2006-07-17[n年前へ]
■小さな庭でゴジラがノリノリ・ダンス
ここ何日か、Mac OS X 上でプログラミングをしている。Macintosh上でプログラミングをするのは、(「Macintoshプログラミング100の定石」を使っていた)10年振りくらいだ。7, 8年振りということは、名前は同じMacintoshでも、全くの別の世界だ。ソフトウェアの構造も全くわからないし、ユーザ像だって全然想像がつかない。それどころか、ファイルコピーの仕方すらわからない…。
一体、どうしたものかなぁ…?と悩んでいると、ちょうどmixi内のユーザ日記ページで「Macユーザの方に質問」というエントリが書かれていた。「平均的Macユーザはシェルなんか使わない」というような内容で、わきあいあいと意見を交わしている。なるほどね…と思いながら興味深く読んでいると、とんでもなく面白い出来事が始まった。わきあいの井戸端会議に、いきなりスーパー・ハッカーが混じっているのである。そして、「Terminalからirb(Rubyの対話処理コマンド)を起動しよう」「FireFoxのツールメニューから"JavaScriptコンソール"を起動しよう」と「全世界ハッカーになろう!」運動を始めていた…。まさに、「小さな庭で(超人)ゴジラがノリノリ・ダンス」状態だ。あぁ、なんて面白い世界なんだ。
2006-08-18[n年前へ]
■「新聞記者は戦争を始めることができる」@「オシムの言葉」
言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しい質問をしているのか。…そうでないのか。新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある。
2006-08-20[n年前へ]
■続・西村和雄 教授に聞いてみたい経済学のこと
「西村和雄 京大経済研究所教授へ質問してみたいこと」へのレスポンスなど。
「情報の伝達速度 vs 市場の安定性」 市場が微分方程式を離散的に積分しているとするならば、情報の伝達速度が速いほうが市場が安定するように思えます。けれど、現状は不安定に向かっているように見えるのは…なぜ?
「愚民ゆえの衆愚でなく、システムとしての衆愚」「神の見えざる手」「ビルトイン・スタビライザー」は、カオス・アトラクターとよく似たものなのでしょうか? そうであるとした時、(案外正しい?)「みんなの意見」「神の見えざる手」は時には物事を発散させてしまったりしないでしょうか?
2006-08-27[n年前へ]
■「エンジニアのための経済学講座」西村和雄教授への質問を考える
次々回の「エンジニアのための経済学講座」の講師は、西村和雄 京都大学経済研究所教授です。複雑系経済学や経済非線形動学理論が専門である西村和雄さんへの質問事項を、先週、編集者と一緒に考えてきました。決めた質問事項のうち、一つは「自由に色んな人が参加する場で、みんなの意見は本当に案外正しいの?(分数ができない大学生でも?)」といったようなことです。そして、もう一つは「人やモノの値段はどのように決まるのか?」ということにしようと思ってます。ネット界隈の現象を眺めながら、色々訊いてみたいことがあるのです。…もう一つ二つ他にする質問事項は、今まだ考えているところです。
これまで、話を聞きに行く先生は「私が話を聞きに行きたい人」ということで選んできました。例えば、「自分たち自身がどんな風に未来を選択するのか」を聞きたくて、"確率的思考 "小島寛之・帝京大学経済学部助教授に話を聞きに行ったり、「自分たに何かの選択をさせる感情」のことを聞いてみたくて、"経済は「感情」で動いている"友野典男 明治大学教授に話を聞きに行ったりしました。今回の(記事上は次々回の)インタビューで西村和雄さんに、「複雑系での全体(みんな)の選択や自分の選択」について聞いてみたいな、と思っています。
将来を決める公式などありません。未来のあなたを決めるのは、過去のあなたではなく、今のあなたがどういう選択をするか、です。1+1を、3や4にしてくれるのは、個人の力に加えて、ネットワークが働き始めたときです。つまり、経済学でいう複雑系が見られるときなのです。これは、あなた自身をも変えてゆく力になるのです。 西村和雄 「満員御礼!経済学なんでもお悩み相談所」
2006-09-08[n年前へ]
■「会社は誰のものか」と「効率重視」
経済学インタビューをしていく中で、何回か「会社は誰のものなのでしょうか?」という質問をしました。いくつもの答えを聞きながら、私は「会社は株主のものなのかなぁ…」と感じていたのです。しかし、GRAPHICATION(グラフィケーション) No.146「特集:企業社会は今」を読み、その感覚や認識が変化したのです。
それは、その特集中にあった、佐藤俊樹氏の「会社人間をこえて」や奥村宏氏の「もっと株式会社について考えよう」などを読んだからです。
もし自分の犬が他人を噛んだら、所有者は相手の被害を償わなければならない。自分のものである以上、管理する責任があるからだ。所有するというのは、そういうことでもある。 ところが、会社法人が誰かに被害をあたえても、株主には賠償責任はない。…責任はとらないが自分のもの、なんて虫のいい話は資本主義の世界にはない。
佐藤俊樹 「会社人間をこえて」
会社が株主のものなら、公害事件などさまざまな不祥事の責任は株主がとるべきなのに、誰もとっていないでしょう?…株主は、会社が倒産すれば株がただの紙切れになるだけで、それ以上の責任は持たされていないんです。 だから、会社が株主のものだという議論は矛盾しているわけです。 株式会社制度がスタートしたとき一番問題になったのは、会社が潰れたとき誰が責任をとるのかということです。この「自分のものである以上、管理する責任があるからだ。所有するというのは、そういうことでもある」といった言葉などを読みながら、「会社は株主のもの」という納得がしづらくなった…というわけです。
奥村宏「もっと株式会社について考えよう」
ところで、経済学インタビューをするきっかけ自体がGRAPHICATION(グラフィケーション) の「特集:働き方を考える」中で書かれていた、「この世は不公平なものだが、それぞれが努力すればそれに見合ったものをみんなが得られるようになる社会をどうすれば実現できるだろう?ということを愚直なまでに考えるのが経済学だ」という石川経夫の言葉でした。前にも書きましたが、この雑誌は無料で購読することができます。また、購読申し込みをするとバックナンバーも送られてきたりしますから、購読していないという人は定期購読申し込みをしてみるのも良いと思います。実に質の高い記事を無料で読むことができる、という希少な雑誌です。