hirax.net::Keywords::「希望」のブログ



2007-10-01[n年前へ]

「40年前のF-1監督」と「希望がある人、希望がない人」 

 何かを根気強く続けるということは、言い換えれば挫折や失敗に負けないということでもある。
 F-1レースの結果を見ながら、手元にある切り抜きをいくつか整理した。イギリスのレース・エンジン・チューナ"ジョン・ニコルソン"のダイナモ室入り口に貼られているという言葉が、電波新聞社「トイテクノロジー」の114〜115ページに書いてある。
 Bhp(軸馬力)
  60%=perspiration (汗・努力)
  10%=inspiration (ひらめき)
  10%=constipation (壁に突き当たり・行き詰まり)
  20%=manipulation(ごまかしながら・上手く操る)
 "昭和40年代"の元ホンダF-1監督中村良夫が「レーシングエンジンの過去・現在・未来」(グランプリ出版)という本の中で紹介している言葉だという。
 それが、つまりは希望ということになるのではないだろうか。

佐藤 香 「希望がある人、希望がない人」

2007-12-11[n年前へ]

豚もおだてりゃ木に登る 

 東インド会社で働いていたジョン・スチュアート・ミル、経済学者として知られているミルの言葉で有名なものが、「満足した豚であるよりは、満足しない人間である方がよい。満足した愚か者であるよりは、満足しないソクラテスである方がよい(「功利主義」)」という言葉だ。

 この言葉は、「太った豚より痩せたソクラテスになれ 」というフレイズとなり、東京大学の卒業式で大河内総長が発した言葉として、しかし実際には語られなかった言葉として知られている。

 この言葉を見た時に思い出したのは、サイモン&ガーファンクルが歌っていた「コンドルは飛んでいく」だ。「カタツムリよりスズメの方がいい」「もしできるなら 、もちろんスズメになりたい」と歌い始められる「コンドルは飛んでいく」だ。こういった「○○よりは、××な方がいい」という希望の比較には、色んなバリエーションがありそうだ。

A man gets tied up to the ground,
He gives the world its saddest sound.

人は大地に縛られて、
世界で一番悲しい音を奏でる。

I'd rather feel the earth beneath my feet,
Yes, I would, If I only could, I surely would.

足の下に大地を感じていたい。 できるなら、足の下に大地を感じていたい。

 よく何かを作ろうとする時に、こう思う。世の中には最初から「完成形」をイメージできる人もいる。その一方で、「完成形」はイメージできないけれど、「比較をし続け、いいと思うイメージを選び続けることで、完成形を作る」ことができる人もいる。

 「完成」に近いのは、実は「最初から完成形をイメージすることはできないけれど、比較・推敲を続けることができる人」なのではないだろうか。「満足したソクラテス」よりも、「満足しない豚・満足しない人間」の方が、実は何かを完成させることができるのではないだろうか。

ジョン・スチュアート・ミル豚とソクラテス






2008-05-23[n年前へ]

『理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く! 』 

 「個性溢れる11人の経済学者の方々に話を聞く」という趣旨の本、『理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く! 』が発売されました。大竹文雄・玄田有史・友野典男・松原隆一郎・小島寛之・奥村宏・西村和雄・森永卓郎・中島隆信・栗田啓子・中村達也という、11人の経済に関わる方々が、ものわかりの悪い生徒に実に丁寧に教えてくれたこと、その内容が本になりました。

 本書には、一般の方々や経済学者の方々のアンケートから、「経済学者」「一般のひと」がそっくりだけれど、ほんの少しだけ違う姿が浮かび上がり、「豊かになるために必要なもの」をクラスタ分析した結果から、「希望とか自由とか愛」といった見えないものの繋がりを眺めたりすることができるオマケもついています。また、産業・科学や芸術・宗教といった歴史背景と、経済学の世界地図の上に時系列で並べた「歴史年表」もついています。

 豊かになるために、小島先生はたくさんのものを選び、(「若い頃は時間があるけれど金がなかった。今は時間だけが必要…つまりは年をとったということです」といった言葉とともに)大竹先生と友野先生は時間だけを必要とし、森永先生は「愛」だけを選びました……

 一般の方々や経済学者の方々へのアンケート結果、そこに記された言葉を眺めていると、不思議なほど私たち自身(そして私たちの分身のような経済学者の方々)の姿が見えてきます。そんな私たち自身の姿・私たち自身が望むことを眺めつつ、経済学者の先生方が話すこと読むのも、一興かと思います。

理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く!






2008-05-25[n年前へ]

続々・『理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く! 』 

 『理系サラリーマン 専門家11人に「経済学」を聞く! 』を出す際に、200人の人たちに「あなたが豊か・幸せになるために必要なものは何ですか?」と尋ねてみました。右に走り書きしたような「自由」「お金」「食べもの」「時間」といった選択肢を並べ見せながら、その人が豊か・幸せになるために必要なもの、を尋ねてみたのです。

 そして、amazonで表示される「お勧め本」やはてなダイアリの「お勧めページ」を算出するのと同じように、つまりはその選択肢を選んだ人の重複度合いなどを計算し、クラスタ分析をした結果の樹形図が右のようになります。右の図ではA,B,C……などのように記号で書いたありますが、もちろん、本の中でもアルファベットが書いてあるわけではなく、「お金」「睡眠」「時間」といったものがクラスタ分析・表示されているわけです。つまりは、「クイズの答え」を知りたくなったら、本書を手にとりそのページを眺めてみて下さいね、ということになります。

 「貨幣とは鋳造された自由である」というのはドストエフスキーの言葉ですが、クラスタ分析の結果は、見事なまでに「お金」と「自由」の距離や、「愛」や「希望」の距離を算出しています。右の図のA,B,C,D,……といった記号が「一体どんな言葉」なのか予想をしてみて、そして回答編を書店で眺め・楽しんで頂けたら幸いです。

クラスタ分析結果選択肢






2008-07-03[n年前へ]

「痛みは一瞬。映画は永遠」 

 "バック・トゥ・ザ・フューチャー"シリーズのメイキング・ビデオが結構面白かった。当時の技術で映像をどのように作っているか、ということも面白かったが、何より面白かったのが、マイケル.J.フォックスが語っていた話である。カンフー映画のジャッキー・チェンさながらに、転んだり・殴られたり・怪我したり……、とても痛いミステイクを数えきれないほど地検したマイケルは、監督ロバート・ゼメキスといつもこう言い合いながら、また次のテイクを再開したという。

 痛みは一瞬。映画は永遠。
 この二人が語った「痛み」は、クロード・モネの「絵を描くことは難しく、苦しい。絵を描いていると希望を失ってしまう。それでも私は言いたいと思っていることをすべて言ってしまうまでは、少なくともそれを言おうと試みた上でなければ死にたくない」という言葉の、「苦しく・希望を失ってしまう」ということと、少し似ている。

 あるいは、山田ズーニーが「おとなの小論文教室」書いていた「自分には紡ぎだせないものでも、それをイメージすることが人にはできる。それが、未知で・独特で・自分で作り出すしかないものだから、他人の水準のものでは納得できないものだからこそ、それを作ることに駆り立てられる。そして、自分が作らなければ「無い」ものだから、その過程で、時に絶望するのだろう」というような文章中の、「時に絶望する」という言葉とも似ている。

 それがどんな形の痛みでも、そんな痛みを感じていても、結局は、何かに駆り立てられものを作りつづける人たちなのだ。

 ものを作るのが好きな人たちは、ものを作り続けることが好きな人たちは、きっと「痛みは一瞬。映画は永遠」という言葉にうなづく部分があると思う。そして、実際には、その「映画」や「その人にとっての映画にあたるもの」は決して永遠ではなく、映画ができた瞬間を過ぎれば、またすぐに作り手も受け手も「次の映画」へと進んでいくということにもうなづくことだろう。そして、実は、それが結構好きなのではないかと思う。ものを作るのが好きな人たちは、ものを作り続けることが好きな人たちは。

 たとえば、苦しい思いをして山に登る人が、その苦しさが癒えないうちに次の登山を夢想しているように、あるいは、上手く動かない・思ったような結果が出ないプログラムと格闘し、なんとか動いた一瞬の喜びを糧に、また次のプログラムを(少なくとも最初の内は)喜々として書き始めてしまうような人たちがいる。それが、ものを作るのが好きな人たちなのだろう、と思う。

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