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2011-07-15[n年前へ]
■道具と希望
もう十数年近くに書いた、たとえば今日の7月15日に書いた「(7/14に書いた)日記」から。(年月日表示の近くにある[n年前へ]というリンクは、そんな過去日記と未来日記を見ることができるリンクです)
「希望は厄難?それとも善?」
「もちろん、善。それ無しじゃ人はいきられない」
「じゃぁ、パチンコ屋で人が見る希望は?」
「それはimbalanceな希望」
「imbalanceな希望は善いもの?」
「希望は厄難?それとも善?」
「希望は道具と同じ」
「道具に善いも悪いもないでしょう?」
散歩の途中で富士山に登った人はいない。
まずは、登ろうと思うことです。
「夢」=睡眠中に生活経験のごとく生起して目覚めると同時にはかなく消える、一種の幻覚。
誰にでも見ることのできる場所に書いてしまっているということが、私の気持ちをずいぶんと和らげることもあるなぁ、と強く感じてます。
”爆乳”女優さんのスカウトにどのくらい時間がかかるものなのかを訊いて聞いてみた。想像していたのは「新宿駅前で丸一日立って、スカウトし続けますよ」といったようなものだった。けれど、想像とはその答えの軸は全然違っていた。
「明日、○×県に期待している人がいるので、スカウトしに行きます」…答えは「人が集まる場所で何時間スカウトをする」というような時間軸の話ではなかった。東京から数百キロ以上離れた遠くまで、そんな空間軸の向こうにスカウトの相手が一人いるという事実だった。