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2012-05-08[n年前へ]

「人々の意思が正しく反映されたもの」と「正しい情報」は両立しない 

 「マシなインターネットを作る:malaさんインタビュー

 物事が複雑になると、人は読みたいようにしか読まないし、都合の良いように捉えて、そのまま伝搬しちゃう。

 そうですよね。…だから、というわけではないですが、最後の部分、

 すでにインターネットが社会の意思決定システムとして利用されているわけで、人々の意思が正しく反映されるよう、技術者が真剣に考えてサポートしていかなければいけない。
 …本当は間違った情報は修正されるようなシステムを自分で作らなきゃいけない。
の「人々の意思が正しく反映されるよう」と「間違った情報は修正されるようなシステム」は、違う方向を向いていて、それらは矛盾し・相容れないものではないかのか…と強く感じます。「人々の意志」が好み・欲するものを正しく反映したもの…つまり流行るものと、「”正しい”情報」というものは、果たして相容れるものだろうか?…と疑問に思うのです。

 そういえば、「”分数もできない大学生”のような"みんな"が行う判断は正しいと思いますか?」という実に曖昧な質問を、先生に聞いてみたことがあります。その時、言われた「分数ができても、みんなが正しい判断をするとは言えない。金融工学がいかに進もうと、バブルは繰り返す」という言葉を思い出しました。人々の意思が正しく反映されたもの、「バブル」のように多くの人を動かし「流行る」もの…と、「”正しい”情報」とは重ねがたいものではないか、と考えたりします。

 「人々の意思が正しく反映されたもの」と「正しい情報」は両立しないのではないかと思います。そしてまた、”正しい”…って「そもそもどんなことなんだろう?」と、首をかしげたりもするのです。