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2008-05-24[n年前へ]
■「大村益次郎」の頭 
私が大村益次郎の肖像画を描いたキオソーネであれば、「コノアタマ、スコシ、ヘンデス!」と、何度も確かめただろう。しかし、益次郎の弟子は、「シ、然り。されど師匠はまさにこのようでありまして……」南伸坊は天才である。南伸坊が雑誌「旅」に連載したものが本になったのが、「歴史上の本人」だ。10年前の本である。その人のなりをして、その人が過ごした場所に行き、その人になって感じていく。
神技とおそれられた大村益次郎の軍略とは、つまり「情報」であり「技術」であり、「近代」であり「合理主義」であった。……つまり、大村益次郎は、その頭によって必要とされ、その頭によって殺された。
「この頭部は……」と私は頭部をまた脱ぎながら思った。見掛けの滑稽さに似つかわしくなく深刻である。
大村益次郎には、平時に、学者や研究者として生かしてあげたがった。知ることの楽しさ、一途にそこにつき進んで、家庭に帰れば冗談を言って笑い転げるような、そんな生活をさせてあげたかった。そうしていたら、明治維新がならなかったとしてもだ。
南伸坊 「歴史上の本人」
2009-05-24[n年前へ]
■「この世はわからない事だらけです。」 
「毎日かあさん 5 黒潮家族編
」から。
私と鴨ちゃんは8年前ミャンマーで出家した。
アジア中を旅した内 ミャンマー人が一番信心深かったように思う。
彼はここでピーニャソーダ(聡明なる者)という名をもらった。
だから位牌に戒名がない。
あの寺院にもっていってパーリー語で彼の名前を入れてもらうつもりだ。。
寺から出た高僧が力車を引きながら
「この世はわからない事だらけです。」と言っていた。


