係しているのでしょうか?

 他に、昔TVで見たものですが、

  • 「帰ってこいよぉ?」の節で、「帰ってきたウルトラマン」が歌えます。
  • 「ゲゲゲの鬼太郎OP」の節で、「おさるのかごや」が歌えます。

 私には水戸黄門の主題歌の題名が「あぁ人生に涙あり」であると知れただけでも、うれしくてたまらない。いいタイトルだ。日本人の心にグッとくるタイトルである。

 そして、その後の

  • 山田耕作系の曲と「あぁ人生に涙あり」のカノンについての関係性
などいつか必ずネタにしたいと考えているくらいである。その答えには、きっと不思議なおもむきと科学とバカバカしさが同居しているに違いない。それこそ、「できるかな?」が追い求めている理想の姿である。
 と、思いつつなかなか手をつけられないでいるので、今回ここに紹介してみた。もちろん、いつか挑戦しようという気持ちは変わっていない。いつか、必ず登場させるだろう。

 そして、同じ「モナ・リザ」つながりでは、こういう面白い話を教えてくれるメールもある。
 

R氏からのメール
の福田繁雄氏とモナリザの微笑みで思い出したのですが、トーストの焦げ目で描いた作品を見た記憶があります(これが福田氏の作品だったかどうかあいまいなのですが)。この時の作品は、焼け具合の違うトーストを並べてありましたが、展示が終わった後はどうしてしまったのでしょうか。

 インドあたりでやってる砂で描いたマンダラに通じるものがあると思いました。(その場限りのものという意味で…)

 このメールを読んでから、「モナリザ」の自己相似形ソフト 料理材料編 に必ず挑戦したいと考えているのである。そのために写真満載の料理ブックも購入してしまった程である。

 他にも色々な知識と言えば、こんな情報もとても勉強になった。
 

K氏からのメール
で、
 ところで、ドレミファソラシドの語源はどこにあるのだろう?SoundOfMusicがdoeの歌のイメージから"doa dear ..."と鼻歌を歌うことはあるが、語源は一体?次の宿題にしたいと思う。
とありますが、これはなんと、ドレミ....も歌からとられたもので、<聖ヨハネ賛歌>という歌の歌詞から引用したものだそうです。聖ヨハネ賛歌は当時使われていた、6音音階の各音を正しく理解、視唱させるために各行の開始音が6音音階の各音になっていた曲です。
 つまり、聖ヨハネ賛歌の各行のはじめの歌詞が、Ut,Re,Mi,Fa,Sol,Laだったので
す。

 Do Re Mi、は、もとはフランス語のUt Re Mi Fa Sol La Si Utでしたが、16世紀になってイタリアで呼びにくいUtが現在のDoに変わったのでした。

 こういう言葉が変化していく様子というのは私のとても興味のあるところである。そういう話、「蝸牛考」、あるいは探偵ナイトスクープの「アホとバカの境界線」のような面白い話があったら、ぜひ私まで教えてもらえるとうれしい限りである。

 さて、最後にこんなメールをご紹介したい。これは、さまざまな色空間の多様性について書いたものについて頂いた意見の一部である。
 

B氏からのメール
 複数種類の蛍光色素を用いて動物組織を染色し顕微鏡観察した画像をコンピュータで解析する技術が一般的になっています。ここで使われている疑似カラーが緑と赤ですが、私は緑と紫にしました。2色が重なるところは白くなります。通常使用される疑似カラーで赤を暗く感じることも問題ですが、もっと問題なのは、赤と緑の重なったところを黄色に表示した場合、緑と黄色が区別できないのです。

 自分が赤の変わりに紫を使って、緑と紫、重なったことろが白としたのは、これであれば健常者の人でも赤緑色盲の人でも余容易に区別がつくと思ったからです。色盲の人は日本で5%ですがアメリカではその倍以上います。学会の会場や雑誌の読者の中にこのプレゼンテーションが理解できない人が10ー20%いたら、発表している人にも損が生じます。

 この考えには私もずいぶんと影響を受けた。そのせいで

つくった自作ソフトの色はその方式に合わせたし、では他のソフトの画面をWEB上では色調変換して表示している。
 
赤-緑の色調を使わないようにした画像例

 こういう「ささやか」なやり方ではあるが、私は緑-紫の疑似カラーの布教活動に勤めているのである。

 今回は五通のメールを紹介してみた。その他にもたくさんの「面白いメール」を頂いている。別に技術的な話でもなんでもなくて、単に「こんな面白いことがあった」というメールを頂くこともあるが、それもまたとても私には役に立つのである。例え、現実的には「役立たなく」ても、それはとても「役に立つ」のである。
 そんな「ささやかだけれど、役にたつこと」を今回はいくつか紹介してみた。そういうことは「どんなことでも」、こちら(jun@hirax.net )まで送ってもらえると、とてもうれしい。
 

2000-07-29[n年前へ]

The Spirit Level 

Fair is foul, foul is fair.


 この写真は九州阿蘇山の麓にある京大火山研究所を撮影したものだ。草で覆われただけの小高い丘の頂上に、この火山研究所の建物はまるで灯台のように建っている。それはあまりに広大な景色だったので、手元にあった小さなカメラではそのままでは全景を撮影できなかった。しかし、「その広大で、それでいて箱庭のような景色の一部分だけを切り出す」ということはしたくなかった。そこで、近くにあったカーブ・ミラーを通してその広大な景色を撮影してみた。カーブ・ミラーの凸面鏡で反射させることで、広角の撮影をしようとしたのだ。だけど、それはとてもぼやけたミラーをだったので、ねじ曲がってただのよく判らない写真になってしまった。だけど、それでもその景色の一部分を切り出すよりは良かったはずだと思っている。


 この写真を撮影したのは、もう10年程前のことになる。その夏、私は二週間ほど中国・九州を旅行していた。それは普通の旅行ではなくて、観測のための旅行だった。GPSによる標高測定と水準測量による標高測定を同時に行うことで、ジオイド(重力の等ポテンシャル面のうち平均海面と一致するもの)の形状を調べようとする研究のための観測だった。といっても、私は単なる下働きだったから、何にも考えずただ昼は力仕事をして汗をかいて、夜は温泉に入ってビールを飲む、という何だかとても幸せな二週間だった。

 GPSによる幾何的な標高測定に対して、水準測量による標高測定は各地点における水平面を基準として標高を逐次的に測っていく。ところで、そもそも標高とは鉛直方向に対する位置である。それなら、一体鉛直方向とは何だろうか?それは、水平面に対して垂直な方向としか言いようがない。水平面が定まれば、一意に決まるわけだ。それなら、それは確かなものかと言うと、それは違う。

 何故なら、水平面自体が場所によって違うからだ。水平面というものは単純なものでは決してない。その周囲(または遠方)の質量の分布によっていともたやすく変わってしまう。重力場が変化するのだから、当然の話だ。水が重力に引っぱられて、重力の等ポテンシャル面を形成するのだから、質量分布によって重力場が変動すればその等ポテンシャル面である水平面は当然のごとく変動してしまう。

 水平面・水準といったとても基本的な基準でさえ、地球の内部や外部の状態でよくわからなくなってしまう。それは、ものを伝える言葉だって同じことだ。そもそもの原動力や背景があってこその基準や言葉なのだから、中にどんなものを秘めているかで物事の基準自体が変わってしまう。人が見ているものだって、その背景できっとみんな違っていると思う。それらは実のところ、とてもあやふやなものなのだ。

 だから、Fairなんてとても大切な言葉だって、人によってその意味するものは違うのだろう。例えば、今ここで"Fair"を例に出したのも、"Fairis foul, foul is fair."というマクベスの冒頭のセリフを知っていれば、「あぁ、そういうことか」とその意味するところを判るだろうし、その背景を知らなければ「何でそんなことをいきなり?」と感じるだけだろう。それだけのことだ。

 ところで、水準測定を行う時の必需品が"Spirit Level"である。この"SpiritLevel"という言葉は、直訳した 「心・生命の高さ・水平」なんて意味では全然なくて、単なる「水準器」という意味だ。簡単に言ってしまえば、単に"Level"だ。"Spirit Level"もグラスの中のアルコールを傾けてみれば、その語源は想像がつくだろう。

 確固とした基準になりそうな水準器でさえ、実はそんなに確かなものではないのだから、何かの確かなものがあるという思い込みこそ、実はとてもあやふやなものだろうと思うのだ。
 

2000-12-10[n年前へ]

「星の王子さま」の背景に 

ウワバミの中身を見てみよう

 以前、

で、塚崎幹夫氏の「星の王子さまの世界 - 読み方くらべへの招待 -」に沿ってSaint-Exuperyの「星の王子さま」-Le petit prince -について考えてみた。その中で、「星の王子さま」の最初の方で登場する「ある星を滅亡させた三本のバオバブ」がナチズム・ファシズム・帝国主義であるという塚崎幹夫氏の意見を長々と紹介しているわけだが、先日その内容に関連して
 「三本のバオバブ」について枢軸国を意味しているのではないかとの記述がありましたが、同様の視点に立てば、これはまさしくファッショと見ることができるでしょう。何故なら、イタリアファシスタ党のシンボルは三本の薪を束ねたシンボルだったように記憶しています。単語としてのファッショは束ですね。古代ローマの団結を意味するシンボルだそうです。
という実に興味深いメールを頂いた。

 もし本当に、Saint-Exuperyが強い危機感を感じていた「三本のバオバブ」= Saint-Exuperyの友人達を危ない目に合わせているという「三本のバオバブ」とよく似ている「三本の薪」という図柄をファシズムがシンボルとして用いていたのなら、それはとても興味深い事実である。それは、Saint-Exuperyが「三本のバオバブ」を描いた時代背景の一つとして、とても重要なものとなるだろう。本来は神聖視されるバオバブの木を、Saint-Exuperyが恐怖の象徴として用いるきっかけの背景の一つとして考えることができるかもしれない。

 というわけで、ファシスタ党のシンボルを調べて、Saint-Exuperyが「星の王子さま」を描いた時代背景を考えてみることにした。何しろ今から考えてみると実に残念なことに、私は高校以降に世界史を学んだことがないのである。だから、この時代の知識は全然無いに等しい。もし、ファシスタ党のシンボルを調べてみて、それが確かに「三本のバオバブ」を連想させるような「三本の薪」であるならば、それはとても興味深いことである。そして、もしそうでなかったとしても、ファシスタ党のシンボルを調べる中でSaint-Exuperyが「星の王子さま」を描いた時代背景を知ることができるならば、それはそれで面白いことだと思うのだ。
 

 そこで、イタリアファシスタ党の名前の由来とそのシンボルに関する情報をネット上でつらつらと眺めてみた。すると、ファシスタ党の名前の由来の方は情報も多く、簡単にまとめてしまうと

 ファシスタ党の名前はイタリアのファシスタ党の前身であるファシストの団体FasciItaliani di Combattimentoに由来する。fasci(fascio)は元来は「束」「団結」を意味するものであり、そもそもの語源は古代ローマの執政官が持つ権威・権力の象徴で、斧の周りに鞭を束ねたfasces(fasciolittorio)に遡る
というようなことを知ることができた。

 そしてその名前の由来ともなったシンボルの図案の方は最初はなかなか見つからなかったが、fascesというキーワードで探してみることで

というWEBサイトを見つけることができた。FlagsOf The Worldのページ中に掲載されているファシスタのシンボルとしてのfascesが次の図である。
 
ファシスタのシンボルとしてのfasces

( リンク先はhttp://www.crwflags.com/fotw/images/it-isr.gif )

 この旗の中の鷲の足が掴んでいるのが「斧の周りに鞭を束ねたfasces」である。といっても、このサイズではよく判りにくいのでこの図を拡大してみたのが次の図である。
 

フランスの公式文書の中のfasces

( リンク先はhttp://www.crwflags.com/fotw/images/fr-fasc.gif )

 先程の「斧の周りに鞭を束ねた」という記述でもそうだったが、これを見ていると、少なくともファシスタ党のシンボルでありその名前の由来ともなったというファスケスはあくまで「斧の周りに木を束ねたもの」であって、「三本の薪」というわけではないようだ。

 ということは、「三本の薪」→「三本のバオバブ」という連想をSaint-Exuperyがしたということは可能性としては無さそうだと思われる。「三本の薪」→「三本のバオバブ」というのは実に素直な連想なので本当なら面白そうだと思ったわけであるが、残念ながらそういうわけではないようだ。
 ただ、「三本」という数字自体はナチズム・ファシズム・帝国主義の計三つの国・主義を示すものであるとしたら、「ファシズムのシンボルとしての木」→「恐怖の象徴としてのバオバブ」という連想が働いたと考えることも無理でないのかもしれない。

 ところで、このファスケスを眺めていると、「星の王子さま」の冒頭に描かれている獲物に巻き付き飲み込もうとしてるウワバミを私は連想した。少しばかりではあるが、形が似ているように私には思えたのである。いや、形が似ていると言うよりは「似た雰囲気」を「ウワバミ」と「斧の周りに束ねられた木」の間に感じたのかもしれない。
 

「星の王子さま」の冒頭に描かれている
獲物に巻き付き飲み込もうとしてるウワバミ

 「星の王子さま」はこの画をきっかけとして、主人公のパイロットが「ウワバミの中身が見える人」= 「ほんとうにもののわかる人」とこれまで出会わなかった、という話が語られていく。そして、「大切なことは目に見えない」という言葉に繋がっていくのである。この言葉は決してメルヘンチックな言葉などではなくて、この言葉の中には何らかの強い意識が感じられるはずだ。

 今回調べてみたファスケスは「結束」とか「権威・権力」を意味するが、その「結束」「権威・権力」のどちらが先に生まれたものなのかは私には判らない。だが、その「結束」「権威・権力」で飾られた内側は時として隠されがちになる。あるいはその内側を見る眼は時として曇りがちになるせいかもしれない。やはりここでも「ウワバミの中身」を見抜く眼を磨くことが必要とされる。かといって、「結束」「権威・権力」に単に批判的になるだけではそれは独りよがりにも陥りがちである。結局のところ、外にも内にも常に問いかけの眼を向けることが「ウワバミの中身が見える人」になるためには必要とされるのではないか、と私は思うのである。
 



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